12月~ハツカレ2
清瀬くんはゲーセンに着くと、
「舞奈に出来そうなのあっかな?」
と騒がしい店内を慣れた感じで奥に進んで行く。
そして途中にある一台の可愛らしい筐体を指した。
「これなら出来っしょ?」
「あ!うん」
時々やってるスマホのパズルゲームのアーケード版だ。
「わぁ!キャラが大きい!可愛い!!」
私が眼を輝かせると清瀬くんは筐体にお金を入れる。
それから隣の椅子に座り、私がプレイするのを見ててくれた。
「舞奈意外と上手いのな」
「これはスマホでやったことあるから」
「リズムゲームとかは?」
「音楽に合わせてステップ踏むやつ?それは無理だよー」
「いや、ステップじゃなくてボタン押すだけのやつもあるし。来てみ?」
今度はリズムゲームのコーナーに連れて行かれる。
「これなら舞奈の知ってる曲もあると思う」
「ホント?…
あ、この曲好き」
「じゃやってみ?」
「うん」
私がお金を入れると音楽が流れ出す。
スマホの着信音にしているお気に入りの曲。
私はリズムに合わせてボタンをぽんぽん押す。
清瀬くんは相変わらず隣で私を見ている。
画面じゃなくて、『私』を。
「あんまり見られると緊張するよ」
「うん。緊張させてんの。俺にドキドキしちゃってよ」
「えー!もうっ!」
清瀬くんは楽しそうに笑う。
ゲームが終わると清瀬くんが
「舞奈リズム感あるね」
と誉めてくれた。
「清瀬くんはやらないの?」
「俺?言ってんじゃん。俺音楽ダメなんだよ」
「そう?」
「試しに勝負してみる?」
清瀬くんがやおら提案する。
「勝負?」
「リズムゲーで俺が勝ったらキスしよう?」
「えぇっ!無理無理無理!」
「そんな全力否定すんな。普通に傷付くわ。
大丈夫。俺苦手だって言ってんじゃん」
「でも…もしもってこともあるもん…」
すると清瀬くんは私の頬をつつく。
「ここなら?」
「えー…」
「わがままだなぁ」
「どっちが!」
今度は私の前髪を掬い上げ、おでこの真ん中に指先を当てる。
「ここは?」
「…うぅ。分かった」
ここは負けられない!
「曲は舞奈が決めていーよ」
私は自分が歌い慣れた曲を選ぶ。
「絶対負けないんだからね!」
「だから傷付くっての」
画面に流れてくる音符を一心に見つめる。
ついついボタンを押す手に力が入る。
バンバンとボタンを叩く私に清瀬くんが言った。
「舞奈怖ぇえ」
「あ、ごめん」
「でも可愛い」
「!
余計なこと言わないでっ!間違っちゃう!」
「間違っていいよ」
「嫌、絶対」
「お前さりげなく酷いよね。そんなとこも好きだけど」
「もー!黙ってて!」
「はいはい」
その後も私はボタンをバンバン叩き、そして曲が終わった。
画面が切り替わり得点が出る。
「嘘…」
「よっしゃ!」
僅かな差で清瀬くんが勝った。
(えぇ…どうしよう…)
清瀬くんの様子を上目遣いに窺い見ると、清瀬くんは私ににっこり笑い掛ける。
「約束だかんな。後で楽しみにしてて」
うわぁ…もう緊張で息が詰まりそうだよ…
項垂れる私の頭を清瀬くんがこつんと叩く。
「そんな顔すんな。マジ傷付くから」
「…ごめん。」
「じゃあ良い顔して?プリ撮るから」
清瀬くんはまた私の手を取り店内を歩く。
(あ!)
途中、私が『あるもの』に眼を惹かれた。
「好きなの?」
気付いた清瀬くんが訊ねる。
「うん」
それは最近好きなくまちゃんのキャラクター。
クレーンゲームの中のキーチェーンのくまちゃんと眼が合ってしまった。
「あの可愛い顔でふてぶてしい態度が良いよな、あのくま」
「うん。でもなかなかくまちゃんのグッズ売ってるとこないんだよね」
そう言うと、清瀬くんの足が止まった。
「欲しい?」
「え?」
「あの辺のなら2回あれば取れるよ」
ケースの中を覗き込んで清瀬くんが言う。
「えっ!ホント?」
「うん。待ってて」
清瀬くんがクレーンゲームに向かい合う。
クレーンとくまちゃんを見る清瀬くんの眼がとても真剣で、思わず「ふふっ」と笑ってしまう。
「あんま見んな。しくじる」
「清瀬くんだって見てたもん、私のこと」
「俺はいいの」
清瀬くんは本当に2回で見事くまちゃんを取ってしまった。
「わぁ、凄い!」
驚く私の眼の前にくまちゃんを掲げて、清瀬くんがちょっと高い声を出して言う。
「俺くまちゃん。よろしくね。
俺舞奈とずーっと一緒にいたいなー。ねぇ、鞄に付けてよ?」
「あはは!いいよ。よろしくね、くまちゃん」
私は清瀬くんからくまちゃんを受け取り、バッグに付けた。
「いいなー、お前。舞奈と一緒に居られて」
清瀬くんが指でくまちゃんをぱちんと弾く。
「くまちゃんを苛めないで」
「へーへー。くっそ、俺もくまになりたいわ」
それから私たちはプリのブースに入る。
(どうしよう。男の子と撮ることないからどうポーズしていいか分かんないよ…)
揺花となら迷うことないのに…
「いつも通りでいいよ」
清瀬くんが言う。
でも私の顔を覗き込んで、綺麗な顔で微笑むから余計表情が固くなる。
「あ、俺のこと好きになっちゃった?」
「!
なりません!」
私が頬を膨らますと清瀬くんはまたそれをつつく。
「ほら、その顔してなよ。自然じゃないと良い顔出来ないっしょ?」
そう言われてしまうともうホントにその通りで、私は思わず笑う。
「いいね。じゃそれで撮ろ?」
私は揺花と撮る時みたいにポーズする。
シャッターが1回、2回…
最後のシャッターが切れる直前、清瀬くんの腕が私の肩に回る。
(えっ…!?)
次の瞬間、こめかみ辺りに柔らかい感覚がした。
パシャッとシャッターが切れる。
清瀬くんを見上げると、
「約束通りキス頂きました」
と清瀬くんは悪びれもせず言った。
「きっ、清瀬くんのバカー!」
キスプリを削除しようとするも
「いいよ、別に。俺が舞奈にキスした証拠がなくなればもっかいキスできるもんね」
なんて清瀬くんの口車に乗せられて結局キスプリをプリントしてしまった。
そして清瀬くんはご満悦なわけなのだけど…
当たり前のように手を繋いで歩く帰り道。
家の前まで送ってくれた清瀬くんが言った。
「舞奈、土日会える?今度はがっつりデートしよ!」
「んー、でも勉強もしなきゃだしなー。考えとく」
「ん。また明日教えて」
清瀬くんに手を振り、自宅の門を潜る。
自分の部屋で机にバッグを置くと清瀬くんに貰ったくまちゃんが眼に入った。
くまちゃんのほっぺを人差し指で撫でる。
(清瀬くん…)
『そんなとこも好きだけど』
私を『好き』だと言ってくれる清瀬くん。
そして清瀬くんのことを思うと、同時に脳裏に先生のことが閃く。
『当たり前だろ。
教え子好きじゃない教師とかダメでしょ?』
先生の言う『好き』は清瀬くんの『好き』とは別物の『好き』で─
清瀬くんといると、私を特別な気持ちで好きでいてくれているのが分かる。
それに、清瀬くんといると確かに楽しいんだ。
(このまま清瀬くんのこと好きになるのもいいかな…)
一瞬、眼が合ってさっと逸らす女の子の瞳が頭の隅を掠める。
けど…
バッグのポケットから清瀬くんと撮ったプリを取り出す。
そして、右のこめかみにそっと手を触れる。
身勝手かな?でも、いいよね?
今は、いいよね?
愛されて幸せなはずなのに、心に住むのは今もあの人で…
でもきっと、今日より明日、明日より明後日。
少しずつその住人は清瀬くんに替わって行くはず。
それなら、いいよね?
顔をあげるとスクバに付いたくまちゃんと眼が合う。そしてくまちゃんが言う。
『あ、俺のこと好きになっちゃった?』
「ん。好きになっちゃった」
清瀬くんにもこう応えられる日がくる。
きっと好きになれる。
だから今だけ。
先生のこと忘れられるまで、身勝手でいるけど…ごめんね…
* * *




