317『老公爵の喜び』
アンナリーナたちは筆頭執事に案内されて、まずはジャクリーヌの部屋にやって来た。
ここにはアンナリーナだけが入り、セトは部屋の前で待機となる。
アンナリーナは部屋に入る前に【気配察知】と【危機察知】で中を確かめ、異常がないことを確認してから入室した。
「おはようございます」
老公爵とジャクリーヌは談笑していたようだ。
「ああ、リーナ殿。
今朝はこの通り、顔色も良い」
アンナリーナは近づきながら【解析】でジャクリーヌの体内すべてをスキャンする。
そして、今までの生活ではつきようのなかった筋肉以外異常がないか確認して頷いた。
「ちゃんと完治してますね。
これからゆっくりと普通の生活に近づけて行けばよいでしょう。
ただ筋力がないので、そうですねぇ……最初はこの部屋から出て食堂に向かう事。もちろん自分の足で歩いていく。このくらいから始められたらどうでしょうか?
それから様子を見ながら距離を伸ばして、お庭の散歩ができるようになればもっと色々な事に挑戦出来ますよ」
ジャクリーヌは目を輝かせて祖父を見上げている。
老公爵はまた目を潤ませていた。
「それと同時に、主にふくらはぎへのマッサージを行いますと効果的です。
あとは体調を整えるための食事のメニューや、薬草茶などで抵抗力をつけていきましょう。
マッサージはまずは乳母さんに覚えてもらいます」
矢継ぎ早に出されるアンナリーナからの提案に、老公爵はその度に大きく頷いている。
「そのお食事なのですが、今までの病中食から突然通常の食事にすると、胃がびっくりしますので今夜の食事は肉を避けて蒸した魚などの方が良いですね。ムニエルは油をたくさん使うので避けて下さい。
あと、できれば料理長と会って話がしたいです」
「わかった。
ところでリーナ殿、この後は少し場所を移して話をしようか」
「はい。
ではジャクリーヌ様、あまりはしゃぐと疲れが出ますよ。
お熱など出ては公爵様とご一緒できなくなってしまいます」
ワクワクとテンションばかり高かったジャクリーヌが、気まずげに居住まいを正す。
そんな孫娘に笑顔を見せて、老公爵はアンナリーナを伴って部屋を出ていった。
「公爵様、あの状態のジャクリーヌ様をここまで保たせた医師殿の手腕、尊敬致します。
もしよろしければお会いして、お話を聞きたいのですが、如何でしょうか?」
ジャクリーヌの心臓の状態では、対症療法……それも投薬程度しか出来なかったはずだ。
恐らく何度も危機があっただろう。
それを脱したのはジャクリーヌ本人の力というより、医師の製薬の知識と技術が大きい。
「リーナ殿、その医師は……昨年亡くなったのだよ。
それから今まで弟子だった医師が薬を調合してくれていたのだがな」
「そうですか、残念です」
これが老公爵がなりふり構わず【劣化版アムリタ】を求めた理由だった。




