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46『中継地での出来事』

 声を掛けてきた男、元鉱夫のキンキにゲルトがチラリと視線を送った。

 カップに口をつける。

 フランクは口いっぱいに頬張ったものを咀嚼している。


「え……っと?」


 アンナリーナを含めた3人が、乗客たちの注目を集めていた。



「勘違いしないでくれ」


 そこに近づいてきたザルバがアンナリーナの横に立ち、その肩に手を掛ける。


「この子はあんた達と同じ乗客だ。

 だが俺たちと一緒に行動することになって、ひとつ契約することになったんだ。

 ……この子は身体の都合で、毎食ちゃんとしたものを食わなきゃいけない。

 その食事の支度を一緒にと頼んだんだよ。もちろん対価は渡している」


【対価】のところで、こっそりとため息を吐いたものがいる。

 キンキもそれ以上、何も言わなかった。

 旅の間の食事は、すべて各自の自己責任。アンナリーナは馬車側の人間から請け負って食事を用意しているに過ぎないのだ。


 その場はそれで収まった。

 そこである事に気づいたものがいた。


「御者さん、例の後ろから付いてくる馬車、あれはどうなったんだね?」


 測量士のグスタフが辺りを見回している。実は、例の馬車はまだこの中継地に着いていない。

 これがザルバの頭を悩ましていた。


「まだ到着出来ないようだね。

 まったく、遅れずに付いてくることも出来ないなんて、使えない連中だよ」


 あちらの御者の名誉の為に言うと、まず客であるあの女が酷過ぎた。

 そして護衛だが、腕の伴わない若くて見目の良いものを雇っているので、経験がなくやる事なす事後手に回っている。

 そしてエイケナールで馬を変えることが出来なかったのが痛い。

 今も疲れ果てた馬で碌な休憩も取らず走り続けているのだ。


 対してこちらは丸一日の休みと、先ほどもアンナリーナが内緒でちゃんと回復魔法をかけている。


「あ、ほら。来た!」


 馬に乗った2人が先着し、ザルバに近づいてくる。


「おい、俺たちの昼食はどこで?!」


 疲れ切った顔をした護衛の冒険者が薬缶と水袋を持って近づいてくる。

 ザルバの馬車の乗客がその場から立ち上がり馬車の中へと移動していく。

 もう用のなくなった焚き火を譲ったのはせめてもの情けだろう。


「俺たちはもう済んだから、この場は譲ってやる。

 とっとと用意をして、さっさと済ませてくれ」


 そう言ったザルバにゲルトが砂時計を指差した。

 途端に表情が歪む。

 それなのに本隊……女の乗った箱馬車はまだ到着していない。


「おい、厳しいことは言いたくないが、そちらの調子に合わせていたら夕刻までに野営地に着けるとは思えない。

 とりあえず、そっちの御者が来たら話し合うぞ」


 たっぷりと湯を沸かしておけ、と言い残しザルバは踵を返した。

 乗客達は殆ど乗車したようだ。



 その頃アンナリーナは、焚き火から一歩引いたところに座っていた老婦人の様子を伺っていた。

 先ほどしまったカップには白湯しか入っていなかったようだ。

 何かを食べていた様子もない。

 何よりも顔色が悪い。


「あの……」


 アンナリーナは、近づいて声をかけてみた。

 顔をあげた老婦人の汗の滲む額を見て確信した。


「具合が悪いのですね?

 どこか、痛みます?」


 老婦人はかぶりを振った。


「では……気分が悪い、吐き気とかはします?」


 疲れたように頷いた彼女にさらに近寄って、自分に【洗浄】をかける。


「ちょっと触っていいですか?」


 返事が返ってくる前にアンナリーナは老婦人の手首を取って脈を診る。


「ちょっと、失礼」


 下瞼を下に引っ張って覗き込んだ。


「吐き気がするんですね?

 もう吐いた?」


「いえ……まだ」


「以前に馬車に酔ったことは?」


 コクリと頷き返した。


「出発が遅れて、ずいぶん飛ばしていたようだから揺れが酷かったですものね」


 この頃になると、アンナリーナと老婦人の遣り取りに気づくものが出てくる。

 あるものは好奇心旺盛に、あるものは憂慮して2人を見ていた。


「えーっと……」


 クリーム色のローブの前をはだけて、中のバッグから小さな丸薬入れを取り出した。


「薬師様?」


 老婦人が呟いたのと同じタイミングで、馬車から覗いていた目敏いものが黄色いバッグに気づいた。


「薬師殿なのか!?」


 測量士のグスタフが驚きの声をあげ、元鉱夫二人組が窓枠に取り付く。

 その様子にゲルトが鼻を鳴らす。


「あの嬢ちゃんは、騒がれるのを好まない。あまり絡まないでやってくれ」


 絡むも何も、元々王都の人間であるグスタフ以外、薬師の姿を初めて見るものばかりだ。

 特殊な職種である【薬師】をどう扱っていいのかよく分からず、戸惑っている。


「あの幼さで薬師ですか……」


「あれでも一応、準成人の14才だそうだ。身体が弱くてあれ以上育たなかったらしい」


 グスタフが痛ましげに視線を移す。


「それで、“ ちゃんとしたもの ”を食べなくちゃいけないのね」


 夫婦者の妻の方、キャサリンが呟くように言う。


「最近まで育ての親と森の中で住んでいたらしい。

 少し浮世離れしているが、あまり厳しい目で見ないでやって欲しい」


 もちろん、薬師相手に喧嘩を売る馬鹿はいない。


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