279『完全体のドラゴン』
上位鑑定士である支配人、マルグドが動いた。
ステージいっぱいに広がる水竜の全身を、その周りをぐるりと回って状態を確かめている。
懐から出した白い手袋をはめて、鱗の様子や突き出した頭の状態を見て、感嘆の声を上げた。
「素晴らしい!!
これほど良い状態のものは初めて見ました。
討伐時の傷は腹ですか?」
彼は蹲った状態の、今は見ることの出来ない腹部に傷があると思ったようだ。
「いいえ、傷はありません。
窒息させて屠ったんです」
「なんと!!」
絶句したマルグトの代わりに、オーナーのエッケハルトが感激の声を上げた。
この大陸の長い歴史の中、水竜がその部分素材ではなく、丸ごとそのまま出品されるのは恐らく初めてだろう。
そしてそれは傷ひとつない完全体だ。
「これは……この競りは伝説になる。
後の世まで語り継がれる、特別なオークションになるだろう」
娘のように頬を上気させたエッケハルトは興奮を隠せない。
彼はこの出会いを神に感謝した。
「どうですか?高く売れそう?」
一方アンナリーナは呑気なものだ。
「リーナ様、高く売れる云々の問題ではありませんよ。
これは奇跡です。
これほどの出物は古今東西、そしてこれからも、二度とないでしょう!」
興奮するエッケハルトには悪いが、こんなものならいくらでもある。
だが、彼らに悪いのでこの大陸では他に売らないようにしようと思う。
「リーナ様、これほどの商品をただ単に、普通に競りにかけるのはもったいないと思います。
失礼ですが、お急ぎですか?」
「いいえ、私はしばらくここの魔導学院に通う事になっていますし、いつでも良いですよ」
「では、各方面に告知して、特別内覧会も開きたいと思いますが、如何でしょう」
エッケハルトの頭には色々なアイデアが湧き上がってきている。
恐らく驚愕の競り値がつくだろう、この水竜に魂まで虜になってしまった。
「あの……
その手のことは一切わかりませんので、すべてお任せします」
それから色々細かい打ち合わせが行われ、まずは内覧会までアンナリーナがドラゴンを預かる事になった。
そしてオークションに出品するのは早くても3ヶ月後、ひょっとすると半年以上先になるかもしれないとの事。
エッケハルトは【ウェンライト】の名にかけて、最高のオークションにしようと誓っていた。
この日、早速仕立てられた早便……これは騎鳥であるビッグホークなどに配達人が乗り宛先に届けるものであるが、今回はこの大ニュースを特別な顧客に知らせるものだ。
まずは一報。
『水竜の完全体。傷無し。
内覧会ののち、オークションが開かれます』
簡素な文面ながら、受け取ったもののインパクトと言えば……
ただ、途方も無い金額になるのは間違いない。
 




