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10月~ふたりの夜1


「…となるから答えは3番、となるわけ。」


「なるー」



 今日最後の太陽がブラインドの隙間からうっすらと射し込む英語準備室。



 あれから私は毎日放課後の遅い時間にここに通っていて、今日も先生に勉強を教えてもらっている。



 訪れた時に岩瀬に会ってももう慣れたもので、


「あっ!岩瀬先生、ちょうど良かったぁ!分からない問題があって先生に聞きにきたんですぅ!」


なんてにこにこ言っちゃう女優ぶりだ。


 もちろん後で先生に訊き直すんだけど。



「ところで南条。進路の件、親御さんに話ついたのか?」


「……」


 無言で眼を逸らす。



「え…三者面談そろそろだろ?いつだ?」


「…来週の水曜日」


「って一週間ねぇじゃんか!大丈夫なのか!?」


「う…ん…」



 先生が大きく溜め息を吐く。



 先生が再び私の指導をしてくれることになったあの日、両親が帰宅すると真っ先に東京の外国語大学に行きたいと話をした。



「なんでそんな所行く必要あるの?」



 母はあからさまに嫌な顔をした。

 父に至っては話も聞いてくれなかった。



(でも私は決めたの)



 私はもう以前のように諦めたりしない。


 どんなに困難でも東京の大学に行く。

 先生の母校の大学に行く。



 私は母に、目指す大学が国大に劣らないことや将来性の高いこと、それに残り数ヵ月の追い込み次第で合格圏に十分手が届くことなんかを話した。



 けれど、未だ一歩たりとも前進してはいない。



 これが今の現状。




「お兄ちゃんだけは応援してくれるんだけど…。お兄ちゃんじゃねー…」


「いやいや良いじゃない、お兄ちゃん。孤軍奮闘するよりかは全然いいよ。

 とは言え、お父さん聞いてもくれなかったかぁ…」


 先生が額に手を当て、綺麗な顔をきゅっとしかめる。



「うん…

 でも!絶対諦めないから!」



 先生をがっかりさせたくなくて、私は力強く言う。


 そして先生は私に優しく微笑んでくれる。



 でも、微笑む先生の口から出た言葉は意外なもので…




「俺やっぱ南条のこと好きだな」




(え…!?)




 今、先生なんて言った…?



(私のこと、



 好きだ…って…言った?)




 唐突な先生の告白。




 ど…どうしよう!!



 私も好きだって言わなきゃ…



 言わなきゃ…



 だけど…



 突然のことに頭が真っ白になる。

 息は吸えなくなり、頬は燃え、視界は潤む。熱っぽく頭が眩んで言葉が出てこない。真っ赤に染まっているに違いない頬を両掌で覆って立っているのがやっと。



 そんな私に先生の告白の続きは─




「そういう諦めないとこ。オーストラリア訛りに果敢に挑むとことか」



「あ…」



 それ…?


 私ってばなんて早とちりを…



「意外と男前で」



「……誉めてないよね?」



 女の子に『男前』って、『対象外』ってことじゃん…



「そう?




 俺は惚れちゃうけどな?」




「ふぇっ!?」



 惚れちゃうけどな…って!何!?


 うゎぁ…やっぱり頭の中がぐるぐるするぅ…



「なんか急に暗くなるの早くなってきたな。南条、そろそろ帰れよ?」



 ぐるぐるしている私をよそに、窓に近寄った先生がブラインドの隙間を指で少し開き、外を見ながら言う。



「…まだ大丈夫だよ」



 ぐるぐるさせるだけさせといて『帰れよ』なんて意地悪すぎる。


 なのに先生は更に私をぐるぐるさせるんだ。



「心配だから」



(あ…)


 先生が真剣な眼で私を振り返る。

 じっと私を見つめる鳶色の瞳が幽かに甘く揺れて、私の胸をきゅんとさせる。


 もう、これ以上ないってくらい顔が熱いよ…




「親御さんが」




「…え…それ…?」



 今日の先生、間違いなく悪魔…




「なぁ、南条」


 渋々帰り支度を始めた私を先生が呼ぶ。


「ん?」


「俺、ご両親に会いに行こうか?」


「なっ、何!?藪から棒に!」



『好きだ』とか、『惚れちゃう』とか、『心配だ』とか、散々私をぐるぐるさせちゃうセリフ言って、その流れで更に『両親に会いに』なんて…


(それは何か『お嬢さんを僕にください』的な…?)


 変な期待をしてしまう─




「ほら、前にも言ったろ?やりたいことを見付けてもご両親が認めてくれない時は一緒に話しに行ってやるって。

 覚えてない?」


「あ…」



 夏のあの日。


 校庭を駆ける風と先生の体温が熱かったあの時。


 先生は言った。



『俺、一緒に話しに行ってやるよ』



 忘れてたわけじゃない。

 本気にしてなかったわけでもない。


 けどあの時、全てが夢のようでリアリティがなくて…



「頼っていいんだよ?俺のこと」



 先生が机越しにずいと身を乗り出す。


 机に突かれた大きな手。

 包み込むような眼差し。


 いつも可愛いと思ってたのに、最近の先生は私にとって凄く大人の男の人で、カッコ良くて。


 どこまでも甘えてしまいそうになる─




けど…



「…ん、大丈夫。もうちょっと頑張ってみる」



 私が決めたんだ。


 こうしたい、こうして生きたいって。


 全部全部先生に頼っちゃダメだ。



 どうしても困った時先生は支えてくれる。


 だからそこまでは自分でやる。



「そうか」



 先生はそう言って優しい眼差しでにっこり笑った。


       *   *   *

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