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12月~アドベントカレンダー

 翌週の月曜日のこと。



「あのね、舞奈。昨日の夜、植物園のイルミネーション行ってきたよ」



 教室の窓際の席で揺花とお弁当を食べていると、揺花が言った。



『植物園のイルミネーション』というのは、私たちの住む県の隣県にある私設の植物園のこと。

 毎年この時期に植物園全体を何百万個というイルミネーションで飾るので有名だ。



「あー行ったんだ!いいなぁ!どうだった?綺麗だった?」


「うん!凄い綺麗だった。

木も池も全部キラキラだしね、光のトンネルとか。あと、プロジェクションマッピングも凄く良かったよ」


「うわー!行ってみたい!私行ったことないんだー」


「うんうん。行ってみなよ。オススメだよ!」


「ロマンチックなんだろうなー」


「そうねぇ…まぁ私も一緒に行ったのがお父さんだからなー。素敵な男の人と行ったりしたらロマンチックかもねぇ」



 何か思い浮かべるように天井を仰ぐ揺花に囁く。



「宇都宮は?」


「やだっ!もー!ちょっと!ないッ!!ないからッ!!」



 真っ赤に頬を染めた揺花に二の腕をばしっと叩かれる。



「痛いよ」


「ごめん…でも舞奈が変なこと言うから悪いんだからね!」


「あーはいはい」



(『素敵な男の人』かぁ…)



 先生と行ったらきっと凄く素敵なんだろうなぁ。



 でもイルミネーションは夜だし…

 高校生が夜にそんな遠くまで外出とか出来るわけない。両親はもちろん、先生だって認めてくれないだろう。



(難しいよね…)



 お弁当箱からミニトマトを摘まんで口に放り込む。



(来年なら…一緒に行けるかな?)



 口の中でぷちっとミニトマトが弾ける。

 冬のミニトマトはちょっぴり酸っぱい味がした。


       *   *   *


 その週の放課後。

 冬の星座が空に瞬く頃。



「どう?出来た?」


「うん、出来た」


「じゃあ見せて?」


 先生が私のノートを手に取る。



 今日も英語準備室で先生に勉強を見てもらっている。

 今先生は私の英作文を添削中。



「うん。完璧だね」


「やった!」



 ガッツポーズで喜ぶ私の頭を先生が撫でてくれる。

 英作文の出来以上にこれが嬉しいんだ。



「じゃ今日はこれで終わり。帰ろっか」


「先生も?」


「うん。俺も」


「やった!」



 もう一度喜ぶ私を先生もまた撫でてくれる。



「…可愛いな、お前」


「えっ!」


「いや…何でもない」



 先生は誤魔化すけど、私は聞こえちゃったもん。



「なぁ、南条」


 バッグにノートやペンケースを詰め込む私を先生が呼ぶ。



「ん?何?」


「えーと…

 24日は何か用事ある?」


「え…」



 もしかして…



 クリスマスデートのお誘い…?



 期待に胸が高鳴る。



「あ、英作文のご褒美ってわけじゃないけど、南条頑張ってるから、その…24日なら俺休みだからもし良かったらどうかなと思って」


「空いてる!空いてます!めっちゃ空いてる!!」


「いや、受験生がめっちゃ空いててもどうかと思うけど」



 跳びつかんばかりの勢いの私に先生が苦笑する。



「南条はどこか行きたいとこある?」


「え…」


「あんまり日がないけど、考えといて?」


「うん…」



 行きたいとこ…


 先生とイルミネーション行きたいけど…



「ね、先生?」


「ん?」


「あのね…植物園のイルミネーション、知ってる?」


「植物園?」


「隣の県にね、あるの。すっごい綺麗なんだよ?」


「へぇ」



 興味ないのかつれない返事。

 デスクの上で準備室の鍵を探す先生の横顔を盗み見る。



「あの…私も行ってみたいなー、って思ってて…」


「イルミネーションて言ったら夜でしょ?隣の県じゃちょっと遠いけど、ご両親はいいって言うの?」


「ぅ…」



 だよね…

 やっぱりそこだよね…



「…他の所考える」


「うん。

 あ、あった鍵。さ、帰ろう。」



 先生は掌の中で鍵をちゃりんと鳴らしてドアに向かう。

 私はピンクのマフラーをくるりと巻いてその後を追った。


          *


 その夜。


 お風呂上がりに何か飲もうとリビングに入ると、兄がソファにどっかり腰掛けてテレビを見ていた。

 キッチンで冷たい麦茶をグラスに注ぎ、兄の隣に座る。


 テレビではチキンやジュエリーのクリスマスに向けたCMが流れている。


 それらをぼんやり眺めながら何気なく兄に話しかけた。



「お兄ちゃん24日デートなの?」


「いや、俺は25。碧ちゃん24日バイトなんだよ」


「ふぅん」



 テレビにケーキのCMが映る。

 つやつやの苺が鮮やかなショートケーキが見るからに美味しそうに画面を彩る。



「俺やっぱケーキは生クリームたっぷりの苺のヤツが一番好き」


「…子供っぽい」


「何言ってんだよ!大人ほど王道の良さが分かんだよ!!大体俺もう20歳だし!成人してるし!!」


「大変な大人がいたもんだね」


「酒も飲めなきゃ11時以降出歩けない未成年に言われたくない」



(ん?)



 11時以降出歩けない未成年─


 兄の言葉に私の頭にふとある考えが思い浮かぶ。



「ねぇ、お兄ちゃん。ていうことは24日、ヒマ?」


「ん?あぁ」


「私ね、まだ誕生日プレゼントもらってないんだけど」


「うん?」


「大好きなオ・ト・ナのお兄様にお願いがあるのっ」


「え…」



 私は先生にしか見せないような満面の笑みを、怪訝そうに顔を引き攣らせた兄に向けた。


       *   *   *



「んー…」



 いつもの夕刻、いつもの英語準備室。


 私の隣には腕組みして難しい顔をする先生。



「ねっ、いいでしょ?お願い!お願いッ!!」



 その先生に手を合わせる私。



「だってお兄さんは保護者じゃないでしょ?」


「え、だって大人だよ?お酒も飲めるし、深夜外出も出来るし。

 それになんと言っても私のお兄ちゃんだもん!両親に何かあったらお兄ちゃんが私の面倒見てくれるんだもん!

 なんならほら、選挙権もあるし!」


「選挙権は南条もあるでしょ?今月から」


「そっ、そうだけど!いや!そうじゃなくてっ!!」



 兄の誕生日プレゼント『何かスペシャルなことをやってあげる券』を使って、イルミネーションデートに行くための手伝いをしてもらうことにした。


 兄に夜デートを許可させて、只今先生を説得中。


 ちなみに両親には兄と行くということにして兄にアリバイ工作してもらう手筈になっている。


 先生には秘密だけれど…



「んー…でもなぁ…」


「だって先生。私、好きな人と過ごすクリスマスって初めてなんだよ?初めては一生に一度なんだよ?」



 先生の顔を覗き込んで食い下がる。



「っ…!色仕掛けは反則!」


「?」


「分かった!分かったからこんなとこでその顔やめて」



 首を傾げる私を先生はぐいと押しやる。


 そして、



「24日、イルミネーション行こう。

 その代わり、帰宅時間は10時厳守。必要に応じてお兄さんに送り迎えしてもらうこと。いいね?」



と、『教師』の顔で言った。



「はいっ!先生ありがとう!!」



 私はもう嬉しくて嬉しくて嬉しくて、本当は先生に抱き付きたいくらいだったけれど、遠慮して先生のパーカーの袖をぎゅーっと引いた。



「あ!おい…!」



 先生は「はぁー…」と深い溜め息をついて、袖を掴む私の手に自分のそれを重ねる。

 そして指と指を絡めるようにして袖から手を引き離す。



(あ…)



 引き離されたのに、でもしっかりと繋がれた手に却ってドキドキが加速する。

 触れあった指から掌、身体中を伝って頬へとどんどん熱が伝わったかのように熱くなる。



「そういう可愛いことするのはまた今度、ね?」


「…はーい」



(また『今度』、ってことはデートの時ならいい、のかな…?)



 先生の手が一瞬きゅっと私の手を包むように握られ、それからそっと離れた。



「…ごめん南条。今日はちょっと急用が出来て」


「あ、じゃあもう帰るね」


「うん」



 先生と準備室を出て、誰もいない廊下をふたりで歩く。



「先生は職員室に用事?」


「どうかな?体育館かも」


「体育館?」


「いいよ、南条には関係ないことだから」


「ふぅん?」



 体育館なら仁科先生かな?

 ふたりが仲が良いらしいことをこの間初めて知った。



「暗いから気を付けて帰れよ」



 エントランスまで来たとき、先生の指が私の頬に触れた。

 鳶色の瞳の優しく柔らかな眼差しが私を見下ろす。



「うん…またね」


「さよなら」



 体育館に向かう先生の後ろ姿を見送って、私は学校を出た。




(どうしようっ!イブにデートでイルミネーションとか!うゎぁ!ドキドキしちゃうっ!!)



 ひとりになると改めてデートの約束を思い返して舞い上がってしまう。


 両手を胸に重ねる。

 先生の手のぬくもりを思い出して、ますます心臓が落ち着かなく騒ぐ。



(あ!そうだ!何着て行こう!?白いマフラーに合う服、思い切って買っちゃおうかな)



 いつしか足取りも夢の中を歩くみたいにふわふわする。



(ホントに夢だったらどうしよう…)




『24日、イルミネーション行こう』



 先生の声がまだ耳の奥に残っている。


 これは夢のような素晴らしい現実。



 想いが私に甘い熱を帯びさせるのか、冷々とした夜の空気も空も今夜は冷たいとは感じないくらい、私はほこほこと幸せを感じながらひとり帰途を辿った。


       *   *   *

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