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55『女との顚末と馬車での裁縫』

 フランクは2日続けての目玉焼きにすっかり心奪われ、まだボウルに半分ほど残っていたポテトサラダに想いを馳せていた。

 そしてアンナリーナに近づく不届き者に気づくのが遅れたのだが。



「早く私の朝食を準備しなさい」


 あれほど言ってあるはずの女が、アンナリーナにそう言い放ち、仁王立ちしている。

 当のアンナリーナは何もなかったかのように無視して魔導コンロと作業台、そしてハーブ茶の茶器も一旦しまって、テントに向かって歩き出した。


「ちょっと、あなた……」


 女が喚いていても無視、無視。

 テントに触れてインベントリに収納し、馬車に向かう際にも、相手はまだ諦める気はないようだ。


「待ちなさいって言ってる、きゃっ!」


 引き止めようと、アンナリーナの腕を掴もうとした女の身体が弾き飛ばされ、地面に尻をつく。

 何が起こったのかよくわからない女は「アンナリーナに暴力を振るわれた」と叫び出した。


 あちらの御者や護衛が慌てて駆け寄ってくる。

 もうこの場にいる事自体アウトなのだが、執拗に喚き散らしている女は気がつかない。


「何事なんだ」


 御者の問いに、一部始終を見ていたフランクが答える。


「その女は性懲りも無くリーナに『食事を用意しろ』と言った。

 リーナが無視していたら腕を掴もうとして “ 弾き飛ばされた ”だけだ」


 護衛たちは【結界】持ちの少女に畏怖の目を向ける。

 御者は女に憐れみの目を向けて、立ち上がらせた。


「今のはあんたが悪い。

 あんたがこの場に来ている事自体、約束違反で問題なんだ。

 頼むからあと6日……もう馬車から出ないでいてくれないか」


 もちろんそんな事は不可能なのだが、さらに御者は畳み掛けた。


「あの、重量過多の荷物。

 いくらか捨てていく事も考えている」


 さすがの女も顔色を変えた。

 この場でこれ以上喚くことも止め、大人しく馬車の方に連行されていく。


「ありがと、フランク」


「いや、あれは離れてた俺が悪い」


「これで大人しくなってくれたらいいんだけど」


 アンナリーナは、げんなりした顔を隠さない。




 薬師だとバレた時点でアンナリーナは、もう自重する事を止めたようだ。

 ザルバとゲルト、フランクにマチルダを加えた【チームアンナリーナ】の面々に、体調を整えるハーブ茶を振る舞ったアンナリーナは、ピットの連中が来る前に何やらアイテムバッグから取り出し始めた。


「まあ、何をするつもり?」


 裁縫道具と決まった寸法にカットされた生成りの布、それをベンチに広げている。


「ん〜 内職?

 しばらくは平坦な道が続きそうだし、やっつけちゃう?」


「まあ、大丈夫なの?」


「大丈夫なのかはそっちでしょう?

 とりあえず酔い止めの薬は飲んでおかなきゃ」


 小さな丸い缶を取り出し、そのままマチルダに渡す。


「今日の分を含めて6日分、入ってます。

 さっき渡した水筒の水で飲んでね。

 ちょっと思い出した事があるからザルバさんとこに行ってくるので、ちょっとここを見張っておいて下さい」


 とっくに【結界】が張ってあるので他人が触れる事はないのだが、マチルダに仕事を与える事が重要なのだ。

 そのままアンナリーナは御者台に上がりザルバに話しかけた。


「【魔獣よけの香】は焚いた?」


 隣にちょこんと座ったアンナリーナをザルバが見下ろす。


「ああ、ありがとう。

 ちゃんと火を点けて吊るしてある……

 これで大丈夫だよな?」


 昨日はアンナリーナが吊るしたので、少し不安そうだ。


「うんうん、大丈夫〜

 それよりもあのね、ちょっと聞きたいのだけど?」


 いつものようにアイテムバッグを探って、一枚の折りたたんだ紙を取り出した。

 それを2人の膝の上に広げる。


「嬢ちゃん、これ……」


「まあ、言いたいことはわかるけど、いいじゃん?気にしないで」


 いや、気にするだろう。

 これは【地図】だ。

 それもかなり精巧な出来の、書き込みまで入ったものだ。


「嬢ちゃん……参ったな」


「あのね、今このあたりでしょ?

 このまま行くと明日にはこの山岳地帯に差し掛かるわけね?」


 ザルバは渋い顔をしている。


「ああ、そうだな」


「山越えって大変?」


「天候にもよるが今は冬でもないし、多少気温は下がると思うが」


 ふんふんと頷いたアンナリーナが地図をしまって御者台から滑るように下りていく。

 ザルバはその後姿を見送って、あの地図の価値を考えて背筋が寒くなった。

 あの地図は国軍レベルのものなのだ。


 アンナリーナが客席に戻り、ピットの客が全員乗り込んで来て、ザルバは馬車と馬を点検して出発した。

 アンナリーナは早速裁縫を始めたのだが、その異様さに乗客たちはすぐに気がついた。


 いくら道が平坦だからとはいえ、揺れる馬車のなか、アンナリーナはまるで宙に浮いているように身体が揺れないのだ。

 実は彼女、全身を結界で包み、まさに “ 浮いた ”状態で作業していた。

 枕カバーの縁をかがりながら刺繍していくという細かい仕事を信じられない手際でこなしていく。


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