表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/577

36『肉屋のイゴル』

 その日、いつもの朝を迎えたイゴル精肉店では朝一番の日課、燻製釜の火入れが行われていた。

 最近、肉の需要が減っているが、多少日持ちのする加工品は以前と変わらない量を製造していた。

 


「親方、店の方で女将さんが呼んでます。お客さんのようですよ」


 燻製用の木屑を乾かす意味で、肉を吊るす前に軽く燻す。

 その後、各製品によって燻す時間は違うが、しばらくはこの場を離れても問題ない。

 職人に燻製釜の見張りを言いつけて、イゴルは店先に向かう。

 そこで、これから彼の生活を変える人物と邂逅を果たすのだ。



 一見すると、護衛の冒険者を連れた可憐な少女だったが、すぐに見かけ通りではないと思い知った。

 その瞳には万人にない知性と情熱を感じる。


「おはようございます。

 今、こちらで商品の味見をさせていただきました。それでですね」


 グイと詰め寄ってくる少女の瞳には狂気に近いものが見えて、イゴルは思わず仰け反った。


「ハム、ベーコン、ソーセージ。

 そちらが売っても良いと思われるもの、すべてをいただきたいのです」


「正気か?」


 思わず言葉に出た。

 そこに女将が口を出す。


「あんた、このお嬢さんはアイテムボックス持ちで、馬車の旅の前に食材を仕入れたいそうなんだよ」


 それなら話は分かる。


「嬢ちゃん、うちは毎日日替わりで燻煙していて今日はハムの日だ。

 だが嬢ちゃんの気に入ってくれたソーセージならこれから準備して作ったとして、例えば明朝までにそれなりの量を納められる。

 それを全部買ってくれるっていうのかい?」


「はい、もちろん。

 それにハムやベーコンも」


 イゴルは立ち上がり、少女の小さな手をがっちりと握った。


「任せとけ!」



 それからのめまぐるしい時を、イゴルはワクワクしながら過ごした。


「これを使ってみて欲しいのです」


 ローブの陰のアイテムバッグから出されたガラスの小瓶を見たとき、イゴルは自分が総毛立つのを感じた。

 見たこともないほど細かく粉砕されたそれは……蓋を開けてみて確信した。


「嬢ちゃん、これは……胡椒?!」


 小瓶とはいえそれなりの量だ。

 同じ重さの黄金と取り引きされると揶揄されるほど、貴重なものだ。

 平民の、こんな辺境の肉屋が扱っていいものではない。


「これをほんの少ーし、香りづけに使って下さい。絶対美味しいから。

 ほんの少しだよ!」


 ニッコリと笑う、だがその目は一切の妥協を許さない職人と似通っている。


「あと、よかったら手持ちのお肉を提供しますが、どうします?」


 返事を待たずに取り出したのは、冒険者であるフランクよりも大きなオークだった。

 ……実はこの世界でオークを狩るにはそれなりの腕を必要とする。

 それも決して一対一では対峙せず、複数人での戦いが常識だ。

 だが、このオークは鋭利な刃物で首を切断している以外傷がない。

 見たところ、血抜きも完璧だ。


「森猪もあるんだけど、すぐ血抜き出来なかったから使えないかもしれないけど……」


 またまた取り出された森猪にナイフを入れて、肉質を確かめ、匂いを嗅ぐ。


「何も問題ない、というかうちがいつも仕入るものよりずっと良く処理されている」


 結界に突っ込んで勝手に死んでいた森猪だ。一体いつ突っ込んだのかわからないため、最大で一晩放置されていたのだが問題なかったようだ。


「じゃあ、これも」


 多少小ぶりな雄のトサカ鳥を取り出した。

 首が落とされ、血抜きされているトサカ鳥は、このあたりでは滅多に見ない代物だ。


「嬢ちゃん、俺っ、今夜はこれを食いたい!!」


 フランクはもう興奮が治らない。



「じゃあ、よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げて、フランクを引き連れたアンナリーナが店から出ていく。

 同時に、イゴル精肉店の全員が動き出した。



「えーっと、森に採取に行くだけなので、ついて来なくていいよ?」


 何度仄めかしても、はっきり言ってもフランクはついてくる。

 だが、はっきり言って邪魔である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ