285『厄介な相手』
「少し良いだろうか?」
客を見送り、自分も部屋に戻ろうとしていたアンナリーナに声をかけてくるものがいた。
「はい?」
まず、アンナリーナに接触したのは王子の側近、伯爵家の長子である【フレデリク・ボージュン】である。
「あちらにおられる、我が国の王子殿下が、あなたとお話したいと仰っているのだが」
アンナリーナの口許が引き攣るのを、フレデリクは見逃さなかった。
そして彼は理解出来ない。
王子殿下にお声掛け頂いて、普通は喜んで御前にまかり越すはずなのに、この少女は一瞬ながら嫌悪の表情を浮かべたのだ。
「ええと、この通り粗忽者なので、出来れば辞退申し上げたいと思うのですが、ダメかな?」
恐る恐ると言った感じで言葉は紡いでいるものの、まったく興味がないといった状況。
「残念ながら」
「今すぐですか?」
「はい」
アンナリーナは舌打ちせんばかりの表情である。
「それでもこんな場所で、ちょっと呼びつけてこちらのテーブルに来るように……などとはマナー的に感心致しませんね。
後ほど、然るべき場所での面会をセッティングしていただけますか?」
軽々しく呼び出さないで欲しいと。
会談は公式の作法に則り申し入れるようにと言っているのだ。
「……っ、申し訳ない。そのようにさせてもらう」
「では事務総長経由でお願いします」
ネロとヴェルーリヤに声をかけて立ち上がったアンナリーナは略式のカーテシーをして見せると踵を返してサロンから出ていった。
常識的に言って、無礼とも取れる態度だが、王族と他国から来た重要人物が接触しようと言うのだ。
今年入学したばかりの、まだ若い王子やその取り巻きでは窺い知れない手続きがあるのだ。
その点で言えば、アンナリーナの方が幾段も上手であろう。
「ガードが硬いな」
王子自身も渋い顔をしている。
一方その頃。
「マジ王族とか、ウザいんだよね。
ここは結構気に入ってるので、しばらく滞在したいのだけどな」
「マスター、殺るか?」
ヴェルーリヤの思考は単純明快だ。
「そんな事したら余計にここに居られなくなっちゃうよ」
うふふ、と笑うアンナリーナだが実際はもっと極端な手を取ることも迷わない。
「こちらは落ち着かないね。
早く教授棟に戻ろう?」
事務総長に任せておけば問題ない。
もし王子と合うようなことになったとしても、それなりの対応を取ってくれるだろう。
「どうして会談を持てないのですか?」
王子とともに事務室を訪れたフレデリクは、食いつかんばかりの様子で事務総長に詰め寄った。
傍らに座っている王子も難しい顔をしている。
「どうしてと言われましても、許可できないものはできないのです。
彼女は他国からの留学生です。
この学院内では例え王族と言えども、無理強いは難しいのですよ。
どうか、ご納得をお願いしたい」
「命令することは出来るはずだ」
「そのような事をなさったら外交問題になりますよ。
彼女は、国元では重要人物ですので」
それに殿下が興味を持たれるという事が拙いのですよ。と事務総長が言ったが、まだ精神的に幼い2人は意味がわからなかった。
「彼女は某国の国王の第二妃にと望まれた方。その国とは国交がありますので外交問題は必至ですよ?
校内での立ち話程度に目くじらをたてることはありませんが、公式な会談は許可できません」
あっさりと却下され、説教までされた王子と伯爵家令息は憤りながらも教授棟を後にした。
「それでもっ、殿下、何とかしてみますのでしばしお待ち下さい」
鷹揚に頷いた王子は、アンナリーナに対する忌々しさを隠す事が出来なかった。




