4月~始業式
4月。
2週間振りに黒いセーラー服に袖を通し、学校の門をくぐる。
今日から高3。今日から受験生。
私の学校は中高一貫の女子校。
近隣では有名な伝統あるお嬢様学校と言われているけれど、ここ10年ほど前からは進学に力を入れている。
甲斐あって近年は名門私大や国立大学、医学部生なども輩出している。
進学率も高く周りの士気も高いし、学校も意気軒昂。
今年一年は私も受験一色になるだろう。
まぁ私はあんまり、興味ないのだけど…
「舞奈、おはよう」
両側を花のプランターで飾られたアプローチで声を掛けてきたのは神川揺花。
同じ国立大学受験クラスで、数少ない私の友人の中でも一番の、中学からの親友。
「始業式だから講堂に集合だって」
私たちは靴を履き替えて講堂に向かう。
途中下級生たちとすれ違う。
「えー!見た見た!?」
「ねーっ!カッコいいッ!!ていうか可愛いッ!!」
という黄色い歓声。
「何、今の?」
「さあ?」
揺花が
「若い子は良く分かんないよね」
なんて言うから、吹き出した拍子に思わず転びそうになる。
「大丈夫!?
舞奈、美人系でしっかりしてそうに見えるのに時々何にもないところで転んだりするから心配になるよ」
「揺花のせいでしょー!
揺花こそ可愛い系の顔して天然発言するから不安になるわ…」
「ええっ!
それって褒めてる?ディスってる?」
「お好きな方でとっていただいて良くてよ」
「えー!もうっ!」
きゃはは、とじゃれあいながら桜の花びらが舞う渡り廊下を二人で講堂に向かう。
クラスの列に並ぶと、始業式が始まるまで揺花と春休みあったことを話したりしていた。
春休みあったこと、と言っても大半が塾の春期講習で、これといったこともないのだけれど。
でも。
(あ、そう言えば春休みと言えば…)
春休み唯一印象的だったことがふと過る。
『君、いいね』
という台詞と共に、キラキラの甘い笑顔の美少年。
(私ってば何思い出してるの!)
ふと恥ずかしくなり、思わずぶんぶんと頭を振る。
「舞奈?」
気付いた揺花に呼び掛けられ、ますます恥ずかしくなる。
「あ、ほら!式始まるよ!」
私は火照ってしまう顔を見られないように言った。
*
校長先生の話が終わって着離任式が始まる。
三年の私たちにはあまり関係ない。
毎年三年は受験生担当のベテランの先生が担当するのがお決まりだから。
私は退屈しのぎに足元窓から外を見る。
隣の新校舎をバックに舞い散る桜の花びらが時々ふわりと舞い込んでくる。
綺麗だな、なんてぼんやり思っていた時、突然講堂内に生徒たちのざわめきが起こった。
(?)
皆の視線を追ってステージの上を見上げる。
と…
どきん、と衝撃が胸を打った。
そこには、まるでそこだけ光を纏ったかのような美しい男の子の姿。
春休み、駅で出会ったあの美しいバイリンガル王子様だった─
(え、えぇ、えぇー!?)
「ちょっとカッコいいよね?」
「どっちかって言うと可愛い系じゃない?」
皆がひそひそやっている。
でも私には高鳴る胸の音に掻き消されて、周りのざわめきなんて聞こえなくなっていた。
(な、なな、なんでここにっ!!)
思わぬ出来事に混乱する頭でステージ上の彼を見つめる。
白い肌、大きな瞳、栗色の髪。
間違いなく彼だ。
インクブルーの上品なスーツ姿の彼は近くで見るよりもずっと等身が高く、スタイルが良い。
教頭先生に紹介され、彼は恭しく頭を下げた。講堂に生徒たちの溜め息が漏れる。
彼は我が校の英語の新任教師だった。
名前は初原昴。
まさか再会するなんて思わなかった。
しかもこの学校の教師として。
更にあの風貌。
とても社会人には到底見えない可愛いビジュアル。
あまりの衝撃に、私は式の後どこをどう歩いて教室に辿り着いたかも覚えていないくらいだった。
呆然としたついでに揺花に思わず口走る。
「新任の初原先生ってさ、ちょっと可愛いと思わない?」
揺花は驚いた顔で私を見て、
「舞奈がそんなこと言うなんて珍しいね」
と笑った。
確かにそうかも。私、男の人ってあまり興味がない。
でも先生は別格。だって本当に可愛いんだもの。
でも…
本当は可愛い顔してさらっと人を助けられる、そういう人だということを私は、私だけは知っているんだ─
*
それから、私は初原先生のことが気になるようになった。当然と言えば当然の流れで。
でも、それは決して『恋』と呼ぶようなものではなかったと思う。
校内で見掛ければなんとなく様子を窺ってしまうとか、逆に逢わない時には
「先生、どうしてるかな?」
とふと思ってみたりするとか、そんな風だっただけだから。
確かに、気になっているせいか私は先生が遠くにいてもいつも直ぐに見つけてしまうのだけども。
でもどうせ見つけたところで先生は中学の担当で私とは接点がないので、私が一方的に先生の存在を見ているだけでそれ以上もそれ以下もないし。
そして先生はやはりその可愛い風貌からか女生徒たちに囲まれていることが多くて、
「先生可愛いねー!」
「だから可愛い言うな!」
なんていうやり取りをしょっちゅう見せつけられた。
先生を囲む女生徒たちを横目に見ながら、
「私はあんな馴れ馴れしい接し方は絶対にしたくない」
と思うようにしていた。
それは別に、羨望とかではない。
ないはず。
ない、と思う…
ある時、
「ごめん、視聴覚室ってどっちだっけ?」
と、先生が生徒に尋ねているのを見た。
確かに視聴覚室は別の校舎の端にあって分かりにくいけど…
校内で迷うとか、可愛い系キャラもここまで来ると心配になる。
視聴覚室の場所を聞くと先生はあの笑顔で
「ありがとう!」
と言って立ち去った。
女生徒に向けられた輝く笑顔にちくりと胸が痛む気がしたのは、気のせい…
その後尋ねられた生徒たちが
「やだ!やっぱ可愛いー!」
とかきゃぴきゃぴやっていた。
なんとなく胸がざわつくのも、多分…
(気のせい…)
* * *