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62『マリア・ホダルト』

「奥さん……?

 具合悪いの? すぐに案内して!」


 いささか、アンナリーナの足の長さより高い椅子から飛び降りて、すっくと立ち上がり、首を反らせて頭を見た。


「今すぐどうこうと言うわけじゃないんだ……ただ身体が弱くて」


 身長2mを軽く超える大男の頭が身体を丸めて、心配そうに顔を歪める。


「うん、とにかく一度、診せて」



 洞窟の中は複雑な造りで、奥に行くほど小さな部屋が連なっている。

 その中の一室が奥方の個室のようだ。


「マリア、入るよ」


 ザルバとゲルトがびっくりするような優しげな声で、頭が言う。

 そのままドアを開けて入って行くと、次の間が寝室になっていて、ガウンをきた少女が上半身を起こして座っていた。


「マリア、薬師殿が来てくださったよ。俺たちは出ているからね。

 よく診てもらうんだよ」


 ジャマーが踵を返すのを、心細げに見ていた少女が、アンナリーナが残ったのを見て驚いている。


「こんにちは。

 私はリーナ、よろしくね」


 マリアという少女は、自分よりもさらに小さな女の子が薬師殿だと言われて混乱しているようだ。


「あの……私はマリアです。

 よろしくお願いします」


「じゃあ、お話を聞いていくね。

 まずは……」


 アンナリーナはバッグから紙とクリップボード、そしてペンを取り出した。

 もちろんすべて地球製である。

 紙には罫線が引いてあり、これは老薬師がしていた事なのだが、それを真似て簡易のカルテを作ろうとしているのだ。


「お名前は? あ、フルネームでね」


「今はマリア、ただのマリアです。

 以前は、マリア・ホダルトでした」


「ふんふん、家名持ちね。

 貴族ですか? 私、貴族の家名に詳しくなくて」


 サクサクと質問は進んでいく。

 一見、診察には何の関係もないような話だが、この度の、この彼女の今までの生活状況から罹患した病気まで、すべてを把握したいのだ。


「いえ、家は商家です……いえ商家でした」


「でした? 差し支えなければ詳しく聞かせていただいても?」


「ええ、実は……」


 マリアの話は悲惨で、同情すべきものだった。

 ……昨年の秋口、彼女は両親とともに静養先の村に向かっていた。

 山を越える為、これは今いる場所から山の反対側にあたるのだが、その夜営中に魔獣の群れに襲われ、ジャマーたちが助けに入った時はマリアとその乳母以外は皆、殺されたあとだった。

 ジャマーは2人を連れ帰り、マリアを妻にしたのだが……未だ、清い仲である。


「マリアさんは、生まれつき身体が弱かったのね?」


「はい、乳母に聞きましたが、仮死状態で生まれてきて……治癒魔法で命を取り止めたそうです」


 自分は後天的だが、彼女は先天的に脆弱なようだ。

 前世の日本と違ってこの世界では、脆弱すぎる人間はただただ大人しく過ごし、保護するしかない。

 アンナリーナは自身で管理できるが、このマリアのような存在は、生家に財力がない場合、長生きできない。


「すぐに熱を出したり、寝込んだり……病気したりする?

 咳はどう?」


「咳はあまり……

 王都で診てもらっていた方に、これで喘息だったらとっくに死んでる、と言われた事があります」


「【洗浄】」


 キャサリンやマチルダにしたように、下瞼を引き下げて、その充血状態を見る。案の定薄ピンクで、貧血確定だ。

 喉を触り、額に触れ、爪を見た。


「今は、熱はないね。

 んん〜 今日は気分が良い感じかな?」


 マリアが微笑んで頷き返す。


「で、乳母さんがお世話してくれてるの? 今はどこにいるのかな?」


 乳母からもマリアの状態を聞いておきたかったのだが。


「乳母は……モリーは先月亡くなったの……私、これからどうしたらいいのか……」


「ごめんなさい、配慮が足りなかったわ。それで、今はどうしているの?」


 マリアから、今は拉致され連れてこられた女性やジャマー自身から世話を受けている話を聞いた。

 そして、王都から持ってきていた【常備薬】が切れつつあることも。


「なるほど〜 それで急いだのかもね」


 アンナリーナはアイテムバッグに手を入れて思い浮かべる。

 聴診器と木のヘラ、どちらも【異世界買物】で購入したものだ。


「ちょっとごめんね」


 ガウンを脱がせて寝間着をくつろげる。

 まず、鼓動を聞いて、肺の呼吸音を聞く。

 そして最後に口を大きく開けさせ、ヘラで舌を押さえて中を覗き込んだ。


「う〜ん……わかった。

 ありがとう、寒かったね」


 手早く寝間着を直して、その身体を横たえた。

 首までしっかりと上掛けを引き上げて、そして思い出したように問いかける。


「常備薬、もし残っていたら貸して欲しいのだけど」


 マリアは弱々しく笑って側卓の引き出しを指差した。


「これ?」


 小さな箱に2つだけ残った薬包。

 その1つを持って部屋を出た。



 その足でジャマーのところに向かう。

 案内は、通路で待っていたフランクに頼んだ。


「フランク〜

 私はまだ怒ってるんだぞ〜

 罰として、今夜のポテトサラダはなしだよ〜」


 冗談めかした、そのもの言いに、フランクはホッとする。


「とりあえずジャマーさんとこに急ぐよ。

 マリアさん、今夜にも熱が出るから。

 これから忙しくなるよ」


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