12月~冬休み3
冬休みが終わる直前の日曜日。
「はい!先生質問!」
「どれどれ?」
私は先生の家にいた。
「あのね、これ、2問目のとこ」
先生のデスクを借りて勉強している私の後ろから先生がテキストを覗き込む。
「あー、これ」
先生の腕が伸びて背中側から覆い被さるようにデスクの上のシャーペンを取る。
一瞬吐息が髪にかかり、胸がとくんと鳴る。
「基本的には前の文章の意味がちゃんと分かってればthisがどこを指してれば分かるってやつね。だから…」
先生がテキストに書き込む度に肩に背中に先生が触れる。
(集中しなくちゃダメ!)
分かってるのに、直ぐ近くに聞こえる先生の声や感じる気配にばかり意識がいってしまう。
「…となるから答えはこれ」
下線をしゃっと引くと先生がペンを置いた。
「って、南条聞いてる?」
「えっ!う、うん、聞いてるよ」
「いや、聞いてないな」
先生は私の耳元に口を寄せて言うと、
「!」
やにわに背中から抱き締めた。
「南条頑張ってるから、ちょっと休憩しようか」
先生の腕にぎゅっと力がこもり、心地好い圧力に意識がふわっと遠退きそうになる。
髪に頬を寄せる先生の吐息が少し開いたニットの首筋にかかって、鼓動が高まっていく。
「南条…」
先生が私の頬に唇を寄せた。
(先生…)
と、その時。
ピンポンパンピンポン…
「!」
先生のスマホがローテーブルの上で震えた。
先生は私からちょっと離れて鳴っているスマホをちらっと覗くと
「大丈夫」
と言って、また私を抱き締める。
「え、でも…」
「大学時代の友達。大体いつもしょうもないことで電話してくる奴だから気にしなくていい」
先生が両掌で私の頬を包み、自分の方を向かせる。
同時にふっと電話が切れた。
「ごめん、南条」
「え?」
「俺、春まで待てないかも」
「せんせ…」
先生の睫毛が切なく瞬いて、私に顔を寄せる。
「南条、す…」
ピンポンパンピンポン…
「あ…」
再びローテーブルでスマホが鳴った。
でも先生は構わず額に額をくっ付けて私を覗き込む。
「先生、電話…」
「いいから。電話より俺、南条との時間の方が大切だから」
「……」
至近距離で囁かれる甘い台詞に、否応なく心音が速められる。
「南条良い匂いする」
「ん…」
鼻先が触れ、思わず吐息が漏れた。
でも…
ピンポンパンピンポン…
その間も電話は鳴り続けている。
頬に当てられた先生の手がそろそろと滑り、耳周りの髪を優しく掻き上げ、きっと赤く火照っているに違いない頬が露になる。
「可愛いな、お前」
「せんせ…」
先生の掌が頭の後ろに廻り、引き寄せられる。
ピンポンパンピンポンピンポンパンピンポン…
(ちょっと長いよね…?)
「…先生、ホントに大丈夫?電話」
「…あぁ」
溜め息混じりに答えると、先生は私の髪から手を離しスマホを手に取った。
「…もしもし…そうだけど。
……え…?」
(…?)
先生の声音が急に変わった。
「……」
先生はスマホを耳に当てたまま黙り込む。
(何かあったのかな?)
「……」
黙り込んだ先生の耳元で、スマホから「もしもし?もしもし昴?」と声が漏れている。
「…聞いてねぇよそんなの」
ようやく先生が小さな声で呟く。
(先生?)
しばらくしてスマホの向こうで
「また連絡するから、落ち着いて待てよ」
と男の人の声がした後、先生は
「…分かってる!」
と怒ったような口調で言うと電話を切った。
「…先生?」
「……」
俯いた先生の瞳は栗色の前髪に隠れて見えない。
でもその下に見える横顔が青白い。
私はそれ以上声を掛けられなくて、ただおろおろと先生の様子を見守るしか出来ないでいた。
しばらく間があって、ようやく先生がゆっくりと口を開いた。
「夜璃子が…」
「え、夜璃子さん?」
「…死ぬかもしれない」
「え、えぇっ!?」
夜璃子さんが死ぬかもしれない…?
突然の言葉に頭の中が真っ白になる。
(どういうこと…?)
「心臓の病気で急に倒れて、病院に運ばれたらしい。今昏睡状態で、助かるか分からないって」
「あ…」
『ごめんね、私持病があって、その時体調がどうか分からないんだ』
夜璃子さんからの手紙に書いてあった。
夜璃子さんの持病って心臓の病気だったんだ。それも、そんな重いなんて…
「俺…アイツがそんな病気だなんて知らなかった…」
「……」
『持病の件は昴には黙ってて。
あいつ、心配症なとこあるから面倒』
夜璃子さん、そう言ってた…
「俺は…アイツの為にしてやれること、何もないんだろうか…」
先生は崩れ落ちるように床に膝を突いた。
「先生!」
慌てて駆け寄り、先生に寄り添う。
「何も…何も出来ないんだ、俺は」
夜璃子さんがいなくなるなんて…
『昴が兄なら、私のことも姉だと思って、何でも頼ってくれて良いです』
(絶対やだよ…!)
「先生…」
頭を抱え項垂れる先生に抱きついた。
「アイツが死んだら…どうしたらいい…?」
「先生…私が…私がついてるよ!」
栗色の髪を掻き抱くように先生を胸に抱き締める。
腕に目一杯力をこめて、強く、強く…
それでもそんなことしか言えない自分がどうしようもなく歯痒い。
(神様、夜璃子さんを助けてください。
先生の為にもどうか、どうかお願いします…)
何も出来ないのはよっぽど私の方…
でも、ただただ夜璃子さんの無事をひたすら祈る。
今の私には、そんなことしか出来ないから─
* * *




