8月~図書館…デート?
私は今、学校の最寄り駅の改札口に一人立っている。
学校に行くには広い中央改札だが、今日は裏改札。
裏改札は駅の西側だけれど、真夏の朝9時前ともなるとここも既に陽が当たってとても暑い。
土曜日の朝からこんなところで何をしているかと言うと…
「南条早かったなー」
こちらに向かってくるのは先生。
そう、私はここで先生を待っていた。
「行こうか」
「…はい」
先生の隣を歩く。
どうしよう…鼓動がすごく速い。
隣にいたらこのドキドキが聞こえてしまうんじゃないかな?
そう思うと余計ドキドキする…
ちらりと見上げる先生の横顔。
綺麗な頬にさらさらとかかる栗色の髪が歩く度に揺れる。
鳶色の瞳。長い睫毛。
夢見るように先生の姿を見ていると、私に気付いた先生と眼が合った。
「!!」
「どうした?」
「…なんでもない」
眼が合ってしまったことと、思わず見つめてしまっていた自分に気付いたことで途端に恥ずかしくなって、慌ててサンダルの足元に視線を落とした。
*
昨日先生に
「明日俺と図書館行かないか?」
と誘われた。
先生は、私の興味のあることを知るためにもっといろんな資料を見てみよう、と言った。
至極まっとうな意見。
だけど…
(それってちょっと、デート…みたいじゃない!?)
デートだと思っちゃってもいいかな?
勝手に思ってるだけなら、いいよね?
私はそんなことを考えながら一人で勝手に舞い上がる。
(最近の私、なんか発想が乙女チック過ぎる…)
駅の裏改札に9時、という約束をして別れると、私は教室には戻らずそのまま学校を出た。
だって好きな人にデートに誘われたら、いや、厳密にはデートではないけれど、でも、勉強なんて手に付くわけない。
私は珍しく日の高いうちに自宅へ帰り、数時間かけてクローゼットから白いワンピースを選んだ。
お気に入りの、白いコットンレースのワンピース。
それから、念入りにシャンプーとトリートメントし、ベッドに潜ってドキドキでなかなか寝付けない中眠りに付き、今に至る、というわけで。
*
「南条さ、」
不意に先生が私を呼ぶ。
「は、はいっ!」
呼ばれただけで鼓動が激しくなる。
にもかかわらず、知ってか知らずか先生の言った言葉は…
「南条って彼氏いるの?」
(ええっ!)
なんでそんなこと聞くの!?
「いっ、いない、ですよっ!」
「そうなんだ」
「……」
先生の答えは思ったより素っ気ない。
(なんだったの…?今の)
「あっ、あの…」
「ん?」
「なんで…そんなこと、聞く、の?」
私の問いに先生がははっと笑った。
「そのワンピース」
「…え」
「高校生の女の子がデートとかで着そうだなーと思って」
「!」
み、見透かされてる…
すごい勢いで頬が熱を持つ。
「そんなことっ、ないです!普段着、普段着!塾にも着ていくしっ!」
「くっ!」
思わず全力否定すると先生はまた笑った。
お気に入りのワンピース。クローゼットで一緒にしまってあった香水のジャスミンとサンダルウッドの香りがほんのり香る白いワンピース。
本当は塾になんか着ないけれど…
とりあえずそれっぽく誤魔化せた、よね…?
私は真夏の陽射しのせいだけでなく熱い頬をそっと押さえた。
* * *
図書館では就職関係の本だけでなく、私の好きな小説なんかも見て廻った。
先生が
「南条が普段好きな本からもヒントが得られるかも知れないよ」
と言ったから。
私が気に入っている本を幾つか先生に見せると、
「南条これなんかも好きじゃない?」
と言って、先生が似たテイストの本を見繕って紹介してくれた。
それらは、背表紙に書かれたあらすじを読むと確かに私好みのもの。
「確かにこの感じ好きかも」
私が言うと先生は満足げに頷いて、
「なんか俺、南条の好み分かってきたかも」
と眼を細めて満面の笑みでほころぶ。
「理屈っぽい系、好きだろ?」
「あ!そうかも!風邪薬のCMとかもしんどそうな女優さんが最後にすっきり笑顔になるやつより、図入りで効果を説明してるやつの方が好きだもん」
「あー分かる分かる!俺もその方が好き。なんか効きそうな気がするし」
「そうそう!」
こんな些細なことでも先生と好みが合うと嬉しい。
他愛ない会話。
幸せな気持ち。
やっぱりずっとずっと先生と一緒にいたい。
私ももっともっと先生のことを知りたい。
図書館で過ごすふたりの時間。
先生にとっては何でもない時間でも、私には…
私には、かけがえのない宝物なの。
* * *
「じゃあ南条。気を付けて帰れよ」
「…はい」
私たちは昼には図書館を出て、この後学校に行くと言う先生と駅で別れることになった。
(ホントはもっと一緒にいたい…)
私は何か言葉を探す。
「先生…」
「ん?」
「あの…今日は、ありがとうございました」
「どういたしまして」
「……」
「……」
でも何も話せなくて、とうとう会話が終わってしまう。
いよいよ帰らなきゃ、と思った時。
「南条」
先生が私を呼び止めた。
「分からないことがあったらいつでも俺に聞きに来いよ。大体英語準備室にいるからさ」
逢いに行っていいんだ。
いつでも…
「英語のことでも進路の相談でも遠慮なく聞いて。…あぁ、金の相談だけはされても無理だ」
いたずらっぽい笑顔で言う先生に、私はふふっと笑う。
「はいっ!」
私、先生の傍にいられるんだ。
教師と生徒でいい。
ただ、今あなたとこの優しい時間を分け合える、それだけでいい。
改札口で先生が見送ってくれる。
私が手を振ると、先生も振り返してくれた。
ホームへの階段を軽やかな足取りで駆け上がる。
白いワンピースの裾が風に翻る。風をはらんだスカートがふわり。
ジャスミンとサンダルウッドがふわっと香る。
階段の途中、私は風に導かれるように階下を振り返る。
改札口の向こうで眩しそうに額に手を当てた先生が此方を見上げていた。
振り返った私にもう一度手を振ってくれる。
(先生…)
私も先生に手を振る。
月曜日の一番に先生に逢いに行ってもいいかな?
ううん!逢いに行くって決めた。
少し後ろ髪を引かれるけれど、私は思い切って再び階段を駆け上がる。
そしてホームのベンチに座りバッグの中から本を取り出した。
図書館から借りてきた先生が薦めてくれた本。
私は本を胸に抱き締める。
(私今…先生が、好き)
ホームを熱い風が吹き、ワンピースをはためかす。
それはどこか先生に熱せられて焦がされた私の想いのような風。
私は風の中にそっと呟く。
「好き…」
* * *




