48『測量士グスタフ』
目の前で繰り広げられていた寸劇……いや、喜劇とでも言えようか、ヒステリックに喚く事しか知らない女とそれをまったく相手にしない少女。
測量士のグスタフは小さく溜息した。
実は彼、王都出身なのは先に述べたが、彼の本名はグスタフ・ホルンダッハー。貴族の末端に位置するものである。母がホルンダッハー家の出身で、父は裕福な商人であるグスタフは、ホルンダッハー家の家督を継ぐものがいなくなったため、祖父である当主の養子になる事で貴族となった。
だが彼は堅苦しい生活を嫌い、測量士として各地を飛び回っていた。
そんな彼から見て、あの喚くしか能のない女はとてもこれからパトロンを得られるような女には見えない。
辺境の鉱山の町デラガルサでは町一番の美貌を誇る、人気の娼婦だったのだろうが、領都に行けば探せばまま居る容姿だ。
そして王都ではそれこそごまんと居る、その程度の女……あれでも性格が良ければ可愛げもあるが、あれでは。
あの女はきっと、買われてきた幼い少女の時にはもう美しく育つ片鱗があったのだろう。
そして、周りがちやほやして育てた結果、ああも我が儘になったのだろう。
……あれほどのものは貴族にもそうはいない。
貴族は完全な階級社会だ。
どれほど我が儘でも、どれほど夜郎自大でも上位のものには礼を尽くす。
たとえ王であろうとも、自国より上位の国の公使には敬語を使うのだ。
……それが、あの女。
自分が世の中で一番偉いとでも思っているのか、貴族を前にしたら態度を変えるのかはわからないが……不愉快この上ない。
そして彼が想像するには、あの少女アンナリーナは薬師ではなく【錬金薬師】だろうと思っている。
決定的な事案はないが、生活魔法が使えるだけでなく、それ以外もギフトを持っていそうだし、何よりも時折溢れ出る魔力の質が凄まじい。
もし彼女が望めば、王家が手厚く扱うだろう。
つらつらと、そんな事を考えていたら当の本人がやって来た。
「ええとぉ、残り物みたいで悪いんですけどぉ、ハーブ茶……召し上がります? もちろん、1回目はタダです」
眠っているマチルダを除いた5人が、グワリと目を剥く。
裕福な育ちのグスタフでもお目にかかった事のない、美しい絵付けのされたティーポットを持って近づいてくるアンナリーナ。
さもありなんである。
このポットは【異世界買物】で購入したブランドものだ。
「あの、カップを出してもらえます?」
全員がそそくさと荷物を探る。
旅用の金属製のカップが並んで出され、アンナリーナがハーブ茶を注いでいく。
「これは精神の鎮静と、疲れを取る薬草を処方しています。
少し冷めちゃったけど、この方が飲みやすいと思いますよ」
一気に飲んで喜びの声をあげるキャサリンを尻目に、グスタフはゆっくりと舌の上で味わっていた。
初めて飲むハーブ茶の、その爽やかな口当たりに舌を巻く。
これは薬ではないようだが、飲んだ直後から疲労が取れていくような気がする。
同時に、先ほどまでのいざこざのかしましい女に対する、ささくれ立った心も落ち着くように感じられるのだ。
グスタフは測量士であって商家の出でもあるのに、実は計算が苦手だ。
今回のデラガルサ鉱山の、新鉱の測量を終えて、こうして帰路に着いているのだが、提出する書類の主に計算がまったく手をつけられていない。
しょうがなく、この何もすることのない時間を利用して、少しでも進めようと思ったのだが。
「気がのらない……」
ボソリと呟いたのを聞きつけたのだろう。
斜め向かいに座るアンナリーナと目が合った。
「ご迷惑でなければ、何をなさっているのかお伺いしても?」
この馬車の旅に、早くも飽きてしまっていたグスタフは喜んで少女の問いに応えた。
「お恥ずかしながら、私はこんな仕事をしているのに、あまり計算が得意でなくて……
領都に戻るまでに仕上げなければ、と思っているんですけどね」
苦笑半分、照れ半分といったところのグスタフに、アンナリーナは屈託ない笑みを見せた。
「もしよろしければ……ご気分を害されなかったら、見せていただけます?」
実はアンナリーナも退屈していた。
フランクが御者台に行ってしまったため、話し相手がいなくなってしまったのだ。
「もちろん良いですよ。どうぞ、こちらへ」
ふたりは並んで座り、今までグスタフが睨みつけていた書類を前にしていた。
「あれ? これ、間違ってません?」