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7月~夏合宿 1

 そんな日々も長くは続かなくて。



 3年生は1学期いっぱいで部活を引退する。

 こうして準備室を訪れるのもあと僅かだった。



(先生と接点なくなっちゃうんだな)


なんて思っていた時、下級生たちが話しているのを耳にした。



 映研の夏合宿に先生が同行するという。



「ねぇ、揺花。夏合宿、行ってみない?」



 その話を聞いた翌日の部活の時間、何気ない風を装って揺花を誘った。



「3年は行かないよ?」



「だからこそ!引退してると逆に卒業旅行みたいで楽しそうじゃない?


 それに私、今まで部活入ってなかったから合宿って行ったことないし興味あるもん」


「うーん…」



 唸る揺花の視線の先には顧問の宇都宮。



 私は気付いてる。


 揺花が昔から宇都宮を好きなこと。



 当の揺花は何も言わないけれど。



「じゃあ…夏期講習の日程が変えられそうなら行こうかな」



 こうして私たちは夏合宿に参加することになった。


 先生と一緒に…


        *

 夏休みに入ると、直ぐに夏合宿が行われた。



 どの部活も合宿は全て、隣県の海辺にある学校所有の宿舎で行われる。日程は二泊三日。



 合宿の内容は、秋の文化祭で上映する自主製作映画の撮影がメイン。


 でも、それは新部長の2年生が取り仕切っているので、私と揺花は基本的にすることはない。



 撮影や食事の支度の手伝いをしたりもするけれど、初日は大半寝泊まりする部屋で参考書を捲りながらお喋りをしたり、海岸を散策したりして過ごした。



「そう言えば、舞奈は結局進路どうしたの?」



 夕方、海岸から戻る道すがら、揺花が私に尋ねてきた。



「ホントは国立大学受けたくないって言ってたでしょ?


その後どうしたかと思って」



 両親に地元国大の教育学部を勧められて、いや、事実上強制されていることを私は揺花に話していた。



「結局何言っても私の意見は却下でさ。

 とりあえず受けて、落ちておくことにした。


 2、3年落ちておけば親も諦めるでしょ」


「それからどうするの?」


「それからのことはそれから考える」



 揺花は視線を落として、


「なんか、勿体ないな。舞奈頭良いのに」


と呟く。



「やりたくないことやって生きる人生の方が勿体ないよ」


と私が言うと、揺花は私を見て小さく微笑み、


「そうだね」


と同意してくれた。



 宿舎の玄関に着く。


 西の空には黄金色に夕陽が瞬くけれど、頭上はまだ高く青みが残る。

 その夏空を惜しむように、私たちは玄関をくぐらず近くのベンチに腰を下ろす。


 少し受験のことを話し、それからいつの間にか最近二人して唯一見ているお気に入りのドラマの話に移っていた。



 ふと話が途切れた時、



「なんで舞奈映研入ろうと思ったの?」



と、揺花が思い立ったように訊いた。



 ふと先生の綺麗な顔と甘い声が頭を過り、思わず胸がどきんと鳴る。



「舞奈、実は指定校推薦なんて狙ってないよね」



 そりゃバレるよね。


 そういう話をしたんだもん…



「そういう揺花はなんで入ったの?」


 話をすり替えたくて私は言った。



「私?海外映画で英語のスキルアップ狙いだよ」


 可愛らしい揺花が花のように微笑む。



 それはいつも揺花が言っていたことで知っている。

 そしてそのセリフを言う時、いつもこの最高の作り笑顔をすることも。



 いつもは突っ込まないところを今日は敢えて斬り込んでみる。



「本音は宇都宮が好きだから、じゃない?」



「…何言ってるの?違うって」



 揺花は高1の時に映研に入部した。


 当時から揺花は私を含めて周りに『英語のスキルアップのため』とそれを説明していた。



 でも、一部の同級生の間では


『揺花は顧問の宇都宮が好きで入部した』


と噂されて、それを揺花は酷く嫌がっていた。



 揺花が嫌がっていることも分かっていて、今日はそれを敢えて口にした。

 夏休みの合宿の解放感?

 自分の話を誤魔化したいというのもあったけれど、『教師に恋する』という云わば禁忌を侵す揺花の本心を聞いてみたいと今日は思った。



「でも宇都宮のことは好きでしょ?」



 宇都宮は揺花と私が中1の時の担任で、その後も中学の3年間、私たちの学年の英語を担当していた。


 年齢は30歳前後。銀縁の眼鏡が印象的なスマートなインテリタイプ。



 揺花が好きになったのが先か、入部したのが先かは分からない。でも、揺花が宇都宮を見る眼、話す時の態度、そんなものをずっと見てきたから宇都宮を好きなことは間違いないと確信していた。



「…いつ気付いたの?」



 諦めて揺花が溜め息混じりに重い口を開く。



「いつかな?なんとなく」


 夕空を見上げながら続けて尋ねる。


「告白するの?」



 私の言葉に揺花は首を振る。


 揺花のくるんと毛先が巻いた癖っ毛がふわふわと揺れた。



「卒業する時には?」



 揺花はもう一度首を振る。そして、



「先生には私なんかよりもっと素敵な大人の女の人が似合うと思ってる」



 揺花は切なそうに微笑むと俯いた。



「女の私から見ても憧れるような素敵な女の人。

 そういう人と一緒になって、幸せになってくれたらいいな、と思ってるの。



 私ね、先生が幸せでいてくれることを何より願ってるんだ。


 私は先生のこと好きだけど…先生のために、先生が幸せでいるために出来ること、他に何もないから…」



「見てるだけなんだ?」



 自分のサンダルの足元を見ながら揺花が頷く。



「そういうもの?」


「そういうもの。


 だって…先生に迷惑かけたくない」


「迷惑かな?」


「先生と生徒だもん」


「そっか…」



 先生と私も先生と生徒だけど、迷惑かどうかなんて考えたこともなかった。



 そもそも私が先生にどうしたいのか、先生とどうなりたいのか、そんなことも考えたことないと思う。


 この夏合宿だって、ただ先生の傍にいたい、先生を見ていたいと思って来ただけだった。



 空に一番星が輝く。

 私と揺花の間に海風が吹いた。

 風が、今日は珍しくポニーテールに束ねた首筋を撫でて心地良い。



「戻ろ?暗くなってきた」


 そう言って揺花が立ち上がる。



「うん」



 私たちは玄関の引き戸を開けた。




    *   *   *

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