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34『出発中止と冒険者のいろいろ』

 アンナリーナは、その特殊な生い立ちといわゆる転生者であったゆえ、この世界の常識にあまりにも疎かった。

 生まれ育ちが辺境なのも、それに拍車をかけていた。


 彼女は、この世界における調味料や甘味の位置付けを知らなかったのだ。

 アンナリーナにとって塩や胡椒は、あるから使う、いくらでも手に入るもの。砂糖や蜂蜜もそう。

 特に蜂蜜は、森に入ればいくらでも手に入るものであって、惜しむものでもない。

 その蜂を退治するのが、一般では大変だという事を理解していなかった。



「お昼は何にしようかな〜」


 少々調子外れのメロディに乗せて、生活魔法【洗浄】を使い、食器を綺麗にしていくアンナリーナは、これもまた一般では行われない事だとは知らない。


「えと、嬢ちゃん。

 それは他の人間の前ではしない方がいいなぁ」


「そうなの?!」


 びっくりする、無頓着なアンナリーナ。

 それでも彼らの食器を受け取って【洗浄】するのはやめない。




「えっとね、これから買い物する時間ってあるかな?」


 テントを片付け、フランクたちが焚き火の始末をしているのを尻目に、アンナリーナはザルバが急に立ち上がったのに気づいた。


「?」


 一羽の鷹がこちらに向かって急降下してくる。

 一瞬身構えたが、ザルバが指笛を鳴らして手を差し伸べるさまに、これが前世で言うところの【伝書鳩】のようなものだと思いついた。

 ……鳩ではなく、鷹であったが。


「こんなところで【鷹】って、あんまり良い事じゃなさそうだな。

 嬢ちゃん、ちょっと待っててくれ」


 あっという間に降りてきた【鷹】の足には書管が取り付けられていて、ザルバがそれを器用に取り外す。

 取り出した紙を見た彼はサッと顔色を変えた。


「嬢ちゃん!

 今日の出発は中止だ!!

 俺はこれからギルドに行かなくちゃならなくなった。

 ……フランク、嬢ちゃんに付いてろ。

 離れるんじゃないぞ!」


 最後は走り出しながら、ザルバはギルド出張所の宿屋に向かい、それにはゲルトが付き随う。


「ねえ、何なの?」


 フランクを見上げると、顔をしかめている。


「わからねぇ……俺らもギルドに行くぞ」


 いきなり抱き上げられたアンナリーナは、荷物よろしく運ばれていった。



 この世界、長距離通信用に【交信水晶】がある。

 魔道具のメカニズムについては、アンナリーナはまったくの素人なので、この際深く追求しない。

 今、それを使ってザルバが相手をがなり立てていた。


「どうしたのかしら」


 邪魔にならないように隅の方に寄り、2人は聞き耳を立てている。


「デラガルサのギルドと、と言うか乗り合い馬車の組合の奴と話しているようだ。

 ……どうやら俺たちの便の1つ後の乗り合い馬車が魔獣に襲われたらしい。

 ただ、乗客や馬車自体に被害はなく、酷え……護衛の連中がやられたようだ。

 場所的にこっちの方が近いから、ここで護衛を仕立て直し、うちと一緒にいくだとぉ!」


「フランクさん」


 いきなり語尾を荒げたフランクに、アンナリーナは何も理解できずに面食らう。


「嬢ちゃん、こっち来い」


 さりげなく外に誘導され、また抱き上げられると、そのままフランクに運ばれていった。

 無難に馬車のところまで戻るようだ。


「フランクさん……」


「そうだな……嬢ちゃん、リーナは知らないよなぁ」


「?」


 馬車の昇降口にアンナリーナを座らせ、自分はその前に立って話し出す。


「あのな、俺たち冒険者って言う連中は色々いてな。

 それぞれ専門ってのがあるわけよ。

 俺やゲルトは護衛専門。魔獣も人にも対応出来、何より優先されるのは雇い主の安全だ。ここまではわかるな?

 だが、ここのギルドにたむろしている連中は魔獣討伐専門で、何よりレベルが低い。そんな連中が護衛する馬車が一台増えてみろ?」


「フランクさんたちが大変!」


「これは上からの命令みたいだから断れない。

 ……7日間、何もなければいいが」


 そこでアンナリーナははたと思い至る。


「じゃあ、今日はもう出発しないのよね?」


「そうだな」


 フランクは訝しげにアンナリーナを見ている。


「じゃあ、お買い物に付き合ってくれる?それから採取したいものがあるから森にも行くから」


 話がぐるりと回って、最初に戻ってきた。

 相変わらずブレないアンナリーナだ。



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