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12月~幼馴染み


――――――――――――


Date: 201x 12/xx 15:55


From: Subaru Hatsuhara

〈xxx_pleiadesxx1212@……〉


Sub:(non title)


――――――――――――


今から塾?


一緒に行こうか?


-END-

――――――――――――




 午前中で試験が終わって自宅に戻っていた私に先生からメールが届いたのは、夕方塾に行く準備をしていた時だった。



『一緒に行こうか?』─



 先生が何を言いたいか、分かってる。



 清瀬くんのことだ。



 先生は自分の想いの為に清瀬くんを傷付けてしまったと思っている。


 そして、同時に私をも傷付けてしまったと思っている。



『彼のことも、それから南条のことも、辛い思いをさせてしまうことになって本当に申し訳ないと思ってる』



 今までは他人が自分のものを欲しいと言えば大概どんなものでも分けてあげようと思ってきた、と先生は言った。


 先生は更に続ける。



『だけど…


 南条のことだけは、誰かに譲ることは出来ない。


 お前を誰にも渡せない。どうしても』



 先生は真剣な眼でそう言って、それから、


「ごめんね、我が儘で」


と、どこか辛そうに微笑んだ。


 それが昨晩のこと─



 普通なら自分の恋を手に入れたら、きっと嬉しくて嬉しくて、それだけでいっぱいだと思う。


 現に私はそうで。



 でも先生はそれだけで終わらなくて、私のことを心配して、更に本当なら恋敵なはずの清瀬くんのことまで心配して。



(優し過ぎて、先生の方が心配だよ…)



 私は


『一人で大丈夫だよ!』


とメールを返して家を出た。


       *   *   *

 塾の教室で先週と同じ席に座っていると、廊下から華やかな声が聞こえてきた。



(清瀬くん達だ)


 背筋に緊張が走る。



 ドアが開き、清瀬くんが一人で教室に入ってくる。


 私は声を掛けようとしたけれど、清瀬くんは私に眼も留めず後ろの方の席に向かって行く。

 私が椅子から立ち上がりかけた時、再びドアが開き講師の先生がやってきて、結局話しかけられないまま授業が始まってしまった。


 授業が終わって直ぐに私は清瀬くんと話そうとしたけれど、清瀬くんはまた早々に教室を出て行ってしまう。

 私は慌ててバッグとコート、ピンクのマフラーを手にして後を追ったけれど、清瀬くんに追い付くことは出来なかった。



『清瀬くんどこにいるの?』



 メッセージを送るけれど既読は付かない。



昨夜も


『今日は急にいなくなってごめんね。明日話したいことがあるの』


と送ったメッセージに既読こそ付いたけれど返信はなかった。



(清瀬くん、怒ってるよね)


 当たり前だと思う。



 清瀬くんを利用して先生に振られた傷を癒そうとして、そして今度は先生と邂逅して勝手にいなくなって。

 自分の狡さに自分でも呆れるほどなのだから。



 私は仕方なくひとり帰路を辿る。


 自宅最寄りの駅で電車を降り、とぼとぼと歩いていると、先週清瀬くんと話をした公園に差し掛かった。



(あれからまだ1週間しか経ってないんだ…)



 あの時やっぱり何があっても清瀬くんとは付き合わない、と決めるべきだったのかな?


 そうしたら清瀬くんを傷付けることもなかったのかな?



 足元しか見えないほど項垂れて歩く。

 夜道が今夜は一層寒々しい。



 今頃清瀬くんはどうしているだろう。


 そう思うと胸が締め付けられる。



 公園の入り口まで辿り着くと、突然眼の前が陰った。



(!)



 人通りの少ない夜道で大きな影に包まれて、私はひやりとする。



 恐る恐る顔を上げると



「ちゃんと前見て歩けよ」



 それは清瀬くんだった。



「清瀬くん…」


 相手が分かると別の緊張で鼓動が早まる。



 そんな私に気付いてか否か、清瀬くんは冗談めかして言う。


「もしかして変質者だと思った?」


「え、と…」


「思ったのかよ」


「そ、それより清瀬くん、私…」


「話あんだろ?」


「え…」


「塾でなんか聞けねぇだろ?

 お前絶対泣くし」


「!」



 そう言うと清瀬くんは公園に入っていった。


 清瀬くんがブランコの柵に腰を下ろす。

 私はその傍らに立った。



「で?」


 清瀬くんが私を促す。



「あの…昨日はごめんなさい!」


「あぁ。それから?」


「え…」


「もっと大事な話あんでしょ?」


「あ…」



 胸に両手を重ねる。それが小さく震える。



「……


 清瀬くん、私…」


「……」


「……」



 ちゃんと言わなきゃなのに、言葉が出てこない。



 暫しの間の後、とうとう清瀬くんの方が口を開く。



「言うべき時はちゃんと言わなきゃだろ?

 それってホントに大切なヤツをも傷付けてんじゃん」


「!!」


「今日舞奈がそれちゃんと言ってくるの、待ってるヤツいんだろ?」


「清瀬くん…」



 私はひとつ深呼吸する。


 そして…




「清瀬くん…


 私と、別れて下さい」



 清瀬くんの方を見ていられずに俯く。

 街灯の灯りに枯れた木々とブランコの影が長く伸びている。




「嫌だ」



「えっ!」



 清瀬くんの返事に驚いて顔を上げると、清瀬くんは可笑しそうに


「ははっ!」


と笑った。



「嘘。

 元々1週間お試しって言ったろ?」


「あ…」


「お試し期間に落とせなかった俺の負け。だからそんな暗い顔すんな」



 清瀬くんは立ち上がって、私の頭をくしゃっと撫でた。



「清瀬くん…ごめん…」



 清瀬くんの掌は優しくて優し過ぎて、胸の奥がきゅっとなる。


 泣いたらきっと清瀬くんを困らせてしまう。


 分かっているのに堪えきれなくて、涙はぽろぽろと零れて落ちた。



「ほら。やっぱここにして正解」



 清瀬くんはもう一度頭を撫でてから、今度は私の両肩に掌を乗せた。


 その掌にきゅっと力が入る。



 きっとこの間みたいに腕の中で泣きたいだけ泣けばいいよ、と抱き締められる…



 涙に曇る中でそんなことを考えていたら、不意に清瀬くんの手が離れた。




「自分で泣き止めよ?


 もう胸貸してやるの俺の仕事じゃねーからな」



 清瀬くんは私から離した手をポケットに突っ込む。



「あーぁ。天体観測会ん時やっぱお前のこと諦めなきゃ良かったなぁ。そしたらお前があのイケメン先生に出逢う前に俺のもんになってたかもしんねーのに」


「……」


「一度逃したチャンスは、簡単に二度目は回って来ねーんだよ。

 だからお前のせいじゃないから泣くな」



 そう言って清瀬くんはにっこり笑った。



 怒ってると思ったのに、むしろ笑ってて。


 優し過ぎるほど優しいのに『嫌だ』なんて冗談言って、『自分で泣き止めよ?』なんて突き放してみたりして。


 優しさに胸が痛むのに、でもそんな清瀬くんに吃驚して、止めどなく流れていた涙が一瞬止まった。



 あぁ、そうだ。もう泣いちゃいけない。


 もう清瀬くんに甘えちゃいけない。


 泣き止まなきゃ、自分で。



 唇を噛み、瞳を大きく開く。


 これ以上涙が溢れないように─



「泣き止んだ?じゃ帰ろ?」



 清瀬くんは私の顔をちらっと見て確認すると、ポケットに手を突っ込んだままどんどん公園の出口に向かって行く。


 私も清瀬くんを追いかけるように彼の一歩後ろを付いて公園を出た。



 それから前を歩く清瀬くんは私の家の前まで来ると、別れ際に言った。



「なぁ舞奈、ひとつだけ覚えてて欲しいんだけど」


「何?」


「俺とお前、幼馴染みだから」


「えっ?」


「お前、俺のこと全然覚えてねーけどさ。でも間違いなく俺、お前の最初の男友達だから」


「……」



「舞奈はそんなこと思ったこともないかもだけど、でも、俺は幼馴染みだと思ってるし、舞奈のこと大切に思ってるし、これからも困ったときは頼ってくれていいと思ってる。


 だからこれからは舞奈も俺のことそう思ってくれたらいいな、って思ってるから」



「清瀬くん…ありがとう」



「でも…」



 清瀬くんが私の顔を覗き込む。



「俺はいつでも幼馴染みをやめる覚悟があるけどな」


「?」



「イケメン先生がお前のこと泣かすような時はいつでも俺は幼馴染みやめてお前のこと迎えに行く気だから。

 それも併せて覚えてて」



「えっ!」



 清瀬くんはまた「くくっ!」と笑うと、


「じゃな」


とひらひら手を振り、私に背を向けて帰って行った。



(清瀬くん…ありがとう…)



 辛いときに傍に居てくれて。


 私と先生のために、優しい言葉と共に身を退いてくれて。


 幼馴染みになってくれて─



 先生は優しい。


 そして清瀬くんも優しい。



 優しい人たちに囲まれて、救われて、そして私はこうしてなんとか生きているんだ。



 私を取り巻く優しい人たちに心から感謝して、私は小さくなった清瀬くんの背中にもう一度呟く。



「清瀬くん、ありがとう」



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