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10月~秘密のメッセージ1

 翌々日の模試は本当に惨憺たるもので…



 先生と夜璃子さんのことが気になって集中出来なかったのもさることながら、国大を落ちてもいいと見くびってきたツケも回ってきたようで、いざ受かりたいとなったらいつもの半分も出来なかった。



「はぁ…」


 寝不足の月曜日。


 1時間目終了後の休み時間、私は溜め息を吐いて机に突っ伏す。



 考えたってしょうがない。


 先生にとっては私は生徒─


 それは私が夜璃子さんに会う前も、会ってからも変わらない事実。


 私から見た先生が変わってしまっただけで、先生にしてみれば何も変わってない。



 ううん。


 私から見たって、ただ先生を好きでいたかっただけ、先生の傍にいたかっただけで、それは生徒としてでよかったはずだ。

 恋人になりたいとか、そんな大それたこと思っていたはずじゃない。



 なのに。



 なのに何でこんなに悲しい気持ちになるんだろう─



「はぁ…」


 もう一度溜め息を吐き、眼を瞑る。



 すると、


「なんでなんで!?」


「え、何しに来たの!?」


 やにわに教室の中が騒がしくなる。



(なんだろう?…)



 眼を瞑ったままぼんやり思っていると、


「南条さんいるー?」


とクラスメイトの声がした。



「私…」



 顔を上げて立ち上がるその時。



(え…)



 私は教室の前側のドアに思いがけない人を見た─




(先生…!)




 ドアから半身を出して室内を見ていた先生が私に気付き、爽やかに右手を挙げる。



(なんでここに…?)



 私はおそるおそる教室の前に出る。


 私をちらちら見たり、ひそひそ何かを言うクラスメイト達も怖くないわけじゃない。


 でもそれ以上に私の中で何か変わってしまった先生に逢うのが怖かった。



 教卓の前まで出ると、そこにいた私を呼んだクラスメイトが


「初原先生が呼んでる」


とドアを親指でおざなりに指す。



「…ありがと」


 呟くように礼を言って、のろのろと先生に向かう。



 教室中の視線が先生と私に向けられていた。


 その視線を避けるように廊下に出て、教室から死角になる壁際に立つ。



 先生は手にしていた封筒を私に差し出した。

 少し大きいその封筒は外大の大学名や学部名、住所が印刷されたものだった。



「これ、市川から」



 先生が言う。



 市川─夜璃子さんからの手紙?



「あの後、あの場で書いてた。何書いたかは知らないけど。読んでやって?」



 封筒を受け取ると、


「じゃ」


と直ぐに先生が背を向ける。



「あっ、あのっ!」


 歩み去ろうとする先生を呼び止める。



「…ありがとうございます」



 先生はいつものように甘い笑顔で微笑んで、階段の方へ姿を消した。




次の授業の間、私は読みたいような読みたくないような気持ちの狭間にいた。



 気になる…


 けど、


 怖い…



 はっきり先生の彼女だって言われたらどうしよう…



『私は生徒として、妹として傍に居られればいいだけだから』


と、しっかりした心持ちで居られるのか自信がない…



 でも結局気になる気持ちが優った次の休み時間、私は手紙を手にひとり屋上に上がった。



 空は高く、少し風が冷たい10月末の屋上。


 封を開けて手紙を取り出す。



 それはA4レポート用紙に少し急いで書いた感じの女性の文字でこう書かれていた。




『舞奈ちゃんへ。


 思い付くままに書きます。長くなってしまうかもしれないけどごめんなさいね。



 舞奈ちゃんが帰った後、昴から舞奈ちゃんのこといろいろ聞きました。


 優秀で勉強を頑張ってること。

 昴の話で夢を持てたこと。

 外大受験のために御両親を説得したこと。


 それから昴の話と口振りから、舞奈ちゃんが優しくて可愛い子だということもよく分かりました。



 是非舞奈ちゃんみたいな、ちゃんと頑張ってる子と一緒に勉強したいと思ったから、受験頑張って外大に来てくださいね。

 昴が兄なら、私のことも姉だと思って、何でも頼ってくれて良いです。



 それと。


 舞奈ちゃん、実は昴のこと好きでしょ?

 それと、私と昴のこと、誤解したよね?


 見てて分かった。



 昴と私は『同志』なんだ。


 同じ学問を志した同志。



 昴と私は大学に入学してすぐに出会ったの。


 正直、昴はあの顔だし、あの性格だし、10代の頃は昴のこと、異性として意識したこともあった。


 でも昴と私は、海外育ちだったり、論理的に考えるのが好きだったり、似たとこも多くて、むしろ男女の差とか気にならないくらい近い存在になっていたの。


 友達とか、親友とか、ましてや恋人とか、そんなんじゃなくて、『同志』。


 卒業した今もそうだし、これからもそうだと思ってる。


 きっと昴もそう。


 どうかな?あいつは私のことただの元級友くらいにしか思ってなかったりして?



 とにかく、だから舞奈ちゃんの心配には及びません。



 それと、余談だけど、昴は今彼女いないらしいから。


 それに舞奈ちゃんのことは



 その辺は直接昴に聞いて。卒業してから。

 やっぱり大事な同志の首が飛ぶのは心配だわ。



 それから、受験の前日の件。

 泊まりに来てくれるのはwelcomeなんだけど、ごめんね、私持病があって、その時体調がどうか分からないんだ。


 もし元気でいれば是非来て。

 舞奈ちゃんに会いたいし、役に立てたら嬉しいから。



 それともう一つごめん。

 持病の件は昴には黙ってて。

 あいつ、心配症なとこあるから面倒。



 これから寒くなるから暖かくして過ごしてね。

 会える日を待ってます。



See you soon. Good luck !


Yoriko Ichikawa



追記


Add.  yorikoxxx……@……

Tel.   090-xxx-xxx 』




 秋の風に煽られて手紙がガサガサと鳴る。



(夜璃子さん…)



 胸があったかくなる。



(ごめんなさい。先生とのこと勘繰ったりして…


 しかも、私のために時間を割いてくれたのにちゃんとお礼も言わないで逃げ出して…)



 後で夜璃子さんにお礼メールしよう。


 頭の良い、ポリシーのある、黒髪ストレートの素敵な人─




 それから、封筒の裏にはなぜか何も書いてない黄色い付箋が貼ってあった。


 それも、糊付きの付箋にもかかわらず、四辺をテープでしっかり貼り付けられて。



 私はテープを爪で剥がす。

 と、付箋の裏側に何か書いてあった。



『今日放課後、準備室に来るように』



 そして下の方に少し小さく



『時間があれば』



と書き足してあった。



 名前は書いてないけれど、誰からのものか字を見れば直ぐ分かった。

 いつも準備室で英語を教えてくれる時ノートに書かれる、あの愛おしい文字─



(先生…)



 昨日からもやもやと胸に燻っていた気持ち。そのもやもやは夜璃子さんや先生に対してじゃなくて、もやもやと感じてしまう自分に対しての自己嫌悪。


 でもそんなものもこんな単純なことで降り注ぐ朝陽に霧が晴れていくみたいに穏やかになっていく。本当にバカみたいなんだけど。



(先生が準備室に呼んでくれた…)



 私は手紙と封筒を抱き締めた。

 胸の中でそれらがクシャと音を立てる。



(ごめん、でもやっぱり…好き)



 次の授業の始まりを告げるチャイムが秋空の下の屋上に鳴り渡った。


       *   *   *

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