12月~冬休み1
結局兄と会えたのは12時過ぎで、自宅近くまで先生に送ってもらい帰宅すると兄妹揃って父にこってり叱られてしまった。
翌日の25日。
昨夜の雪は積もることなく、空は朝から晴れ間が見えていた。
学校はもう冬休みに入っているけれど、私は夏休み同様相も変わらず先生目当てに学校の解放教室に行く。
放課後の塾に向かう前の僅かな時間、私は英語準備室に顔を出した。
「あぁ、南条…」
いつにも増して先生は何か照れ臭そうに目線を逸らして、頭の後ろをくしゃくしゃと掻いたりする。
そんな先生の姿を見ているとなんだか私も昨夜のことを思い出して、ちょっとそわそわしてしまう。
目映い青の世界。
約束の指環。
ふたりきりの車内。
そして
やり直しのファーストキス─
(駄目…ここで思い出すと緊張しちゃう!)
途端に体温は上がり、気恥ずかしくなっていつものようには眼を合わせられなくなる。
ようやく私たちがお互いに他人行儀な会話を幾つか交わしたところで、他の英語科の先生が部屋にやって来てしまった。
私は少し名残惜しく思いながらも先生に別れを告げて、塾に向かった。
* * *
「はいじゃあ今日の授業はここまで。インフルエンザが流行ってるから気を付けてね」
夕刻の塾で、授業が終わり講師の先生が教室を出ていく。
「ユウトぉ!」
直ぐに清瀬くんの友達が教室に彼を迎えに来る。
「おぅ。ちょっと待ってて」
清瀬くんが応える声がすると、後ろから頭をぽんとされた。
「じゃな舞奈、またな」
「あ、うん。またね」
先週は清瀬くんと顔を合わせるのに緊張したけど、今日はもうそんなことはない。
とは言え、彼の優しさに甘えて傷付けてしまったはずであることにどうしても負い目は感じてしまう。
勿論、清瀬くんの方には傷付いている風な様子は少しも見えないけれど。
「ん?」
ドアの方へと視線を向け掛けた清瀬くんが私の方を二度見する。
「お前まだ『くま』バッグに付けてんだ?」
「あ…これ」
清瀬くんにゲーセンで貰ったくまちゃんが私のバッグからこっちを見ている。
外すには忍びなくて、今も毎日一緒に登校しているくまちゃん。
「もしかして俺にまだ未練あんのー?」
「違うもん!くまちゃんには罪はないから付けてんだもん」
「俺を罪人みたいに言うな!」
清瀬くんがくまちゃんをぱちんとデコピンする。
「もー!やめてよー!」
「あはは。んじゃなー」
清瀬くんが笑いながら教室を出ていった。
(私も帰ろ)
清瀬くんから少し遅れて教室を出た。
と…
「あ…」
廊下の壁に女の子が寄り掛かってこちらを見ていた。
西高の制服。
清瀬くんの友達のひとり、確か奈穂子ちゃんだ。
会釈して通り過ぎようとすると
「…ねぇ」
「!」
奈穂子ちゃんが声を掛けてきた。
「え…と…」
「ユウトから聞いた。あなたのこと」
「え…」
「あなたがユウトの初恋の人だってこと。
あなたが失恋した時にユウトが告白して付き合ったこと。
その人と上手くいってユウトと別れたこと」
「……」
何かばつが悪くて、返す言葉に詰まる。
私が黙っていると、
「それから…」
と、俯いて廊下の隅に眼を注いでいた奈穂子ちゃんが顔をあげて続けた。
「これは憶測だけど…傷心のあなたがユウトに救われていたこと」
「!」
奈穂子ちゃんが壁から身体を起こし、一歩私に近付く。
「もしかして、ユウトに悪いなって思ってる?」
「……」
私は素直に小さく頷いた。
「だったら気にしなくていいよ」
「?」
「ユウトはあなたのこと本気で好きだったんだと思うから。
だって私1年の時からユウトを知ってるけど、あんなユウト、見たことないもん。彼もあなたが辛かった時に役に立ててたなら本望だと思う。
それにね…」
そう言って奈穂子ちゃんが小さく微笑む。
「あなたにとってユウトが救いになったように、今度は私が傷心のユウトを救うから」
「え…」
「付き合ってるの。
1週間過ぎたけど『別れよう』って言われてないんだ」
「あ…」
そうだ…
清瀬くんは告白してくるどの女の子とも『1週間お試し』なんだった。
「だからね、心配しないで。ユウトのことは私がちゃんと幸せにするから!」
奈穂子ちゃんは満面の笑みで言う。
それはそれは最高に強くて美しい、幸福に満ち満ちた女の子の笑みだった。
「うん」
「あなたが気にしてるんじゃないかって、それだけ気になったから。
じゃ私行くね。ユウトが待ってるから」
奈穂子ちゃんが廊下を駆け出していく。
私はその背中を見送り、思う。
(あぁ…良かった)
あんなに優しい清瀬くんが、大切な幼馴染みが幸せで。
私はくまちゃんにそっと触れ、ボールチェーンをぱちんと外す。
くまちゃんは今夜からクローゼットの小学校の卒業アルバムと共に眠る。
きっとそれがいい。
(くまちゃんバイバイ。それと…
清瀬くん、おめでとう!)
* * *




