1月~入試開始2
日曜日。
気が早くもう太陽が傾き始めた真冬の空の下、私は家路を辿る。
センター試験二日目終了。
(あ、そうだ。先生にメールしとこう)
学校に行かなくなってから先生は毎晩メールをくれる。
「調子どう?」
「寒いから体調に気を付けて」
「遅くまで無理するなよ」
いつも私を気にかけてくれる何気ないけどあったかい言葉に元気を貰う。
数日前からは目前の試験を気にしてか送られてこなくなったけれど、きっと心配してるはずだ。
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Date: 201x 01/xx 15:52
To: 初原先生 〈xxx_pleiadesxx1212@……〉
Sub: センター終了!
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センター試験終わったよ!
今帰りの電車です。
結構手応えあった!英語もかなりできてると思う。
この調子で外大もがんばるね☆
-END-
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大丈夫、このまま頑張ればきっと外大も国大も手が届く。
応援してくれる先生に応えられる─
スマホをピーコートの胸に抱いた。
顔を上げると車窓からは夕暮れが近付く景色が冷え冷えと澄み切って、遠くに山並みがシルエットになって見える。明日も晴れるんだろう。
(大丈夫、頑張ってきたもん!)
私はスマホをポケットにしまい、代わりに参考書を取り出した。
*
その夜は先生からの返信がなかなか来なくて、私は英語の問題集を机に広げてスマホばかり気にしていた。
(忙しいのかなぁ先生…)
時計は11時を指す。ここに座って随分経つのに2問しか進んでいない。
普段だって返信が遅いこともあるけれど、今日に限ってはなんだか胸の中がざわついてそわそわと落ち着かなかった。
(センター、心配してると思うんだけど…)
もう何度目かスマホを覗き込むけれど、返信はない。
(集中出来ないし、もう寝ようかな…)
諦めて椅子から立ち上がって部屋の灯りを消すと、ばふっとベッドに倒れ込む。
(試験だったし、さすがに疲れたな)
緊張していた手足や背筋が解放されて、同時に一気にだるさに襲われる。暗い天井を見上げ、鈍く脈打つ疲労感に身を任せる。
「寒…」
ヒーターが消えた部屋は冷え込んで、身震いして布団に潜り込んだ。
うとうとと微睡んでいると、枕元でスマホが鳴った。
(!)
その音に一瞬で目が覚めて飛び起きる。
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Date: 201x 01/xx 23:44
From: Subaru Hatsuhara
〈xxx_pleiadesxx1212@……〉
Sub:No title
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まだ起きてる?
話したいことがあるんだけど、時間取れる?
-END-
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(話したいこと?なんだろ…?)
先生と電話出来るのが嬉しい。早く声が聞きたい。
でも、この何か改まった感じが、少し気になる。
私はベッドの上で毛布に包まって座り直してから、画面の端にある先生の番号の短縮ダイヤルを押した。
トゥルル…
「…もしもし」
ワンコールで先生の声。
「せんせ?私」
「…こっちから掛けるのに」
「うん…だって早く話したかったんだもん」
「……」
「あ、あのね先生、今日センターでね、」
「ちょっと待って南条」
「ん?」
「…話が、あるんだ」
先生の声音はいつになく神妙だった。
「…何?」
部屋の空気がいっそう冷たく凍っていくのを感じる。
先生からのメールが届くまで感じていたそわそわと落ち着かない感じ。あの嫌な感覚がはっきりとした形を作って現れ始めている。そんな風に思えた。
「南条…」
「!…やっぱり言わないで!」
「……
別れよう」
「!……」
スマホを持つ手がひどく震えた。
(なんで、先生…?)
「やっぱり俺教師だからさ、南条と付き合うの、無理なんだよ」
私の声にならなかった問いに答えるみたいに先生が言う。
「私…もうすぐ卒業するよ?先生の生徒じゃなくなるんだよ?」
「…ごめんな」
「!!」
『この石にはね、『永遠の誓い』って意味があるらしい。
南条、俺はね、春になったらお前を迎えに行くし、その後もずっと傍にいるよ。
南条さえ良ければ、永遠に離すつもりないんだ。約束するよ。
だから、どうか俺を信じて、不安にならないでいて?』─
青の光に包まれる庭園でクリスマスイブの晩、先生はそう言った。
(ねぇ、あれは嘘だったの…?)
「…先生
私のこと、嫌いになった…?」
「……
…受験、頑張って。それじゃ俺、明日仕事だから」
「先生…ッ!」
「お休み」
電話が切れ、ツーツーと無機質な音を立てる。
手からスマホが滑り落ちた。
(なんで…なんで先生…?)
ただ呆然とその場に座り込む。突然告げられた離別に頭が着いていかなくて、悲しいはずなのに涙も出てこない。
(ずっと傍にいるって言ったじゃない…)
『南条を不安にしないし、俺も不安に思わない。
約束』
ふたりで約束のキスをしたよね?
それなのに…
(先生…私のこと嫌いになっちゃったの…?)
なんで?急に?それとも本当は急ではなくて、私が先生を想っているほど先生は私のこと好きじゃなかったんだろうか…?
でも、嫌われても私はきっと先生のこと忘れることできないよ…
私は毛布を頭まで被り、膝を抱えた。毛布のほんのりとしたあったかさと柔らかさだけが私を慰める。
思い出すのは頬に触れる先生の掌の優しい感触。
(先生…)
膝に顔を埋め、眼を閉じる。瞼の裏に想い巡る先生の顔、先生と過ごした時間のたくさんの想い出─
(先生が私を嫌いになっても…私は先生が好きだよ…)
強く強く思う。どんなにか先生が好きだと。
どんなにかこの先も先生を愛してしまうだろうと─
そして、ようやく私の頬に一筋の涙が伝った。
* * *




