61『山賊【ベルネット・プルルス】』
「ゲルトさん、なに言ってるのかな?」
アンナリーナは思わず聞き返した。
彼女には少し考える時間が必要だった。
「俺たちは元々ここのもので、普段は組合から派遣される乗り合い馬車屋をやって、情報を集めているんだ」
「それは……遊軍だってこと?」
アンナリーナはまだ混乱している。
「ああ、向こうからは接触してこない。今回だってこっちから連絡すらしてないんだ。
俺がここに戻って来たのは1年ぶりだ」
「ねえ、さっきから俺たちって……
ひょっとしてザルバさんやフランクも仲間?」
「ああ、だが信じてくれ。
俺たちはこんなつもりじゃなかったし、真っ当に領都まで連れていくはずだったんだ。
一体、何があったのか……」
しっかりと腰を抱かれ、馬が進んでいく。
さほど時を置かず、駆ける馬の蹄の音がして、騎馬が追いつき横に並んだ。
「リーナ!」
必死の形相で追いかけて来たのはフランクだった。
「フランク……私を騙していたんだね」
「違う!」
確かに今でも、悪意も危機も感じられない。しかし、事が事だけにどうしても慎重になってしまう。
「とりあえず中に入ろう。
じきにザルバも戻って来るだろう。
俺だって、ちゃんと話を聞かないと納得できない」
もうこの一件で、少なくともこの国では乗り合い馬車業ができなくなったわけで、ゲルトは憤慨していた。
「私、どうなるんだろう……」
ポツリと呟かれた言葉には心細さが溢れていた。
『主人様、どうなさいますか?
逃げますか?』
アンナリーナひとりなら、何の問題もなく逃げ切れるだろう。
だが彼女は一緒に旅をしていたマチルダたちのこれからの扱いが気にかかっていた。
先ほどは、心細さから身を震わせていた彼女だったが、開き直るまでは早かった。
考えられる最悪の事が起こったとしてもアンナリーナなら逃げる事もできる。
だが、情が湧いてしまっていた、特にマチルダなどがこれからどうなるのか……ラノベなどでは奴隷商人に売りわたされるのが定番だが。
馬からアンナリーナを下ろしたのはフランクで、彼は抱いたまま洞窟に向かって行った。
「リーナ、何があっても絶対に守るから」
そこに走って追いついて来たザルバが合流する。
その手にはアンナリーナの背負い袋が握られていた。
「嬢ちゃん、こんなことになって済まない。これからお頭のところに行って詳しい話を聞いてくるが、嬢ちゃんのことは絶対に悪いようにはしない。
だから安心してくれ」
「……奴隷商人に売ったりしない?」
「あり得ないから、心配するな」
フランクが縦抱きしていた身体をさらに密着させ、力を込めた。
そして、もしもアンナリーナが奴隷市場の競りに出たら、どのような値段がつくだろうか、と考えて肝を冷やす。
高位の魔法師並みの魔法を使いこなす錬金薬師……思わず、身慄いした。
ザルバだけが頭の元に行き、他のものは談話室のようなところで待つつもりだった。
だが、部屋の前に立つ護衛のような人物が客人共々、皆入るように言う。
アンナリーナは、思わずフランクの肩を強く掴んでしまった。
「ようこそ薬師殿、わざわざお越しいただき申し訳ない」
アンナリーナがザルバを見上げて、どう言うこと?と呟いてみせた。
「何も連絡してないって……
なのにどうして知っているの?」
困惑を通り越して恐怖すら覚える。
だがすぐに応えは返ってきた。
「薬師殿はモロッタイヤ村で、派手に薬を売っただろう?
そう言う噂はすぐに入ってくるもんだよ」
頭はアンナリーナに椅子を勧め、座るように言った。
そして本題に入る。
「俺の名はジャマー。
山賊【ベルネット・プルルス】の頭をしている。
今回は無理矢理連れてきて悪かったな」
照れたように笑う彼の目尻に笑い皺が寄る。
「こいつらにとって、まったく予期しなかった今回の招きの理由は2つある。
……先ずは天候だ。
ザルバ、おまえ、読みきれてねえぞ。
この先、山は今夜から雪になる」
「まさか?!」
ザルバが悲鳴のような叫びを上げる。
アンナリーナも、今は初夏。
これから真夏に向かう季節なのに雪?と、頭を傾げた。
そしてゲルトを見ると、このあたりではたまにあることなのだと言われる。
「あのまま進んだら麓の野営地で閉じ込められただろう。
俺も悩んだんだがな、薬師殿に頼みがあったので寄ってもらう事にした」
「頼み?」
頭を見る目が剣呑になる。
だが続けられた話に、疑念は吹っ飛んでいった。
「俺の嫁を診て欲しいんだ」