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12月~冬休み2

 冬休みも夏休みと同じく年末年始の数日間は完全に学校が閉まってしまい、教室開放も休みになる。


 その直前の28日の夕方。

 私はいつものように先生と英語準備室にいた。



「先生、お正月は東京に帰るの?」


 私の隣に座る先生に訊ねる。



「うん、1日だけね。あとはこっちにいるよ」


「お仕事?」


「ん、休みの間にやっておきたいことが結構あるから」


「そっか」



 折角の休みでもそれじゃあ先生に逢えないかな…


 まぁ私も受験直前で、そんなこと言ってるわけにはいかないのだけど。



「それに…」


「?」


 残念に思って少し俯いた私に、先生が続ける。



「南条と初詣行かなきゃならないし」


「えっ?」


「合格祈願、しなきゃでしょ?あ、そんな暇ないか」



 私は慌てて首をぶんぶんと振った。



「めっちゃ暇!初詣行くっ!!」



 必死な私を見て先生はぷっと吹き出す。



「受験生がめっちゃ暇じゃまずいでしょ」



 でも笑いながら、


「じゃあ初詣行こうな」


と頭を撫でてくれた。



 髪を梳くように滑る指が心地好い。

 その少し擽ったいような感覚に、胸の中もどこか気恥ずかしいように高鳴る。



「先生…」



 先生を見上げた瞳が自分でも分かるほど熱っぽいのに気付いて、恥ずかしさにますます鼓動が早まってゆく。



 不意に先生の手が止まる。


 ばちりと合った視線。

 先生の鳶色の瞳も私のそれと同じに熱を帯びて見えた。



 私の髪に触れていた先生の掌が後頭部に回り、引き寄せられるように眼と眼が近付く。



(どうしよう…学校なのに…)



 いけないことと思うのに、それが余計に煽情する。


 鼓動が最高潮に達して、私は身体を強張らせた。



 先生の唇が静かに開く。




「…帰るか」



「え…?」



「ここに南条とふたりでいると、俺、教師として駄目な感じになる」



 先生は困ったように微笑んでもう一度私の頭を撫でると、椅子から立ち上がった。



(先生、私も先生とふたりでいると、すごい不良少女になっちゃう気がするよ…)



 ちょっと名残惜しい気もしながら私はコートを羽織り、先生と準備室を出た。


           *


 年が明けて1月3日。


 突き抜けるような晴々とした空の下。

 白いコートに白いマフラー、それから青い石の指輪。私は電車を乗り継ぎ揺られること数十分、新春の街に出向いていく。


 着いた先は県庁をはじめ官公庁に程近いオフィス街にある駅。ホームから見下ろすとまだ三ヶ日(さんがにち)とあって閑散とした街に澄みきった青空が眩しい。



「南条、こっち」



 改札を出て直ぐ目の前に建つスタイリッシュなオフィスビルのエントランスに先生の姿を見つけ、私は大きく手を振った。



「先生、明けましておめでとう」



 先生の元へ駆け寄ると


「おめでとう」


先生が手を差し出す。


 私がその手を取ると、ふたり歩き出した。



「ね、先生。なんでここにしたの?もっと近くにも天神さまあるのに」


「あんまり近いと学校のヤツに会うでしょ?」


「あー、そっか」



 先生に誘われてふたりで初詣。合格祈願も兼ねて天神さまに行こうとここまでやって来た。


 立ち並ぶビルの間の道をしばらく歩くと、どこか街にそぐわない幟が立っているのが見える。



「あ、あった!」



 真新しいガラス張りのオフィスビルの向こう側。高いビルに阻まれた空が一角だけぽっかりと切り取られたように見える。その真下、ビルとビルの谷間に天神さまのお社があった。



「こんなとこに神社があるんだね」



 今日はまだ初詣で多少人が行き来するけれど、きっと普段はもっとひっそりとして、鳥居の前を通ってもうっかり見過ごしてしまうだろう。



 繋いだ手を解くと一礼して鳥居をくぐり、綺麗に掃き清められた参道を拝殿に向かう。



「ほら、手出して」


 手水舎で先生が柄杓を掲げる。


「ありがと…きゃ!冷た」


 氷のように冷たい水に震えると先生はくすっと笑う。


「ホント冷たいんだよ!先生もやってみなよ」


 唇を尖らせて先生の柄杓を取り上げると水を掬って先生の手にかける。


「うゎ!これは、冷たいってより痛い」


「でしょ」


 先生はポケットからハンカチを取り出すと私の手を拭いて、それから自分の手を拭いた。



 拝殿には前に何組か参拝客がいて、その後に並んで参拝する。


 ガランガラン…

 鈴を鳴らして二拝二拍手。



(無事外大と国大に合格できますように…)



 手を合わせ強く強く願う。


 先生と私の夢を叶えられますように─



 左薬指の指輪が冬の白い陽射しを反射してキラリと光った。




「この奥が庭園になってるみたいだよ」


 拝殿の階段を下りながら先生が言った。


「行ってみる?」


「うん」



 拝殿の脇から裏に回ると、小さいけれど良く手入れされた庭園があった。



「わぁ…綺麗」


 早咲きの紅梅が花をたわわに付け、今が盛りとばかりに咲き誇る。梅の木の真下に立って見上げると、真っ青な早春の空に紅い花のコントラストが眩しいほど鮮やか。



「花の香りがする」


 私は隣に立つ先生のコートの肘の辺りをそっと摘まんで眼を閉じた。

 胸いっぱいに凛と澄んだ空気を吸い込む。空を仰ぐと瞼の裏がほんのり明るく光る。


 幽かな春の香り、春の陽射し─



 春の感覚に魅了されていると、閉じた瞳がふと翳った。


(え…?)


と思うと同時に…



 ちゅ、と唇に何かが触れる。



 びっくりして眼を開けると、眼の前には先生の端正な顔。



「え…!あ…」


 固まる私に先生が微笑む。



(キ…キスされちゃった…!)



「こんなとこで…ダメだよ」


「誰も見てないよ」



 見回すと、庭園にいくらか人はいるものの皆紅梅に眼を向けていてこちらを気に留める人はいなそうだ。



「でも外だし…恥ずかしいよ」



 俯く私の頬を先生は人差し指の背で撫でる。そして、



「じゃあ今度はふたりきりの時にね」


「!!」



なんて、私を更に照れさせる。



 くすっと笑う先生の微笑みがちょっと意地悪でそれに色っぽくて、私のドキドキは止まらなくなっちゃうんだ。


        *   *   *

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