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5月~英語準備室

 ゴールデンウィークが明けたばかりのある日。



 先生と先生を取り巻く女生徒たちとすれ違いざまに


「先生、授業の準備っていつも家でやってんの?」


なんて声が聞こえてきた。



 無意識に耳を澄ましてしまう。



「いや、英語準備室が多いかな」



 英語準備室?

 英語教室の隣のところ、だっけ?


 本校舎1階の奥から2番目の部屋が英語教室。

 更にその奥の小さな部屋が英語準備室になっている。



(英語教室…?)



 思わず立ち止まる。


 私はふと映研─映画研究部に入っている揺花の顔が浮かんだ。

 映研の活動場所は英語教室だ。

 英語教室は大型のプロジェクタースクリーンや最新鋭のAV機器が揃っているため、映研はここで活動しているらしい。




「揺花、私も映研入ろうかな?」


「え?舞奈が?」


 放課後の教室で、私の唐突な言葉に揺花が甚だ驚いた顔をする。



「高3で今から?」


「指定校推薦取ろうと思って。そしたら部活入ってた方が有利でしょ?ほら、私帰宅部だから」



 もちろん嘘だけど。



 結局そうして私はその日のうちに映研に入部した。



 正直頭の中の冷静なもう一人の自分が


「何やってんの?」


と突っ込んだりもしたけれど、受験や将来のこともどこか投げやりな気持ちになっていた私には


『なんとなくそうしたい気分』


というだけで十分な理由だった。


        *


 私の家は両親とも教師をしている。


 祖父も曾祖父も教師。

 伯父や伯母、大伯父、大伯母、従兄弟達も教師だらけ。

 代々、名門地元国立大学教育学部卒の教員一家。



 私も兄も後に続くのが当然のように育てられてきた。

 そして、兄が今まさにそこで学んでいるところだ。


 自分自身もまた、教師になるものと子供の頃から思っていた。


 勉強は嫌いじゃなかったし、実際今も国立受験クラスに在籍している。



 でも兄を見ていて、


「それでいいの?」


と疑問が浮かぶ。



 機械いじりが趣味で工学部に行きたかった兄。

 それが精鋭揃いの教育学部で苦労している姿を見ていると…



 私だってやりたいことがなかったわけじゃない。


 小さい頃から本が好きだった。


 新しいことを知るのが楽しくて仕方なかった。

 分からないことを調べると次から次へと疑問が湧き、更に調べるのが楽しかった。


 だから今までにも気象予報士や歴史学者なんかに憧れたこともあった。


 でもそれが私に許されるわけではないのを子供心に分かっていたから、どれも本気になることはなかった。


 でも…



 私はこれでいいの?



 親の希望だけで生きていくの?



 波風立てない方が楽なのは知っている。


 そんなに子供じゃない。



 でも言われた通りやって誉められるだけで嬉しいほど子供でもない。



 悩みを両親に打ち明けたこともある。


 返ってきた答えは


『うちは教師になるのが一番良い』。



 遅れてきた反抗期。


 自分でもそう思う。

 私はあまりにも今まで素直過ぎた。

 というより大人の都合良く育ち過ぎた。


 そんな私に大人の方も慣れてしまっているから今更反抗しても力で抑えようとするだけだった。



 一人悩むうちに、なんだか色んなことがだんだんどうでも良くなってきた。



 例えそれが自分にとって大切なことでも。



 このまま流されて生きればいい。



 自分の意思など無くただ周りが言うままに生きればいい。



 生きているのか死んでいるのか分からないままただ日々をこなせばいい。



 そしていつか、そうして生きることさえも疲れたら、



 生きることをも止めればいい─




    *   *   *

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