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12月~聖夜のデート3

 帰りの高速は今日のことや学校のこと、勉強のこととかを先生と喋りながら帰途に着いた。


 でも、もうこの幸せな時間が終わってしまうことにどこか淋しくなる。


『デートの帰り道は少し切ない』なんてことは歌の歌詞か何かで知ってはいたけど、こんな感じなんだなぁ、とぼんやり思った。



 窓の外は12月の雨が肌寒く降り頻り、それがますます切なさを煽る。


 私は膝の上に置いた白いマフラーを手に取り、肩から掛けた。




 間もなく自宅最寄りの駅に着く頃、先生が尋ねる。


「駅でお兄さんと待ち合わせてるの?」


「うん。だから駅で降ろしてくれれば良いよ」


「分かった。駅のロータリー、長く停められないからお兄さんが直ぐ来れるか聞いてみてよ」


「うん」



 先生に言われてメッセージアプリの画面を開くと、1件メッセージが届いていた。



『ごめん舞奈。

 今から碧ちゃんに会ってくる。』



(えぇっ!?)



 メッセージの時間は30分前。



「先生、お兄ちゃんまだ来れないみたい」


「そっか、まだ少し早いしな。

 じゃ公園のとこに停めて時間潰そうか?」


「うん、ありがとう」



 先生は行きに待ち合わせした公園の入口辺りに車を停めてくれた。

 私は兄にその旨と、駅に着く時間が分かったら連絡して欲しいと送った。



 でもその後も約束の10時を過ぎても兄からの返信はおろか、既読もなかった。



「もー!何やってんのかな、あの人は」



 兄が来なければその分先生と一緒に居られるのは嬉しい。


 けど…



(晩ごはん、あんまり食べられなかったからおなか空いちゃったんだよね…)



 これはもう帰り道コンビニで兄にあんまんを奢ってもらわねば。



「どうした?」



 ふと黙り込んだ私に先生が問う。



「うぅん、なんでもない」


「分かった。おなか空いたでしょ?」


「えっ!」



 言い当てられてどきりとする。



「南条夕食あんまり食べてなかったからな」



 そう言って先生は後部座席に手を伸ばしてコートを取り、ポケットから小箱を取り出した。



「食べる?」



 私のあげたチョコレート。



「駄目だよ!」


「どうして?一緒に食べよう?」


「だってそれは先生にあげたんだもん!」


「でも南条、チョコレートは食べればなくなるし、飾ってても溶けてしまう。


 けど一緒に食べた想い出は?


 ここに残るでしょ?」



 先生は親指で自分の胸を指す。



「俺は南条と食べたいんだけど、南条はどうかなぁ?」



(先生…)



 何でもないやり取りだと思うのに、こんな何でもない言葉で


(先生、好き…)


と身体中で思う。


 先生は優しくて、私を大切に想ってくれて…


 ホントは今にも『大好き!』と叫びたいのをぐっと飲み込み、代わりに言う。



「うん!私も食べたい!」



 それから私たちはチョコレートを食べたりお喋りしたりして兄の返信を待った。


 掛けっぱなしにしてたラジオからは、もう何度目かの往年の歌姫のクリスマスソング。


『私が欲しいクリスマスプレゼントはただひとつ、貴方だけ』


そんな歌詞が今の私の気持ちを盛り立てる。



「寒くないか?」



 時計の針が11時を回って久しくなった頃、霧雨の降る窓の外を見ながら先生が言った。



「うん、マフラーあるし」



 私の応えに先生は頷く。


 そしてこちらに手を伸ばし、私の肩のマフラーに触れた。



「良く似合ってる」


「ありがとう」


「こちらこそ、使ってくれてありがとう。


……ね、南条?」


「ん?」


「昼間ここで俺お前のことナンパしたろ?」


「ん?あぁ…」



『お嬢さん、ひとり?だったら俺とデートしない?』


って声掛けられたっけ?



「他のヤツがそういうこと言っても…付いてくなよ?」


「え?」



 暗い車内では先生がどんな表情をしているのかはっきり分からない。


 でも、先生が心配してくれてること、私を大切に想ってくれてることが分かる。



「行くわけないよ」



 だって私は先生が良いんだもん。先生しか駄目なんだもん。


 私はちょっと笑って応えた。



「大学受かったら南条は春から東京に行くだろ?

 南条のこと、応援してるけど…でも正直俺、ホントは凄い心配なんだ」



 先生はこちらに向き直って言う。



「その時は向こうの知り合いみんなにお前のこと頼んどくつもりだけど、実際のとこ毎日傍に居られるわけじゃない」



 先生が私の右の頬に手を当てた。


「あ、もちろん気持ちだけはいつだって南条の傍にいるよ?」


「え…」



 甘い台詞にドキッとするのも束の間、先生はちょっと顔を寄せて被せるように言う。



「でも心配なんだ」



 射し込んだ街灯の灯りに真剣な瞳が煌めく。



「寂しい思いしないかとか、生活のこと困らないかとか、悪い人間に狙われたりしないかとか」


「……」


「それに…俺から気持ちが離れてしまうんじゃないかとか」


「え…」


「頑張ってる南条を応援しなきゃいけないのに、こんなこと考えるべきじゃないのにな。ごめん」



 先生は少し寂しげに微笑み、頬に当てられた先生の掌がそっと離れた。



(先生…!)



 私はまだその温もりが離れ切らないうちに先生の手の甲に自分の掌を重ね、もう一度その温もりを頬に戻す。



「南条…?」


「私!寂しくなるかもしれないし、生活のことも困ることもあるかもしれないけど大丈夫。怖い人には気を付ける。


 でも…


 先生のこと、私は忘れたりはしないよ?

 私には先生だけだよ!」



「……」



「それでももし先生が心配なら…」



 私は頬で重ねた手をきゅっと握り締めると、その掌にそっと口付けた。



「絶対離れないって…


 約束のキスをしよう…?」



「…南条!?」



 私は先生に微笑む。



 植物園の夢のように煌めく青の中で、先生の瞳が、唇が近付いて来た時のときめき。

 でも、先生と私は気持ちが通じ合っても、『教師と生徒』というどこか余所余所しい関係は解き放つことは出来なかった。



 だけど、これで一歩、私は先生のものに、先生は私のものになれるような気がした。



「先生は私に『俺を信じて、不安にならないでいて』と言って、約束の指環を着けてくれたでしょう?


 だから私も…ね?」


「……」



 先生の瞳が戸惑う。



「…嫌?」



 窺うように訊ねる私に



「そうじゃない」



と先生は言う。



「そうじゃない。けれど…


 南条を穢してしまうのが、怖い…」



「え…?」



 先生の瞳が少し照れたように瞬く。


 私は「ふふっ」と小さく微笑む。



「初めてじゃないよ?私」


「え…」


「先生私にキスしたでしょう?放課後の選択教室で」


「あ…あぁ…」



 清瀬くんと付き合っていた時、アルバム委員会の後の選択教室で先生にキスされた。


 あの時はあまりの急なことに驚いたし哀しかったけれど、今になってみれば大好きな人とのファーストキスだった。



「だから…ね?大丈夫」


「南条、あれは…!」



 微笑む私に先生が慌てて言う。



「あの時は…ごめん。

 お前の気持ちも全部無視で、俺の感情だけ押し付けて…


 あれは…無かったことに…」


「無かったことになんて出来ないよ。

 だって私には…


 大好きな人とのファーストキスだもん」



「南条…」



 先生は瞳を閉じて息を吐く。


 そしてもう一度瞳を開くと真っ直ぐ私を見つめた。



「分かった。

 でもあんなのお前の想い出には出来ないから…


 やり直ししよう」



 そう言って先生はシートからぐっと身体を起こし、私と繋いでいない方の右の手で私の肩を引き寄せた。




「やり直しのファーストキスが約束のキス。いいね?」



「…うん」




 私の頬に当てられた掌が幽かに震える。


 肩を掴む手に力が込められた。




「南条を不安にしないし、俺も不安に思わない。


 約束」



「うん…」



 先生が私に覆い被さるように顔を近付け、私はそっと眼を閉じる。


 眼を閉じる直前、先生の肩越しにフロントガラスから見えた窓の外には、雨から変わったばかりの白い雪がふわりと舞うのが見えた。




(ホワイトクリスマスだ…)



 暖かく柔らかに触れる感覚。


 幽かなチョコレートの香り。




(先生…)



 先生の背中に左の手を回す。


 優しく触れ合った唇に熱が籠る。




(先生…好き…



 ずっとずっと、永遠に…



 このキスと指環に誓って─)




 降り出したばかりの柔らかな雪が見守る中次第に深くなる口付けに、私の瞳からは幸せの涙がひとしずく、頬を伝った。


       *   *   *

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