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12月~聖夜のデート1

 12月24日。今日はクリスマスイブ。


 曇り空の合間に覗く陽が少しずつ傾き始めた午後の街をひとり歩く。



(出掛けるのちょっと早すぎたかな?)


 そう思いながらもどんどん足早になる。


(しょうがないよね、待ち切れなかったんだもん)



 今日は先生とイルミネーションに行く。



(これって初デート、だよね?)


 胸が弾み、思わず頬が緩む。



「家まで迎えに行く」と言う先生に丁重に断り、駅の向こうの公園で待ち合わせになった。


 アリバイ工作の都合上家から駅までは兄と一緒だったけれど、それも、「公園で先生に会うまで付いていく」と言う兄を押し留め、さっき駅で別れたところ。


 兄は大学の友達の家で時間を潰して、また夜10時に駅で落ち合うことになっている。


 本当はこんなアリバイ工作しなくて済むのがスマートなのだけど、先生と行く以上仕方がない。



 右手に公園が見えてきた。

 広場の大きな時計は待ち合わせ時間より20分も早い時間を指している。


 にもかかわらず、息は切れている。



(ちょっと落ち着こう。メイクも落ちちゃう…)



 首に巻いた先生からのプレゼントの白いマフラーを少し緩める。


 珍しくちょっと丁寧にメイクしてみた。それにお気に入りのオードトワレ。

 汗をかいたら台無しだ。


 歩速を緩めて、公園の対面の歩道を進む。



 と、メタリックブルーの車が私の横を追い越し、数メートル先で停まった。


 それを通り過ぎようとすると、すっと助手席の窓が開く。



「お嬢さん、ひとり?だったら俺とデートしない?」



「!!」



 驚いてばっと振り返ると…




 運転席には「くくっ!」と声を殺して笑う先生の姿があった。



「せ!先生っ!?」


「南条がこんなびっくりすると思わなかったから…あはは!」



 先生は悪戯が成功した子供みたいに笑う。



「もう!笑わないでよ!ホントびっくりしたんだから、どうしよう、って」


「あはは!ごめんごめん!」



 言いながら先生が車から降りてくる。



「とりあえず乗って」



 そう言って先生は助手席のドアを開けてくれた。



「…あ、ありがとう!」



 おずおずと座席に座る。

 私がコートの裾を膝に乗せたのを確認すると先生はドアを閉めてくれて、再び運転席に乗り込んだ。



「まだイルミネーションには早いけどとりあえず行こうか」


 先生が車を滑り出させる。



「先生、車運転するんだ?」


「普段はあんまり乗ることないけどね。ほら、ここもそうだけど東京とか街の中は電車も網羅してるし、駐車場探すのも手間だし、じゃあ電車でいいかな、ってなるから」


「こんな格好良い車なのに勿体ない。」



 メタリックブルーのSUVは内装もブラックレザーのシートがスタイリッシュ。きっといいステレオを載せているのだろう。小さく流れるラジオの音も低音が綺麗に響く。



「あぁこれ?俺の車じゃないんだ」


「そうなの?じゃレンタカー?」



 それにしてはお洒落過ぎるし、後部座席にぽんと積まれたシューズバッグやボールバッグっぽいものとかが生活感があり過ぎる。



「ん?企業秘密」



 先生は横目でちらっとこちらに視線を投げて、くすっと笑った。




「高速から海が見えるよ」



 しばらく車を走らせて高速の入口に着くと先生が言った。


 長いトンネル幾つかと街を抜け、やがて海が見え始めた。

 港には大きなタンカーがいくつも停泊し、天空の城のような工場が海面から迫り上がるように聳え立つ。そんな海。

 それらが雲の隙間から洩れる冬の鈍いオレンジ色の夕陽を反射して、今日の終わりが近付いていることを仄めかす。



「ここの雰囲気好き」



 私が呟くと先生はちらりと窓の外に眼を遣る。



「あぁ、いいね」



 それだけ言って先生はまた前を向いてただ車を走らす。


 私は窓の外を眺める。



 港が見えなくなる頃先生が言った。



「南条と一緒にいると南条の好きなものいっぱい知れるからいいな」



(あ…)



 先生は私の好きなもの、もっと知りたいと思ってくれてるのか…


 なんだかそんな一言に胸がきゅんとあったかくなる。



「でも一番好きなのは…」



 先生だよ─



 言いかけてやめる。



「…秘密」


「なんで?」



 先生が私に視線を投げる。



「秘密だもん」


「気になるな」


 先生はふっと笑う。



 私が卒業してちゃんと大学に受かったら教えてあげる。


 うぅん、聞いてもらいたい。



『先生が好き』って─




 窓ガラスにこつんと頭を付ける。


 頭上に広がる雲を嫌うように、西の空だけが徐々に茜に染まる。その端にはくっきりと遠くの山々のシルエット。


 何気ない風景まで全部全部、今日は綺麗に見える。



 そしてこの『好き』と言えない胸の小さな疼きも。



 全部全部、今日のこと、ひとかけらも忘れないでおこう、と私は思った。


           *


 植物園に着いてもまだ陽は空に残っていて、まだライトも灯っていない植物園は普段通りの姿だった。

 庭園はまだ人も少なくて、穏やかな時間が流れている。



「園内で食事出来るけど、今日なんか凄い混むだろうから先に何か食べようか?」


と先生が誘ってくれた。


「あったかいものを食べたい」という私のリクエストに先生は洋食屋さんでシチューをご馳走してくれたのだけど、私は全然食べられなかった。



「やっぱちょっと早すぎたかな」


「うぅん!そうじゃないの」


 おなかが空かないとかいうより、胸がいっぱいで喉を通らなかった。

 だって、今更だけど先生とごはんを食べるのは初めてで、緊張してしまったから。



 店を出る頃には辺りは夜闇に包まれていて、イルミネーションの点灯を今か今かと待つばかりになっていた。


 コートのポケットに手を入れて歩く先生の半歩後ろを付いていく。



 庭園の入口まで歩いた時


「お待たせ致しました。イルミネーション、点灯致します!」


 アナウンスと共に、同時に視界が青白い光に満たされた。




「うゎ…ぁ…」



 目映いまでの青く煌めく世界。


 樹が、花が、土が、水が、透き通る青の光彩に浮かび上がる。


 人も、空も、冷たい空気も、全てがその瞬く青に一体になる。


 それはまるで天空に溶け込んでしまったようだった。



 そして私の傍らには─



「…綺麗だね」



 先生の微笑みも青に彩られ、いつにも増して美しく見えた。



「…うん」



 眼に映る全ての物が夢のように青く青く輝く。


 夢のように…



(夢だったら…やだな)



 私はふと先生のコートの肘の辺りに手を伸ばす。



 でも…


 それに触れかけて、やめておいた。



 触れてしまったら、幸せ過ぎて何か言い得ぬ不安が襲うような気がしたから。不安が現実に引き戻してしまう気がしたから。



「南条、向こうも行ってみよう?」



 先生がもう一度こちらを振り返る。

 きらきらと青を反射する先生の瞳に私が映る。



(夢みたいに幸せだよ…)



「うん」



 私も先生の真似をしてポケットに手を突っ込んで、後を追った。

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