291『思いと欲望』
金貨1200枚から始まった競りは白熱し、1500枚を越えた頃からは件の2人の代理人の一騎打ちとなった。
「1560枚!」
「1580枚」
小刻みだが、どんどんと上がっていく競り値は、その天井が見えてこないでいる。
「1600枚」
「1650枚!」
老公爵の代理人が競り幅を少し上げた。
ベテランの代理人はこうして相手の出方を探ってみたりするのだ。
「なあ、以前王弟殿下に使ったヤツ、一体いくら取った?」
「結局回収出来たのは金貨1000枚くらいだったかな。
まぁ、別に原材料も大した事ないし、損はしてないけどね。
ただ “ ありがたみ ”って言うの?
失ったものが戻ってくるって言う、本当ならあり得ない奇跡に対する対価と言うか……実はもうちょっと高額にするつもりだったんだけどね、例のゴタゴタがあって逃げ出したでしょ?
回収し損ねたんだよ」
アンナリーナは当時を思い出して、ぷっくりと頬を膨らませた。
次の機会には絶対上乗せしてぶんどってやると誓う。
そうこうするうち下の会場では、代理人同士の白熱した競りが続いている。
だがそれもそろそろ終わりを迎えそうだ。
「10000枚!」
「10000枚! ついに大台に乗りました。
さて、こちらは如何なさいますか?」
今まで静観していた支配人が合いの手を入れるように言葉を挟む。
長い間この商売をやってきた彼らには、そろそろ片方の顧客に危機が訪れるのが見えるようだ。
「10050」
「10100」
「10150」
「10200」
「10270」
「10400」
少し競り幅が大きくなってきたなと思っていると、それはやってきた。
「14000!」
「20000!!」
公爵の代理人の言葉に被せるように某伯爵の代理人の放った声に、会場にいる者たちの意識が向かう。
そしてそれに対する声を待っていた。
「さて、どうなさいますか?
金貨20000枚、よろしいですか?
これ以上の値を付ける方はいらっしゃいませんか?」
暫しの沈黙ののち、支配人の声が響き渡った。
「落札です!
【劣化版アムリタ】金貨20000枚で落札されました」
金貨20000枚……白金貨にして200枚である。
「凄え値がついたな……
リーナ、あれ幾つくらい持ってる?」
「今、この場には10本くらい?
ツリーハウスのアイテムボックスには20本くらいあるかなぁ」
相変わらず無頓着である。
会場内の興奮冷めやらぬ中、次に現れた出品物も注目を集めていた。
アンナリーナ特製の【強壮剤】は注目の的で、早速鑑定をした顧客や代理人たちは照準を定めた。
女性としてはなんとも尻の座りの悪い出品物だが、男性の、それもある程度年配になってきた御仁には……
競りの結果、金貨120枚で落札された【強壮剤】
最初は金貨1枚から始まった事から考えても、いかにこの手の薬が人気があるか、再認識する。
「うん、これは量産化しても良さそうだね。
ついでに精力剤(一発必中、跡取りのいない王侯貴族向け)も売り出せばどうだろう」
男としては居心地の悪い話題ではある。テオドールは頬を引きつらせた。
「……ほどほどにな」
未だ会場ではオークションが続いているその頃、会場のバックヤードでは小さな騒ぎが起きていた。
ある老人が押しかけてきて、オーナーのエッケハルトに会わせて欲しいと言い、その場から動かないのだ。
「何事ですか?
これ以上騒ぎが大きくなるようなら、おや?伯爵閣下、どうなさいましたか?」
さほど頻繁とは言えないが顧客である伯爵だ。
当然、オークションの作法は知っているはずの人物の、あり得ない状況にエッケハルトは眉を顰める。
「伯爵、お話を伺わせて頂きます。
どうぞこちらへ」
「いや、ここで良い。
実は、貴殿に頼みがあるのだ。
ルール違反は理解している。
だが、儂らにはもう時間がないのじゃ。
どうか、あの薬の出品者を紹介してもらえないだろうか」
「それは……」
ルール違反中のルール違反。
エッケハルトには絶対に認められない事だ。
 




