12月~誕生日
試験週間中に私は18歳の誕生日を迎えた。
一番に『おめでとう』と言ってくれたのは先生で、0時を過ぎて直ぐにメールをくれた。
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Date: 201x 12/12 00:01
From: Subaru Hatsuhara
〈xxx_pleiadesxx1212@……〉
Sub:Happy birthday
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誕生日おめでとう。
こんな時間にごめんね。
もう眠ってたかな?南条を起こしてしまっていませんように。
もし起きてたら、あんまり試験勉強頑張り過ぎるなよ。
I hope your birthday is full of good times all day long!
-END-
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試験中は先生に逢えないけど、でもメールひとつで私は先生の『特別』なんだと思えて身体中が熱くなる。
(先生、大好き…)
私は幸せな気持ちで眠りについた。
* * *
翌朝、私が朝食を摂っていると
「おはよー」
と兄がダイニングに入ってきた。
「お兄ちゃんおはよう」
「おぉ、舞奈ハピバ!」
「ありがと」
兄は私の向かいの席に座り、カップにコーヒーを注ぐ。
「なぁ舞奈」
「ん?」
「誕生日プレゼントなんだけどさ、『勉強教えてあげる券』と『肩たたき券』どっちがいい?」
「は?何そのラインナップ」
「いや、すまん…もうすぐクリスマスだろ。その…お金がなくて…」
「あーはいはい。碧さんのプレゼントは買えても妹にお金はかけられないってことね」
碧さんは兄の彼女。綺麗で優しくておよそ兄には勿体無いような素敵な人で、兄は碧さんにベタ惚れなのだ。
「すまん舞奈…」
「どうせならもうちょっとスペシャルなことをやってもらえる券の方がいいなー」
「うぅ…わかった。じゃあ『何かスペシャルなことをやってあげる券』にしよう」
「どんな無理難題ふっかけるか必死になって考えよーっと」
「あんまり無茶振りはやめて~!」
「ご馳走さまでした。さぁって学校学校」
私は兄に意地悪な笑みを向けるとダイニングを出た。
* * *
中間試験最終日。
午前中で試験が終わると、私はお弁当を食べて図書室で自習していた。
夕方まで時間を潰して私は英語準備室を訪ねる。
久しぶりの英語準備室。
胸はドキドキして、足取りはふわふわする。
準備室の前まで着くと
(あれ…?)
部屋の電気が消えていた。
ノックしてドアを引いてみても鍵が掛かっていて開かない。
(先生、職員室かな?)
仕方なく職員室に足を向ける。
どうしても逢いたい…
だって先生と想いが通じ合ってから、月曜日に外にいる先生が遠目に見えただけで、まだちゃんと逢えてない。
でも職員室にも先生の姿はなく、
「初原先生は今日はもうお帰りになったよ」
と隣の席の先生に言われてしまった。
(えっ、何で?)
やっと、やっと逢えると思ったのに…
確かに正式に先生の彼女になったわけじゃない。
けど、限りなくそれに近い約束をしたつもりだった。
先生だって私に逢いたいと思ってくれてると思ってたのに…
(それに、誕生日だってあったのに…)
私はすっきりしない気持ちで黄昏の空の下、学校を後にした。
その晩、先生からメールが来た。
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Date: 201x 12/1x 20:18
From: Subaru Hatsuhara
〈xxx_pleiadesxx1212@……〉
Sub:(non title)
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試験お疲れ様。
明日の放課後、準備室来れる?
-END-
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短いメール。
でも。
僻んだ心がぱっと潤う。
(やっぱ先生も私に逢いたかった?)
なんて。自意識過剰?
でもどうしたって先生の一挙一動全部に僻んだり浮かれたり、激しく心が揺り動かされる。
好きってこういうこと。しょうがない…
翌日の放課後、一番星が空に上がる頃、私は英語準備室を訪ねた。
いつもの廊下を進むのももどかしく、気付くとどんどん早足になっていて、足が縺れるようにしてドアの前に辿り着く。
(先生に逢うのに顔がにやにやしちゃうよーっ!)
両の頬を掌で包み、(落ち着け私!)と心で言い聞かせ、高鳴る胸を抑えてノックする。
がらがらと引き戸を開け、
「し、失礼します!」
発した声は上擦ってしまう。
(うゎ…やだもう私ってば恥ずかし過ぎ…)
「南条!」
デスクに向かって何か仕事をしていた先生は、ドアから覗き込む私を見るとにこやかに迎えてくれた。
可愛い先生の微笑みにきゅんとしてしまう。
(あー!なんかもうっ!どうしよう!!)
いつもと同じなのに、いつもと違う。
先生と気持ちが通じ合ってはじめてのふたりきりの時間。
部屋に入ってもなんだかドキドキしてしまってドアの傍で立ち尽くしていると、先生に声を掛けられる。
「座ってよ、いつもみたいに。
ただでさえなんか…いつもと違って気恥ずかしいから」
そう言って先生は照れ臭そうに笑ってくしゃくしゃと頭を掻いた。
(先生でも恥ずかしかったりするんだ…)
それがなんだか嬉しくって、でもやっぱり更に恥ずかしくって、ますますドキドキしてしまう。
「聞きたいとこはない?英語」
言いながら先生が自分の席から立ち上がる。
「うん、今日はない」
私はいつもの椅子に座る。
「そっか」
先生は私からテーブルを挟んだ向かいの椅子に横向きに腰掛けた。
それから自分のデスクの下から持ってきたデパートの紙袋を私の前にとんと置く。
「これは?」
「あぁ…南条、誕生日だったから…」
先生が視線を逸らす。
「…誕生日プレゼント、です」
少し俯くその横顔はほんのり紅く見えて。
そんな先生がなんだか可愛くて、思わず
「ふふっ!」
と笑いが零れる。
「ありがとうございます。うふふっ!」
「何笑ってんの!」
先生がこちらに不服そうな視線を向けるけれど、紅い頬が可愛いからちっとも迫力ない。
「ねぇ先生?開けてみていい?」
「え?いや、駄目だよ。誰か来るかもしれないし」
「そっか…
じゃ家で開けるね」
残念だけど、しょうがないよね…
紙袋を手に取ってしまおうとすると、
「あっ!やっぱ、今開けて!」
と先生が制した。
「どうしたの?」
「え…いや、だって…」
先生は口に手を当てて、歯切れ悪く口籠る。
赤らめた頬で視線を彷徨わせる様はますます可愛さ倍増。
「南条に気に入ってもらえるか…やっぱ気になるから…」
「え…」
バサバサバサ!
私まで動揺して紙袋を落としてしまった。
「あっ!ごめんなさい!!」
紙袋を拾い上げ、改めて中を覗く。
中身はリボンのかかった上品な箱。
「じゃあお言葉に甘えて…開けさせて頂きます」
「…はい、どうぞ」
変な言葉遣いに変な空気。
ただ箱を取り出してリボンを解く音だけが聞こえる静かな部屋。
その上先生が私の手元をじっと見るものだから、すっかり緊張してしまって、煩いほどに脈打つ心臓の音も聞こえてしまいそう。
覚束ない指でなんとかリボンを解き終えて箱を開けると、
「うゎ…ぁ…」
そこには真っ白なふわふわのマフラーが入っていた。
「綺麗…」
「今度から外で二人で逢うときはそれ使ってよ」
「え…」
それって…
学校以外でも一緒にいられるってこと…?
ドキドキしながら先生に眼を向けると、先生は真面目な顔で私を見ていた。
「いいね?」
「…は、はい」
「よし。じゃあ誰か来る前にそれしまって。
それから…」
言いながら先生は柔らかく微笑む。
「隣、行ってもいい?」
「えっ!はっ…は、は、はいッ!!」
先生はまたくくっと堪えるように小さく笑うと、テーブルを半周するようにして私の隣に近付いてくる。
その間私はそわそわと落ち着かなくなってしまって、もじもじしながら俯いていた。
先生は私の横まで来て椅子に手を掛けると、少し腰を屈めて私の耳元で囁く。
「ほら、早く片付ける」
「!!」
(近いっ!近いよ先生!!)
咄嗟に先生の声がした左耳を押さえる。
「あ、嫌だった?ごめんね?」
そう言う先生にぶんぶんと首を振ると、先生は
「ふふっ」
と笑って椅子に座った。
緊張でまた震え出す指先で箱の蓋を閉め、紙袋に戻す。
と、直ぐに先生が椅子ごと私の方へ身体を寄せる。
「やっと逢えた」
先生が私を覗き込むようにして微笑む。
鳶色の瞳が優しく潤み、水晶のようにきらりと瞬く。
「せんせ…」
「昨日も逢いたかったんだけどね、試験週間はなかなか忙しくて、昨日やっと時間が出来てそれ買いに行っちゃったから。ごめんね」
「う、ううん」
私がふるふると首を振ると、先生は一層優しく眼を細める。
(先生…好き…)
その優しい眼を見つめ返す。
好きな人の瞳に自分が映っている、それだけでこんなに幸福だなんて…
(夢を見てるみたいだな…)
なんてぼんやり考えていた時、先生が口を開いた。
「駄目だよね、こんなとこで」
先生は笑って肩を竦める。
「俺がちゃんとしなくちゃなのに、南条といるとどうも、ね。自分に甘くなってしまうな」
「そんなこと…」
「そんなことあるよ。多分俺、南条が思ってるより甘えたで独占欲強いから」
「え…?」
「嫌?」
甘い眼差しで少し首を傾げる先生に、私はまたぶんぶんと頭を振る。
「ふーん、そう?
じゃ、覚悟しててね?」
そう言って今度はにんまり笑う先生はめちゃめちゃ可愛くて。
私は先生が甘えたでも独占欲が強くても、もうその手の中から逃れられないと思った。
いや、逃れたくないと思った。
* * *




