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3月~バイリンガル美少年


『やっぱ、なんか夢があるとさ、人って頑張れたり、気持ちが救われたりすると思うんだよ、俺は』



        *



 もしも空に喩えるなら



 私の空は、星一つない深い深い暗黒。




 果てしないその闇は、小さくささやかな夢も希望も見出ださせる隙はなくて、この夜にひとりきりの私を苦しめる。



        *


『だからさ、俺、



 南条のそれを一緒に探したいと思う』


        *


 その暗黒にあの時射し込んだ一条の光は、ヴィーナスや、ポラリスや、シリウスや、どんな艶やかな星よりも目映く私を照らしてくれた。


 温かなその星彩は私を抱き、絶望に追いやられ命の縁から闇に落ちそうな私にも未来があることを教えてくれた。




 もう夜闇も怖くない。


 怯えて、涙に耐えて過ごす夜はもう来ない。




 貴方の光が導いてくれるから─



        *



『夢が叶ったら、その時は俺から言うよ。



 南条への想い全部』


        *


 だから、ねぇ?


 これからもずっと私を見守っていて。


 ずっと傍にいて。




 そして私を


 その腕に抱きしめていて。




 貴方は希望の光。


 私の未来。


 私の全て。




 その星は


 そう、貴方なの。




 ねぇ、先生─




     *   *   *


 春の陽光が眩しい、春休み半ばのある朝。



(急がなきゃ…)



 私は自然のまま伸ばしただけの濃色の長い髪をなびかせて駅のホームを疾走し、階段を駆け上がった。



 今日は春期講習に通っている塾の模試。

 それに遅刻しそうなのだ。



 理由は朝から母と進路のことで喧嘩になったから。



 塾は電車で二駅のところにある。


 その駅はこの辺りでは比較的大きなターミナル駅で、春休みということもあり朝から混雑していた。


 人波をぬいながらコンコースを急ぐ。



 そんな状況にもかかわらず…


 私の正面に現れたのは大きなキャリーバッグの外国人観光客二人組。

 その二人がやおら


「Excuse me!」


と声を掛けてきた。



(え、私?)



 聞くところによると、二人は我が県誇る温泉観光地に行きたいがどの電車に乗ったらいいか分からないらしかった。


 そのくらいなら案内できる。


「It's Platform 3.」



 安心するも束の間、二人は更に何事か私に問いかけてくる。



 私の知らない単語?


 訛りがあるのかな?


 いつも耳にするイントネーションじゃない…気がする?



 落ち着いて聞けば分かりそうだけど、なにせ今は私も遅刻寸前。

 分からないとなると余計焦ってしまい、ますます聞き取れなくなる。



「Pardon me?」


 何度か聞き返すもちっとも分からない。



 どっ、どうしよう…



 掌に嫌な汗が浮かんできた時、



「May I help you?」



 私の後ろで軽やかな男性の声がした。



 振り返るとそこにはにこやかな笑顔の男の子が立っていた。



 私と同じくらいの歳だろうか?


 白く滑らかな肌に黒目がちな大きな瞳。

 女の子みたいなぷっくりとした唇。

 頬に掛かる栗色のさらさらと柔らかそうな髪が印象的な華奢な感じの男の子。

 外国人二人組と同様キャリーバッグを引いている。



 二人組は彼に私に言ったのと同じ言葉で問いかける。


 それに対し彼は流暢な英語で答える。


 三人はしばらくやり取りをして、やがて彼が


「Have a nice travel!」


と二人に手を振った。



 二人組はにこにこしながら


「Thanks!」


と3番ホームへ向かって行った。



(良かったぁ…)


 私はほーっと溜め息を吐く。



 すると彼が今度は私に向き直った。


 そして、



「君、いいね」



と、輝くばかりの笑顔を見せる。



(えっ?)



 その笑顔がとても可愛らしくて輝いて見えるので、思わず見惚れてしまう。

 改めて見ると息を飲むような物凄い美少年…



 それに…



(『いいね』って何?)



 よく分からない。



 けれど…



 その目映さに胸がドキンと鳴る。



「彼らのはオーストラリア訛りだね。分かんなくてもしょうがないよ、日本の学校では聞き慣れないから。


 それより…」



 彼は私に何事か話しかけるけれど、その甘やかな声が耳元を通り過ぎるだけで私は精一杯で、その内容は頭が動かず、全然入ってこなかった。


 綺麗な指で柔らかな髪を掻き上げる美しい男の子は、まるで昔見た絵本の王子様を思わせる。


 私は、生まれてから今までに感じたことのないような感覚で、ただただその様を夢でも見ているかのように見つめ立ち竦んでいた。




 が、それも束の間。



(あっ!時間!)



 私は不意に我に返り、腕時計を確認する。


(あと5分しかないじゃんっ!)



「ありがとうございました!失礼します!」


 私は彼の言葉を遮って、一礼すると慌てて改札口へと走り出す。



「えっ、あぁ、うん」



 一瞬王子様が大きな瞳を更に見開き、驚く表情が見えた。



(なんてスマートに対応出来るんだろ…


 しかも…凄い…綺麗な男の子…)


 塾に向かって走りながら私の胸はドキドキしていた。



 それは、喋れなくて緊張したから?


 あるいは走って心拍が上がったから?



 それにしても…


 と、ふと思う。



(あのキャリーバッグ…旅行中かな?


 じゃあ、もう逢うこともないよね、きっと…)



 まぁいいや。


 今日はイケメンさんに助けられてラッキーだった。


 朝から喧嘩してイライラしてたけど、これでチャラってことにしようかな?



 そう思っておくことにしよう。



    *   *   *

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