12月~聖夜のデート2
庭園を一望出来る展望スペースに上る。
けれど、そこは既に人でいっぱいで、庭園を見ることがほとんど出来なかった。
「南条。逆から見てみようか?」
「逆?」
「うん。向こうから」
先生が庭園の先を指差す。
展望スペースから庭園を挟んだ奥は小高く丘陵状になっていて、そこから庭園を見れば空いている上に綺麗に見えそうだ。
「ん。行ってみよう!」
階段を降りて、先生と光の庭園の中に降り立つ。
全てを染めるような青の煌めきの中をふたり歩く。
丘を上り切ると、振り返った先生の顔が仄かな光の中綻んだ。
「見てごらん」
庭園を振り返る。
「わ…!」
丘の下は一面仄かな青。
靄がかかるような青の中に所々光の柱が立ち上っている。
その間を時折、蛍が飛び交うかのように昼白色の小さな炎が瞬いては消え、消えては瞬きしていた。
こうして青の庭園を俯瞰していると、地球を作った神はこんな風に地球を眺めているのかな、なんて思う。
隣で先生が呟くように言う。
「やっとふたりになれた」
「!」
振り仰いだ先生の顔はふわりと蒼碧に照らされて一層優しげで、その柔らかな微笑みに心をぎゅっと掴まれる。
「ねぇ、南条」
先生が呼ぶ。
「南条は辛くない?」
「えっ?」
「俺とのこと」
「…どうして?」
「こんな風に一緒にいてもそれを秘密にしなきゃいけないこととか、俺が君をどう思っているかを言葉にしないこととか…そういうこと」
「…!」
先生のコートの肘に手を伸ばした時の、心の中に渦巻いた小さな澱。
その正体に私は気付いてた。
「手を繋ぎたい」なんて言ったら先生を困らせてしまう。
こんな夢のような場所にふたりでいられるのに、そんな現実を突きつけられたくなかった。
それも『先生と付き合う』という性質上やむを得ないことなのだけど、好きだから、こんなにも好きだから、それはやっぱり私にとって我慢であることは間違いなかった。
私は一呼吸置いてから下に広がる庭園に眼を遣り、応える。
「辛くなんか…ないよ?」
「南条…」
不意に先生の指が私の頬に触れ、それから顔を先生の方へと向けられる。
「!!」
「俺の眼を見て」
「……」
「それでも辛くないって言える?」
「……」
言えないよ。
仕方ないって分かってる。
春になれば堂々と一緒にいられるって分かってる。
今はこうしていられるだけで充分幸せで贅沢なんだって、分かってる。
でも…
言えないよ。
そんな綺麗な眼を見てなんて、言えないよ。
「…ごめんな」
先生の指が私から離れる。
「こんな関係じゃなかったら南条を不安にさせることなかったのにな」
「うぅん、先生のせいじゃないよ。
それでも良いから先生が良いって、私が望んだことだもん」
「南条…」
視界が潤みそうになって、慌てて瞳に力を入れた。
先生が私の頭をくしゃりと撫でる。
「ありがとう、南条」
先生はもう一度コートのポケットに手を入れた。そして
「こんなことで南条の不安を消すことは出来ないと思うけど…」
そう言いながらポケットから何か包みを取り出す。
「これは約束」
包みを私に差し出した。
「え?何?私に?」
「うん」
おずおずと伸ばした私の手にそれを乗せてくれる。
包みと先生を交互に見ると、先生が手で「どうぞ」と示す。
遠慮なく包みを開ける。
と、それは─
「わ…」
深い紺碧色の小さな石が付いた細い金の指環だった。
小さいけれど、まるで宇宙のような、吸い込まれるほどに深い青。
「綺麗…」
「貸して」
先生は私から指環を取ると、反対の手で私の左手を取った。
「俺に着けさせて」
薬指にするりと指環を嵌める。
少しタイトながらもそれは指に収まった。
「この石にはね、『永遠の誓い』って意味があるらしい。
南条、俺はね、春になったらお前を迎えに行くし、その後もずっと傍にいるよ。
南条さえ良ければ、永遠に離すつもりないんだ。約束するよ。
だから、どうか俺を信じて、不安にならないでいて?」
「!!」
それから先生は少し照れたようにふっと笑って、
「良かった。南条細いから大丈夫とは思ったけど、サイズ分かんないから店で迷ったんだ」
と言った。
笑う先生に対して私は涙が溢れてしまって。
駄目だと思うのにそれはもう止められなくて。
「何泣いてるの?」
「嬉し…くて…」
先生はくすっと笑い、指の背で私の目尻を拭う。
「信じて、待っててくれる?」
「…はい」
先生は私の肩に腕を回し抱き寄せる。
先生の胸の中は暖かくて、安心する。
(信じてるよ。
だから私も先生に迎えに来てもらえるように頑張る─)
「私もね、先生にプレゼントがあるの」
「え、何?」
「うん。でもね…大したものじゃないから、こんなに素敵なもの貰うと思わなかったから恥ずかしいな」
「なんで?南条が俺のために考えてくれたんでしょ?何だって嬉しいよ」
「うん…」
手に持った白いレザーのバッグからためらいがちに小さな箱を取り出し、先生に手渡した。
「チョコレート?」
「…うん」
何を渡していいか分からなくて兄に相談した。
『5歳も年下の彼女から貰うならあんまり高くない物がいいな。頑張らせちゃったと思うの、辛いからなぁ』と言う兄の助言に、ベルギーのチョコレートを選んだ。
「ありがとう。でも、食べるの勿体ないな」
先生の笑顔はチョコに負けないくらい甘い。
「食べないと溶けるよ」
嬉しそうな先生に私も微笑み返した。
不意に眼が合った先生がふと真顔になる。
「南条…」
そっと頬に触れ、先生が少し身を屈める。
触れた指も近付く顔も青い光に映し出され、幻想的な空間に頭の中が痺れていく。
そんな朦朧とした感覚の中で、
(私…先生にキスされる…)
なんてことだけはっきりと思って、私は瞳を閉じた。
直ぐそこに感じる先生の気配。体温。
そして─
幽かに唇に何かが掠れたか掠れなかったか、微妙な触感の一瞬の後。
頬に先生の吐息が掛かった。
眼を開けると同時に先生が離れる。
「止めておこう」
困ったように先生が微笑んだ。
「俺、南条のことになると自分に甘くて駄目だな。ごめん」
「うん…」
信じて待つって決めたから仕方ない。
仕方ない、けど…
夢のような雰囲気に酔いしれて期待してしまっただけに、ちょっと残念に思った私は悪い子かな─?
それから私たちはイルミネーションの一番の見所、光のトンネルに向かった。
歩きながら先生は時々指環を確認するように私の左手に触れる。
しっかり繋ぐでもなくゆるゆると触れ合う指と指に、なんだか胸の中がそわそわ擽られるような感覚がする。
数百メートルある光のトンネルは、その全天をぎっしりと夥しい数の小さな灯りが埋め尽くしていた。
目映いばかりに煌めくそれはまさに星々で、銀河の中を漂っているようだと思った。
「星が降ってくるみたいだな」
隣で先生が言った。
「うん…私もそう思った」
「そう?俺たち気が合うな」
顔を見合わせて「ふふっ」と笑い合う。
「本物の空は今日は生憎曇ってるけど、これならいつでも見られていいね」
「うん」
「でも…いつかは本物がこんな風に星でいっぱいの所、見に行こうか?ふたりで」
「え…?」
「ずっと傍にいる、って言ったろ?
色々綺麗なものとか面白いものとか、一緒に見に行こう?南条の喜ぶ顔見たいし」
「…ん」
嬉しい言葉に照れてしまって、先生の香りを見られなくて俯いた。
先生はそんな私の指にまたそっと触れた。
トンネルから出て、プリズムのように色とりどりに揺らめく水辺を歩いていたとき、ぽつんと鼻先に冷たいものを感じた。
冷たい粒はひとつ、またひとつと頬へ手の甲へと落ち、次第にその数が増してゆく。
「雨、降ってきたな」
先生が暗い空を見上げて言った。
「もう大分いい時間になったし、帰ろうか」
ホントはもっと一緒にいたい…
頷きかねている私に先生が囁く。
「車の中なら濡れないし、それにふたりになれるでしょ?」
「!」
頬を紅くした私に先生は
「南条可愛い」
少し意地悪な微笑みで言った。
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