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【短編】四天王の休暇の過ごし方 (※ 元最強勇者のバイト先が魔王城なんだが、魔族に人間知識がなさ過ぎて超優良企業な件の短編です)

作者: 延野正行

久しぶりに「元最強勇者(ry」を書かせていただきました。

当時の雰囲気が出ているのか、若干不安ですが楽しんでいただければ幸いです。

かなり長めなので、お時間がある時にお読みになることをオススメいたします。



 ◇◇◇◇◇ 1 ◇◇◇◇◇ 

 



 四天王【嵐龍】ドランデスの朝は、1発の落雷から始まる。


 石壁が震えるほどの豪雷が、決まった時間に魔王城近くに落とされるのだ

 犯人は魔王城のガーディアン的なポジションを持つ雲状型モンスター――ムービタルスター。

 意地悪でやっているわけではない。

 ドランデスが命令し、それを実行しているだけなのだ。

 他にもお昼や終業時にも鳴らすよう指示している。

 魔王城の鐘のような役割を担っていた。


 ドランデスはベッドから身を起こす。


 魔族がベッドというのも、なかなか変な話だ。

 現につい数年前まで、雑魚寝が当たり前だった。

 魔族と人類が戦っていた時など、一睡もせずに陣頭指揮をとっていたこともある。


 ベッドで寝るようになったのは、人類と関わるようになったからだ。

 彼らの文化を理解するためにも、生活習慣に慣れる必要があった。


 存外悪くない。

 人間以上に硬い皮膚を持っていても、スプリングの効いたベッドで寝るのはなかなかに気持ちいい。

 比較的寒さに弱いドランデスにとって、特にお布団は素晴らしいアイテムだった。


 ベッドから降りる。

 顔を洗い、歯を磨く。

 固まった髪を梳かし始めた。


 この一連の行動も人類の文化から取り入れたものだ。


 冷水で顔を洗えば、眠気が飛ぶし、歯を磨けば、朝起きてギトギトの口内もスッキリする。今日も頑張ろうという意欲が湧いてくる。


 バキッ!


 何かが折れた音がした。

 見るとブラシのピンが折れていた。


「またですか?」


 吐息を漏らす。

 今月ですでに3本目だ。

 慎重に梳いてはいるのだが、ちょっと力を入れると壊れてしまう。


 ドランデスの髪は、竜でいうところの竜鬚(りゅうしゅ)――つまりヒゲに当たる。柔らかそうに見えて、非常に粘りがあって硬く、おかげで何本のブラシが犠牲になっていた。


「人間のものはダメですね。ネグネ卿に何か考えてもらいましょうか」


 信頼を置く相談役の名前を口にする。


 気を取り直し、着替えを始めた。

 クローゼットを開けると、ずらりと似たような執事服が現れる。

 鞘に剣を収めるように袖を通した。

 姿見でチェックし、鎖が付いた眼鏡を掛ける。

 最後に、少し前髪を整えた。


「よろしい」


 鏡の中にいる己を教師のように評価する。


 準備万端、いざ――と勇み、ドランデスは自室のノブに手を掛けた。

 動きが止まる。

 眼鏡の奥の紺碧の瞳が、扉に張られた張り紙を注視していた。



 本日、お休み!!



 汚い人間の文字を見て、ドランデスは頭を抱える。

 昨日、自分で書いた文字だった。



 ◇◇◇◇◇(※ メタネタが苦手な方は次の「◇◇◇◇◇」までお進みください)



 どうしてだろうか?


 朝から俺は首を捻っていた。


「どうしたですか、師匠。は! まさか便秘ですか?」


 のっけから訳のわからんことをいったのは、俺の同僚フィアンヌだ。

 黄狐族(フォッグス・フォル)という獣人の我が後輩は、いつも通りにつなぎを着て、柔らかそうな尻尾をゆらゆらと揺らしている。


 とってもモフモフで、気がつけば唾が出てくるほど魅力的なのだが、先日この尻尾には重大なインシデントが起こった。

 それが何なのかは、是非本編を確認してほしい。


 俺、何いってんだろ?


「なんで便秘なんだよ。朝から、そりゃあもう人に見せたくなるほど立派なものをひり出してきたわ!」

「そうなんですか? お顔が何か*の穴にそっくりだったので、もしやと思ったんですが」


 やーめーろ!


 いきなり下ネタぶっこむなよ!

 子供が*の穴とかいうな。アホ! いや、お前はアホの子ポジションだったな。

 あと、その伏せ字は悪意以外にしか見えないぞ。


「いいか、フィアンヌ。俺は心に決めたことがある」

「何でしょうか、師匠」

「今回はご新規さんも見るかもしれないから、清い方向でいくのだ」

「新規……。え? もしかして同僚さんですか? ということは、フィアンヌに後輩が出来るということですね! わーい!」


 フィアンヌは小躍りする。


「うむ。全く理解出来ないが、そういうことにしておこう。あとなメタとかベタとか、あと汚い(ヽヽ)のもなしだ。綺麗にクリーンな魔王城を見せていこうと思う」

「なるほど。同僚を迎えるために城を綺麗にするですね。さすが師匠です」

「そうだ。わかったな!」

「はい、です」


 フィアンヌはピンと尻尾を立てて敬礼する。


「よろしい。では、最初の話に戻るのだがな」

「はい、です。師匠」


 俺は腕を組み、「うーん」と1つ唸ったあと言った。



「なんか久しぶりに働いている気がするのだが……。これは気のせいだろうか?」



 【本日の業務日誌】

 本編はじまります!



 ◇◇◇◇◇



「おはようございます。ブリード」


 どわ! びっくりした!!


 いきなり後ろから声をかけられ、俺は飛び上がった。

 正体はわかっている。

 我が上司【嵐龍】ドランデスだ。


 1度、心を落ち着け振り返る。


 男物の執事服を身に纏った麗人が立っていた。

 ボブカットの頭に2本の角。

 まるで蛇のように尻尾をくねくねと動かしている。

 鎖のついた眼鏡の奥から紺碧の瞳を光らせていた。


 相変わらず、元勇者の俺でも気配が読めねぇ。


「おはよう、ドランデス。なんか久しぶりだな」

「そうですか? 昨日1日お休みを取ったからでしょうか。ふー」

「休みを取った割には、疲れているように思うのだが……」

「そう見えますか。いえ、休みは取ったのですが」

「なんか寝癖も出来てるし」


 いつもきっちりしているドランデスにしては、珍しく髪が乱れていた。

 上司は寝癖の部分を抑えるが、針金のような髪はまた元に戻ってしまう。


「昨日、櫛を壊してしまって」

「そうなのか?」

「それよりも、ブリード。1つ質問をしていいでしょうか?」


 1度言葉を切り、ドランデスは改まる。


 すると、つなぎに着替え終えたフィアンヌがやってきた。

 ピコピコと耳を動かし、まん丸い瞳は好奇に輝いていた。

 ドランデスの姿を見つけると、ふかふかの尻尾を立て、慌てて頭を下げた。


「おはようございますです(ヽヽ)、ドランデスさん」

「おはようございます、フィアンヌさん。ちょうど良かった。あなたにも質問があったんです」

「ほへ? なんですか。は!? まさか社員寮のお米がおいしくて、お釜の中のご飯を全部食べた犯人を探してるですか!?」


 犯人を捜す間もなく、誰かがわかったな。


「いえ。違います。……ただその件については、後でゆっくりと」

「は!? これが誘導尋問!!」


 お前が勝手に喋っただけだろうが!


「で――。ドランデス、質問は?」

「あ。はい。実は、お二方はお休みの日ってどうしているんですか?」


 意外な質問に、俺とフィアンヌは目を合わせた。


「休日の過ごし方ってことか?」

「はい。……実は、ここのところ悩んでおりまして。お二人から学べるところがないかと」


 学ぶっていわれてもなあ……。


「フィアンヌは朝起きて、御飯を一杯食べて、寝て、御飯食べて、また寝て、御飯食べて、トイレへ行って、寝るですよ」

「食べてるか、寝てるかじゃねぇか!」

「違います、師匠! トイレも行ってます、です!!」

「ドヤ顔でいうなよ! トイレぐらい誰でも行くわ!!」

「じゃあ、師匠の1日を教えてください。弟子として参考にしたいです」

「私も是非」


 いやいや……。そんな力強く求められてもなあ。


 うーん。

 俺の1日か。


昼前に(ヽヽヽ)起きるだろう」

「「ふむふむ」」

「とりあえず、宿の食堂で一杯引っかけて」

「「はあ……」」

「飲み過ぎて、食堂のテーブルで目が覚めたら、夜で」

「「…………」」

「また飲み直し――――って、なんだよ、その目!」

「師匠も人のこといえないじゃないですか!」


 うるせぇ!

 俺はまだ部屋を出て、飲みに行ってるだけマシなんだよ。


「そうだ。ドランデスも飲みに行ったらどうなんだ?」

「私はあまりお酒は進んで摂取する方ではないので。翌日の仕事にも響きますし」


 すいません。

 毎日明け方まで飲んで、バイトしにきてすいません。


「相変わらず、魔王城(うち)の玄関前は騒がしいわね」

「あ~ら。いいじゃない。賑やかなのはいいことよぉ」


 蹄の音と、足音が同時に近づいてくる。


 やってきたのは、気色悪い化粧をしたケンタウロスことオネェタウロス。

 そして魔王の落胤エスカ・ヴァスティビオだった。


 銀、黒、赤の派手なのかシックなのかわからない配色のドレスをゆっさゆっさと動かし、エスカは側にやってきた。


「おはようございます」

「おはようございます、エスカ様」

「おーす、エスカ」

「おはよう、みんな。朝から集まって、朝礼でもしてるの?」


 エスカはからかい気味に尋ねる。

 鉄扇を広げ、薄い微笑みを隠した。


「お前の方こそオネェタウロスと並んでどうしたんだ? 付き合ってんの?」

「ち、違うわよ! 誰がオカマケンタウロスとデートするか! さっき廊下でたまたま合流して、たまたま行く方向が一緒だっただけよ」


 エスカよ。

 その言い訳は、まるで付き合いたてのカップルみたいだぞ。


「エスカ姫の言う通りよ。私の好みは強い男よ。ね、ブリードちゃん」


 ウィンク――もとい呪いの瞬きを俺に投げてくる。

 当然、俺は魔王城の高い壁を越えるほどの飛球で打ち返した。


 それはともかく、これで魔族オールスターが揃ったわけだ。

 相変わらずエンカウント率が高くないか。

 掃除用の洗浄剤より、聖水でもかけておきたい気分だ。


「で? 何を話してたのよ」


 まだ怒りが収まっていないエスカは、くるりと尻尾を丸めて尋ねた。


 簡単に経緯を説明する。

 やがて魔王の娘は深い息を吐いた。


「ま――。考えるだけマシになったってとこかしら。ドランデスは休めっていっても、執務室に籠もって仕事してるしね」


 どうやら、休みをきちんと取るように進言したのは、エスカらしい。

 流血を見ただけで震え上がる魔王の娘だが、王不在の間、立派に責任者を務めているようだ。


「ちなみにエスカ様はどのような1日を」

「私? ……そうね。朝起きて、軽く御飯を食べるでしょ。その後、お気に入りの拷問道具を眺めながら、ティータイムをして。御飯を食べて、今度は拷問道具の掃除をして。ティータイムして、御飯を食べて、拷問――」

「御飯食べてるか、拷問道具を見てるかじゃねぇか!!」

「悪い!? 私はインドア派なの! 四六時中大事な拷問道具を見ながら、人間の悲鳴を想像するのが私の趣味なの!!」


 完全に陰気キャラじゃねぇか。

 お前、珍しいツンデレキャラなんだから、もうちょっとアクティブなことをしろよ。


 てか、お前ら1日の中に「御飯食べる」を入れすぎなんだよ!

 御飯食べるなんて当たり前なんだから、そこは主張しなくてよくなくね?


「じゃ~あ、あたしの1日はね」

「黙ってろ、オネェタウロス。てめぇは部屋で糞を垂らしてるだけだろうが」

「失礼ね。あたし、これでも忙しいのよ。お店のこととかあるしぃ」


 店!? ああ、そんなことを昔いってたな。

 ネタだと思ってた。


「そもそも魔王城周辺に娯楽が少ないのが悪いのよ!」


 エスカは赤い髪を掻き上げた。


「あ~ら。じゃあ、こういうのはどうかしら。みんなで1日どこかに遊びに行くのよ」

「みんなで!?」


 俺は素っ頓狂な声を上げた。

 オネェタウロスの意見に、最初に同調したのはエスカだった。


「いいわね。面白そう!」

「待て待て。どこかってどこに遊びに行くんだよ」

「そうね……」


 エスカは腕を組み考えた後、ポンと手を叩いた。

 ビッと俺を指さす。


「ブリードが住んでる村に行きましょう!」


「は?」


 いやいや、待て待て。


「おお! ナイスアイディアです、エスカ様」


 フィアンヌも尻尾を振って、犬のように頷いた。


「前に行った時に、結構発展してたからさ。ちょっとお店とかいってみたいと思ってたのよね」

「待て! お前らわかってんのか? 俺の村は人間の村なんだぞ」

「な~によ。魔族はお断りってわけぇ?」


 いやいや、魔王の娘に四天王、オカマのケンタウロスって、それだけで百鬼夜行じゃねぇか!


「勝手知ったるなんとかじゃない。あんたの村なら、顔ぐらい聞くでしょ。そこをなんとかしなさいよ、ブリード」

「ブリード、私からもお願いします」


 漆黒の頭を下げたのはドランデスだった。


「無理は承知の上なのですが、折角頂いている休みなので有意義に過ごしたいと考えます。それに人類の文化を知る上でも、村を訪問することは――」

「わかったわかった」


 ドランデスの懇願を遮り、俺はとうとう観念した。


「休日一緒に付き合ってやるよ」

「ホントですか?」


 眼鏡の奥の紺碧の瞳がみるみる広がっていく。

 珍しく驚いた表情を見せた我が上司は、なかなかにチャーミングだった。


「その代わり、俺のいうことを聞くこと。なんかトラブルがあったら、強制送還だからな」

「はい!」


 やたらといい返事が返ってきた。

 良い笑顔だ。

 よっぽど休日の過ごし方について悩んでいたらしい。

 別に人それぞれ。

 なんでもいいのにな。


 まあ、上司と1日遊ぶのも悪くはないか。

 付き合いのうち。これも給料分といったところだろう。


 俺は横目で喜ぶ上司の姿を見つめるのだった。





 ◇◇◇◇◇ 2 ◇◇◇◇◇ 





 ああ……。俺が悪かったよ。


 確かにいった。

 街に行くに当たって、魔族だとばれるとヤバいから、変装をしようって。

 そういった。

 ちゃんと覚えている。


 しかし、これはなんだ?


 俺の前で暴れる奇怪な一行が、待ち合わせの魔王城の前で口論をしていた。


「ちょ! 暴れないでよ、オネェタウロス!」

「やーだ。そんなこといったってぇ。あたしの背中は殿方専用なのよ。というかぁ、エスカ様、思ったより体重が――」

「なんですって!!」

「オネェタウロス……。大人しくしていて下さい。馬の覆面が取れますよ」

「今日はフィアンヌはエスカ様のペット――ですです」


 頭を抱えた。


 説明する? 説明しちゃう?

 まあ、説明しなければならないと伝わらないだろうな。

 俺の絶望を……。


 いつもより質素な服装のエスカまでは合格だ。

 その彼女が乗っているのが、馬の覆面を付けたオネェタウロス(ちなみにやたらがたいがいい胸襟と腕が丸見え)。

 側にいるドランデスは一般的な旅の服装であったが、角を隠すためか、いつぞやのバニーガールの耳を付けていた。

 さらに横で控えたフィアンヌの首には、ペットと書かれた札がさがっている。


 どうしてこうなった……。


「あ。来たわね、ブリード」


 来たには来たけど、今すぐ帰りたい。

 でも、こいつら俺の村に来るんだっけ……。

 よし。100倍濃度の聖水でも振りまいておこう!


「どう? 完璧な変装でしょ。名付けて『王女様とお供一行』。やっぱり変装するからには、なんらかのコンセプトがないとばれちゃうと思うのよ」

「その集大成がこれか……」

「そうよ。王女様が下々の生活を見たいと大臣たちに駄々をこねて――」


 熱く語るのだが、俺は完全にスルーすることに決めた。


 魔族(こいつら)を信用した俺が馬鹿だった(アホのフィアンヌ含む)。

 てか、フィアンヌがペットってなんだよ。

 1000歩譲って、王女様のペットは理解出来ても、獣人をペットって思いっきり種族差別じゃねぇか!

 これで村の中歩いたら、袋叩きになるぞ。


「お前らの努力は認めるが、これじゃあ完全に不審者だ」


 というわけで、俺は魔法を使った。

 光の結晶のようなものが、3匹の魔族と1匹の獣人に降りかかる。


「強制認識の魔法だ。これで今日1日ぐらい人間に見えるはず」

「なによ。そんな便利な魔法とかあるなら、最初からやりなさいよ」

「うるせぇ! お前らの良識に賭けたんだよ!」


 見事に裏めったがな。


「変わった魔法を使えるんですね」


 ギロリと睨んだのは、ドランデスだった。


 この状況で意味深に睨むなよ。

 そもそもお前の頭に乗ってるバニーガールの耳が面白すぎて、こっちは笑わないのを必死に我慢してるんだぞ。


 そんなこんなで魔族様ご一行は、俺の村へと向かった。



 ◇◇◇◇◇



「あ~ら、ここがブリードちゃんが住んでる街なのね」


 高い側壁が村をぐるりと囲み、その向こうには高層建築が立ち並んでいる。

 到着早々、感想を漏らしたオネェタウロスの言うとおり、確かに村というよりは、街――城郭都市のようだ。


 あと、ツッコミ遅れたが、ちゃん付けで呼ぶな!


「あれ? なんか前来た時よりも、発展してない」

「そうですね。前来た時は、もう少し静かな村だったように記憶していますが」


 エスカ、続けてドランデスが頷く。


 それは俺も同感だ。

 いつの間に、俺の村はそんじょそこらの都に負けないほど発展したのだろうか。

 つーか、どこにそんな金があったんだよ。

 そんな金があるなら、借金苦の哀れな元勇者にカンパしろといいたい。


「面白そうじゃない。とりあえず、服が見たいわ、私」

「おいおい。今日はドランデスの休日を考える日なんだぞ」

「私は構いません。姫様が服を見たいというのであれば」

「フィアンヌも行きたいです!」

「あ~ら。じゃあ、あたしも女を磨かなくちゃね」


 てめぇは(おす)だろうが!


「わかった。ドランデスがそれでいいなら俺は構わんぞ」

「よろしくお願いします」


 ドランデスは頭を下げる。

 今日は、上司に頭を下げられることが多そうだ。





 とはいえ、俺もそんなに詳しくないんだよな。


 服っていっても、正直防具屋しか思いつかねぇし。

 この街出身の人間が、「服屋の場所を教えて」っていうのも、若干気恥ずかしい。


 それで俺がチョイスしたのが、前にフィアンヌの服を見繕った店だった。


「ちょっと……。ブリッド」

「なんだ?」

「私、この店の看板に凄く見覚えがあるんだけど」

「そ、そうか?」

「ついでにブランド名が、超見たことがあるんだけど」

「まあ、よくある名前だからな」


 ははは、と乾いた笑いを浮かべた。


 看板にはおしゃれな筆記文字で『リナール』と書かれていた。

 何を隠そう密かに魔族が運営する――世界で1、2に争うほどの衣料品メーカーだ。


 エスカはジト目で俺を見つめた。


 そんな目で見るなよ。

 仕方ないだろ。

 服屋って聞いたら、ここぐらいしか知らないんだからさ。


「いいではありませんか、姫様。魔王城で作ってる衣料品がどのように売られているのか、興味があります」

「ドランデスがそういうならいいけど……」


 観念したエスカは、渋々店の中に入っていく。


 中は地方の村にある店舗とは思えないほど、小綺麗だった。

 俺たちが着るようなつなぎから、貴族が着るようなドレスまで。

 店舗内で区分けにされ、綺麗に並べられている。


 並べ方にも工夫があるのだろう。

 服も内装の1つとして、店をカラフルに彩っていた。

 1つ驚いたのは、蝋人形をモデルにして服を着せているところだ。

 これなら着る時のイメージが浮かびやすい。


 とてもではないが、魔族が経営者とは思えなかった。


 女性陣は早速、婦人物のコーナーへと向かう。

 俺はそれを見送り、店内を軽く見て回った。

 ちなみにオネェタウロスは外だ。

 あいつには人間じゃなくて、馬として認識させているからな。

 こんな綺麗な店で、いきなり〇〇させるわけにはいかねぇし。


「お!」


 俺は1つの商品に目にとまる。

 値段は手頃だったので購入しようとカウンターに向かった。

 その途中、俺は突然躓く。

 見ると、床に木箱が転がっていた。


「なんだ、これ?」


 綺麗な店舗の割には、不自然だ。

 通路を塞ぐように置かれている。


 すると、箱がもぞもぞと動き出す。

 ばっと現れたのは、顔が半分白骨化した幼女だった。


「ネグネ!」

「む? おお! アルバイターではないか。なんで、こんなところにおるのじゃ?」


 白衣姿の骸骨幼女は、からりと愛用の杖を振るった。


「それはこっちの台詞だ。なんでお前がこんなところにいるんだよ。魔王城の地下で引きこもってたんじゃないのか?」

「覚えておらんのか? この店――いや、ここだけではない。世界に数百店舗もあるリナールの創業者ネグネ・リナールとは、我のことだぞ」


 忘れてはねぇよ。

 確かにここはお前の関係の店だろうよ。

 俺がいいたいのは、その創業者様が店舗の通路に置かれた箱の中に、何故入っていたかということだ。


 俺は尋ねると、ネグネはあっけらかんと言い放った。


「店の視察をの。昨日、魔王城から箱に入れられて送られてきたのだ」


 宅配便か!!


「存外悪くないぞ。おかげでぐっすりじゃった」


 寝てたのかよ!!」


「むしろ、この精霊光球が一杯ある店舗の方が、我にはきついのぅ。……おい。光の輝度をもう少し下げてくれ」


 当然のごとく店員に指示する。

 いいのかよ。この明るさが店の売りでもあるんだろ。

 ていうか、創業者が魔族の姿をして、突っ込まない店員はよっぽど鍛えられているんだろうな。


「ちょっと。ブリード、こっちに来て感想をいってよ」

「待ってください。姫様」

「いいでしょ。感想ぐらい。あんた、素材はいいんだからさ」


 エスカとドランデスの声が婦人服の方から聞こえる。


「なんじゃ? 姫様とドランデスも来ておるのか?」

「ま、まあな……」

「外に出て見聞を広げるのはいいが、努々気をつけよ、アルバイター」

「どういうことだ?」

「最近、物騒での。誘拐が多発してるらしい」

「誘拐? はは……。あの2人を誘拐するなんて」

「特に魔族を誘拐する事件が増えているそうじゃ。今、奴隷の闇市場では珍しい魔族が高値で買われていると聞いた。なんとも忌々しい話だ。魔族が人間に買われるなどな」


 聞いたことがある。


 魔族に特殊な魔法を掛けて従属させ、それを売り物にしているバイヤーがいると。

 ネグネのいうとおり、確かに忌々しい話だ。

 人間が命を売り買いをする。

 それは魔族でもしない――悪魔の所行だ。


「わかった。一応、耳にとどめておく」

「うむ。我は仕事がある。姫様がたにはよろしく伝えておいてくれ」


 そう言うと、ネグネは店の奥へと引っ込んでいった。





 ◇◇◇◇◇ 3 ◇◇◇◇◇ 





 女性陣は店にある試着室を占拠していた。


「どう? ブリード」


 ひらりと回転したのは、エスカだ。

 フリルが付いた青いスカートが揺れる。

 思わず目がいったのは、白い足だ。

 丈の短いスカートおかげで、膝の上まで丸見えだった。


 こいつ、意外と足が綺麗なんだな。


 いつもロング丈のドレスを着ているせいで見慣れていないというのもあるだろう。

 けど、一流の彫刻家が作ったようななだらかな曲線は、芸術品に近い。


「ちょっとブリード。下を見すぎ、腰から上も見てよ」


 さっと赤い髪を掻き上げる。


 上もなかなかのものだ。

 清潔そうな白いフリル付きのTシャツは、深窓の令嬢を少しだけ活発なお嬢さまに見せていた。

 何よりも胸だ。

 サイズがあっていないからかもしれないが、今にもはち切れそうになっている。


 こいつ、まさかここからさらにデカくなるのか。


 ごくり……。

 思わず生唾を飲んでしまった。


「に、似合ってるじゃないか」

「ありがとう。ま――。当然よね」


 ふふん、と鼻を鳴らす。

 さも当たり前のような顔をしているが、白い頬が妙に赤かった。

 それなりに喜んでるらしい。

 相変わらず素直じゃねぇなあ、お姫様は。

 内心で苦笑する。


「じゃあ、今度はこっちを見てもらいましょうか。ドランデス、開けるわよ」

「ちょ、ちょっと待って下さい。心の準備というものが」


 本人の了解を待たず、エスカは試着室のカーテンを引いた。



「――――ッ!」



 黒のワンピースを着たドランデスが立っていた。

 白の花柄がついた非常にシンプルなデザイン。

 でも、白い素肌と真っ黒な髪の魔族に、とてもよく似合っていた。


「ぶ、ブリード……」

「は、はひ」

「……あ、あまりジロジロ見ないでください」


 膝丈まで隠した黒のストッキングをもじもじさせる。

 それが余計に愛らしかった。


 すまない、と一応謝っては見たものの、視界から外すのを脳が拒んでいた。


 いつもの執事服とはまるで趣きは違う。

 あれも凜々しく似合っているけど、これはもう別次元だ。

 ドランデスがスカートを履いているという事実だけで、お腹一杯だった。


「ちょっと! ブリード! 私の時と反応が違うんじゃない」


 横から抗議に俺は思わず肩をそびやかす。


「そ、そんなことはねぇよ!」

「本当かしら……?」


 ジト目で睨む。

 さっきまでの機嫌の良さが、どうやら完全に吹き飛んだらしい。

 後でフォローするか。

 エスカを怒らせると何するかわからないからな。


「し、師匠! フィアンヌも見てほしいですよ」

「あ? なんだ? お前もお着替え中かよ」


 ドランデスが入っていた試着室の隣に、フィアンヌが入っているようだ。

 俺は隣のカーテンを引いた。


「げっ!」


 思わず唸る。

 現れたのは、フィアンヌではなく、ややスプラッターな犬の着ぐるみだった。

 のそりと試着室から出てくる。

 垂れた犬の耳が、ピョンピョンと動いた。


 その口の部分から、我が後輩が顔を出して、ニコニコと笑顔を振りまいている。


「かわいい!」


 黄色い声援を送ったのエスカだった。

 はしっと着ぐるみに抱きつくと、お姫様はスリスリと感触を確かめる。


 やっぱりエスカの趣味か!


「フィアンヌ……。着ぐるみなんてどうするんだ?」


 着ぐるみから出たリアル尻尾をフリフリと動かし、犬の着ぐるみに入った獣人は、やや汗ばんだ額を拭う。よたよたと今にも転げそうになっているところが、愛らしかった。


 あれ? 錯覚か?

 もしかして結構可愛くない?


「寝間着にするです」

「は?」

「フィアンヌ、パジャマないです。パジャマがほしいといったら、エスカさんに着ぐるみを勧められたです。これ、便利です。着ぐるみの中、ふかふかでお布団の中にいるようです」


 自分で評価するのだが、単にエスカが着てほしかっただけのような気がする。

 現に本人は完全に虜になっていて、着ぐるみのお腹をぷにぷにと触っていた。


「お前がそれでいいならいいけどよ。おそもそも金があるのか?」

「はっ! そういえば!」


 ようやく自分が借金を背負っていることを思い出したらしい。

 アホを通り越して、なんか不安になってくるわ。


 またしても頭を抱えていると、外から悲鳴が聞こえた。


「あ~~~~れぇえええええええええええええ!」


 めちゃくちゃ聞き覚えのある声だった。

 周囲を含め、店員や他の客が何事かと思い、店の外を見る。


 おい。やめておこうぜ。

 きっとろくでもないことだから。

 無視しろ。無視!


「ちょっと! オネェタウロスがいないわよ」

「泥棒さんですか!?」


 いいや、違う!

 一体誰があいつのことをさらうっていうんだよ。

 2億歩譲って、誘拐犯がいたとしてもきっとろくでもないヤツだろう。

 絶対関わりたくない!


 俺が現実逃避する中、いの一番に飛び出したのはドランデスだった。


「あ! ちょっと! ……もう! ブリード! ドランデスが行っちゃったわよ」

「わかってるよ」


 頭をガリガリと掻く。


 めんどくせぇなあ!

 絶対ろくでもないことなのに!


「フィアンヌ。エスカの護衛を頼んだぞ」

「はい。師匠!」


 俺も店を飛び出した。


 遠くに見えたのは、オネェタウロスとその背中に跨がった男の姿だ。

 大通りの方へと走っている。

 その後を、ワンピース姿のドランデスが追いかけていた。


 もちろん、男に見覚えはない。


 マジかよ!

 本当にあのオカマタウロスをさらいやがったのか?

 なんて無謀な……。

 今すぐ勇者っていう称号を授与してやりたいぜ。


 オネェタウロスは往来のど真ん中を駆け抜けていく。

 人々の悲鳴とともに、オネェタウロスの悲鳴も響いていた。

 馬泥棒、という大声が響く。

 そういえば、あいつには馬の強制認識の魔法を掛けているんだっけ。

 なるほど。泥棒には、オネェタウロスが普通の馬に見えるわけか。


 ていうか、オネェタウロスがさらわれるってどういう展開だよ!

 普通は、エスカとかちっこいフィアンヌとかさらわれるもんだろうが!!

 魔族がさらわれるみたいなこといって、オカマがさらわれるってどこに需要があるんだよ、まったく!!!


 俺はドランデスの後ろに付く。


「ドランデス、戻れ! あとは俺がどうにかする」

「私の部下のことですから。ご迷惑をおかけするわけにはいきません」


 力強い返事が返ってくる。

 責任感が強いドランデスらしいと言えばそれまでだ。

 が、率直にいって事件に関わらせたくない。

 魔族の四天王を街に入れたとなれば、さすがに大事になる。


 ええい! しょうがない!


 俺はドランデスを追い抜く。

 あっという間にオネェタウロスに追いついた。


「オネェタウロス、止まれ!」

「それがね~。止まんないのよ~。もうびっくりしちゃって。男に跨がられるなんて、ホント久しぶりだから、ハッスルしちゃって。ね~」


 キュィーン、と瞳を光らせ、返事が返ってくる。

 明らかに喜んでいた。

 あれは悲鳴じゃなくて、歓喜の悲鳴だったのだ。


 やっぱりろくでもなかった。


「なんだ? この馬、喋るのか?」

「そうよ。うふ! 今からあたしとハネムーンへ行きましょう、ダーリン。うふ!」

「げぇ! 気持ち悪い!」


 激しく同意。

 背中に乗る馬泥棒に同情を禁じ得ない。

 まあ、俺としてはこのままエターナルハネムーンで、両方ともフェードアウトしてほしいけどな。


 前を見る。

 やばい! もうすぐ大通りだ。

 今は往来が少ないからいいが、大通りに出れば人がわんさといる。

 人間を怪我させて、衛兵や憲兵に職質されるのは、絶対に避けなければならん。


「だあああああ! くそが!!」


 オネェタウロスの進路を塞ぐように回り込む。


「ちょちょちょちょ! ブリードちゃん、何するの!?」

「うるせぇ! ちゃん付けすんな!!」


 拳を握る。

 力強く。

 そのまま空気を切り裂き、迫るオネェタウロスの胸に突き入れた。


 まるで壁に跳ね返ったかのようにオネェタウロスと馬泥棒が、吹き飛ばされる。

 そのまま村の側壁を飛び越え、彼方へと消えてしまった。

 ちょっと力を入れすぎたような気がするが、ともかく村外まで飛ばしておけば、後は自分でなんとかするだろう。

 馬泥棒は……まあ、自業自得ってことで。


 喧嘩両成敗っていうしな(意味不明)。


 すると、周りからパチパチと拍手が送られた。

 俺に向けて歓声が送られる。


「なんだ、ブリッドじゃねぇか」

「さすがだな、ブリッド」

「たまには勇者らしいことするじゃねぇか」


 知り合いが声を掛けてくる。

 うるせぇよ。

 野次るのか、褒めるのか、どっちかにしろってんだ。


「勇者?」

「そうそう。実は、俺はこれでも――――」


 振り返った瞬間、凍り付く。

 黒のワンピースを着た魔族が腕を組み、仁王立ちしていた。


 げぇえ!! ドランデス!!!!


「勇者とは何ですか? ブリード」

「いや、これはその、えーと。……お、俺の本名が勇者と同じブリッドだろ? だから、みんなからかって“勇者”って綽名で呼んでるんだよ」


「…………」


 沈黙、こえぇ!


 さらに眼鏡の奥から鋭い眼光を飛ばしてくる。

 極寒にでもいるように背筋が寒いのに、額から汗が止まらない。


 やばい! 俺、解雇(くび)になるかも……。


 いや、会社を解雇されるならまだマシな方だ。

 このままでは人生そのものを解雇されかねん。


「そういうことですか」


 魔王四天王の後ろから放たれていた闘気が緩む。

 俺は少しホッとした。


「わ、わかってくれたか……」

「はい。ですが、あの名前を賞賛されるのは、心地良いものではないですね」


 ひぃ! ひぃいいいいいい!!


 悲鳴を上げそうになるのを俺は必死に堪えた。


「ところで、ブリード」

「は、はひぃ!!」


 反射的に背筋を伸ばす。


「ここはどこですか?」

「どこって?」


 俺は周りを見る。

 見慣れぬ建物が並んでいた。


「どこだろうな?」


 首を傾げた。





 ◇◇◇◇◇ 4 ◇◇◇◇◇





「ほら」


 俺はドランデスに、近くの露天で買ってきたものを差し出す。

 肌色のスコーンに、生クリームのようなものが乗っかっている奇怪な食べ物を見て、ドランデスは眉根を寄せた。


「これはなんですか?」

「ソフトクリームっていうらしい。こうやって――。舐めて食べるんだそうだ」


 ペロリとなめてみた。

 なるほど。初めて食べたが、なかなかどうして美味いな。


 恐る恐るといった感じで、ドランデスも舌を付ける。


「甘い」

「甘いのは苦手か?」

「あ。いえ、美味しいです。こんな食べ物があるんですね」

「最近じゃねぇかな? 昔はなかったと思うが」


 ドランデスはしげしげと眺める。

 興味を持ったようだ。

 すると、溶けたクリームがスコーンを伝っていく。


「ドランデス。溶けてるぞ」

「あっ。と――」


 慌てて舌を出し、垂れたクリームをなめ取る。

 その際、ドランデスの鼻にクリームが付いた。

 上司の間抜けな顔に、俺は思わず笑う。


「クリームついてるぞ」

「わかっています!」


 珍しくムスッとした顔で反論してくる。

 自分のハンカチで拭った。


「あ。そうだ。お前に渡すもんがあったんだ」

「私に?」


 ポケットから取り出したのは、1本の櫛だった。


「櫛が壊れたっていってたろ」

「あ、ありがとうございます」


 ドランデスはマジマジと見つめた。

 若干、その頬は赤く染まっているように見える。


「大事にします!」

「別に大したもんじゃねぇよ」

「あ。……そういえば、店の服を着たままです」

「あとでネグネに代金支払っとけば、万事安泰だろ」


 なんせ創業者だしな。

 この櫛の代金も、後で払っておかないと。


 ドランデスは前を向く。


「いい村ですね」


 パノラマを見つめる。


 俺たちが今座っているのは、村から少し外れた小高い丘だ。

 こっちにまで領土を増やし、俺の知らぬ間に観光スポットになっていた。

 背後に定番の大きな噴水。

 元気の良い水精霊を飼っているらしい。

 盛大に水を吹き上げていた。


 そして眼前に見えるのは、我が村の全景だ。


 高層の建物が沈みかけの夕日を受けて絶妙なコントラストを生み出している。

 まるで1枚の絵画。

 ぐるりと囲んだ側壁は額縁となり、村の姿をくっきりと現していた。

 大通りには今でも人が溢れている。

 前までは静かな村だったのに、一体どこからこんなに人が集まってきたのかねぇ。


「そうか?」

「ええ? 戦争から大きく復興し、活気があります。少しうらやましいですね」


 ドランデスは目を伏せる。

 魔族のことを考えているだろう。

 休みの日までご苦労なことだ。


 魔族側は見た目こそ復興できたが、内部は主戦派と穏健派で対立している。

 つまり、まとまっていないのだ。

 こうして、人が集まり、争いなく穏やかに暮らしている姿が、ドランデスには眩しく見えているのかもしれない。


「今日はどうだった、ドランデス。楽しかったか?」

「正直なところ、戸惑っています。こんなので良かったのか、と」

「こんなって?」

「楽しかったといえば、そうです。貴重な体験もさせていただきました。ただ――」

「ただ?」

「休みってこんな風に過ごすものなのか、と」


 ああ、そうか。


 ドランデスは休みの日の過ごし方がわからなかったんじゃない。

 “休む”というものが、どういうことを差すのか、そもそもが理解できていなかったのだ。

 そりゃそうだよな。

 人間と戦ってる最中は、休みなく戦ってきたのだから。

 「休む」って文字は、彼女の中でつい最近生まれた習慣なのだろう。


 生い立ちから、種族の考え方からして違う。

 わからないのも無理はない。


「なあ、ドランデス」

「なんですか、ブリード」

「お前、仕事以外にやりたいことってあるか? 好きなことでもいいぞ」

「やりたいことですか? うーん」


 腕を組み、考え込む。

 その姿勢のまま、1000年ぐらい考えていそうな勢いだった。


 俺は苦笑する。

 予想通りの反応だったからだ。


「平たくいやあ。休みってのはな。仕事をしている時には出来ないことをやる日だと思えばいいんだ」

「仕事をしている時には出来ないこと?」

「わかりやすくいえば、“寝る”とかだな。仕事の時に居眠りしたら、お前怒るだろう」

「そりゃあ、まあ……」

「だから、休日に存分に寝る。買い物に行くとかもそうだ。遊びとかもな」

「遊び……ですか」


 ますます難しそうな顔をする。

 俺はまた苦笑した。


「お前はないかもしれないが、仕事をしている時に、これがしたいあれがしたいって思うもんなんだ。それを休日まで我慢して果たす。――ま。これが一般的な休日の使い方だ」

「なるほど。なんとなく理解しました」

「まずは仕事以外のことでお前が興味あることを探すのが重要だな。……趣味とかあれば手っ取り早いんだけど」


 ドランデスの趣味ねぇ……。


 すぐには思いつかねぇなあ。

 料理が得意そうにも見えないし、手芸とか女の子らしいこともなあ。

 ぶっちゃけていうと、大軍の中で嬉々として戦っているイメージしかない。

 昔、こいつとガチンコで戦っているだけに。


 ドランデスと一緒になって考えていると、背後で拍手が起こった。


 振り返ると、いつの間にか旅の楽団が噴水前を占拠し、楽器の準備を始めている。

 道化師の格好をした男が、頭の山高帽を脱ぐと、軽快な口上が始まった。

 音楽が気に入りましたら、どうかおひねりをいただきたい――そういう内容だ。


 道化師が退く。


 すると、美しい笛の音が丘に響いた。

 そこにゆったりとした弦楽器の()が重なる。


 スローテンポな曲が、ゆっくりと心の中へと流れていった。

 そんな調べだ。


 空気が緩んでいく。

 丘の上は良いムードになっていった。


 俺はそこでようやく気づく。

 周りがカップルだらけなのだ。


 しまった。ここってデートスポットだったのか!


 やたら男女が1対1でいると思ったら、そういう場所だったらしい。

 まずい。

 こんなところを我が愛しのアーシラちゃんなんかに見られた日には、絶縁状を叩きつけられるかもしれない。


 ともかく、ここから離れよう。


 思い立って、振り返る。

 ドランデスがいない。

 周囲を探ると、当人はゆっくりと楽団の方に近づいていった。

 まるで吸い寄せられるように歩いて行く。


「ドランデス?」


 首を傾げる。


 すると、我が上司は大きく息を吸い込んだ。


「ラ――――――――――――♪」


 歌い始めた。

 曲に乗せ、風に乗せ、四天王【嵐龍】のドランデスが歌い始めたのだ。


 カップルたちの視線が、1人歌うドランデスの方を向く。

 楽団たちは少し驚いていたが、何かを察するとドランデスの声に合わせるように即興で曲を作り始めた。


「ラ――――ララ――――――♩ ラ――ラ――――――♪」


 空気がまどろむ。音の河が丘を包んだ。

 世界から隔絶され、別世界に迷い込んだかのような錯覚が起きる。

 それほど、ドランデスの歌は、人の心を惹きつける魅力を持っていた。


 曲はさらに盛り上がる。

 やがてクライマックスを迎えた。


「ララ――――――――――――――――――――――――♪」


 長いロングトーンが、曲の終わりを告げる。


 瞬間、盛大な拍手が巻き起こった。

 感動して涙するものもいる。

 カップルたちは愛を語ることも忘れ、ドランデスに賞賛を送った。


「すごい! あなた、綺麗な声ね」


 一際大きな声で賛辞を送ったのは、楽団員の1人だった。

 ドランデスの細い手を握りしめた女性楽団員は、目をキラキラさせながら見つめる。


「あ、ありがとうございます。……えっと。すいません。折角の演奏を」

「謝ることなんてないわ。――あ。でも、そうね。責任をとって、うちの楽団に入ってもらうってのはどうかしら」


 なかなか抜け目のない楽団員だな。

 カップルがひしめく中で、ムードたっぷりの音を聞かせた楽団員なのだから、それぐらい推しが強くて当たり前か。


「いえ。私は――」

「いいじゃねぇの、ドランデス」

「ちょっと! ブリード」


 ドランデスは眉根を寄せる。

 本気で困っている時の顔だ。

 俺は「ししし」と笑った。


「楽団に入れとはいわないさ。……でも、休みの日ぐらいここで1曲披露しても問題ないだろう」

「彼氏さん、いいこというじゃない」


 い、いや……。か、彼氏じゃねぇし。


「しかし、私は歌は――」

「お前は曲に感動して、思わず歌ってしまったんだろう」

「は、はあ……。つい――。その――」


 ドランデスの目が泳ぐ。

 とても魔王城の深奥で公務をこなし、先ほどまで公衆の面前で歌っていた魔族とは思えなかった。


 また俺は苦笑する。


「少なくともお前は音楽に感動する心は持っているわけだ。それってさ。お前が音楽に興味があるってことじゃないか?」

「き、嫌いというわけじゃないですが……。前にもいいましたが、私の歌は魔王様に命令されて」

「じゃあ、さっきのも命令を受けてなのか」

「う――」


 ドランデスが言葉を詰まらせる。


「素直になれよ、ドランデス。歌ってる時、気持ち良くなかったか?」


 すぐに返答は返ってこなかった。

 数拍、逡巡した後、ドランデスは頷く。


「だったら、いいじゃないか。俺は好きだぜ、お前の歌。だから、お前にもきちんと好きになってほしい」


 これはそのための第1歩だ。

 我が上司が真に休んでもらうための。

 好きなことを、好きにやってもらうための。


 ドランデスはようやく観念したらしい。

 女性楽団員の方に振り返った。


「わ、私で良ければ――」

「やったぁああああ!!」


 女性楽団員は飛び上がる。

 後ろで様子をうかがっていた他の楽団員が、笛を鳴らし、弦楽器を軽快に響かせた。

 周りから拍手が鳴り、アンコールを求められる。

 そのコールに、ドランデスは戸惑いながらも応じた。


 俺の村の丘に、竜の啼き声が響き渡った。



 【本日の業務報告】

 ドランデスは楽団員に参加した。

 スキル【歌】を手に入れた。

 休みの日の過ごし方を覚えた。

 


なるべくキャラを出してあげたくて、個人的に前半がぐだったかなあ、と自己評価しているのですが、いかがだったでしょうか?

たくさん感想などをいただけると、もしかしてまた書くかもしれません。

よろしくお願いします。


元最強勇者(ryのあとにも、2作ほど新作を出しているので、そちらも読んでいただければ幸いです。


今後も小説家になろうを中心に活動していきますので、応援いただければと思います。

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[良い点] 面白かったです♪ [一言] またいつか、ブリッドやドランデスが書かれた新作を読みたいです♪
[良い点] 本編と変わりが無い [気になる点] あれ?続きは? [一言] (´・ω・`)本作の第二弾切望中
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