28『甘いもの大好きな門番さん』
アンナリーナは溜息する。
現代日本じゃあるまいし、時間通りに運行する交通手段など、この世界ではむしろあり得ないのだ。
『先進国であるはずのイギリスだって鉄道は遅れて当たり前、分刻み、いや秒刻みの日本の方がおかしかったのよね』
気をとりなおし、グレイストにお茶のお代わりを勧める。
ついでにクッキーも追加した。
「この村にもギルドはないのですよね?素材の買取とかはやはり雑貨屋で?」
夢中になってクッキーを頬張っていたグレイストが我に返る。
「ああ、ギルドはない。
だがギルドに委託された宿屋が依頼の受け付け、斡旋をしてるんだ。
でも、ここでは冒険者登録は出来ない。
仮の証明書なら出せるが、嬢ちゃんの持ってるのの方がよっぽどランクが高いぜ。
それから買取、販売は雑貨屋で取り扱ってる。
でも、良い素材で痛まないのなら大きな町で売った方が高く売れるな」
ますますスルーしたい村である。
「嬢ちゃん、宿はどうする?
この村には2軒の宿があるんだが、今言ったギルドの委託を受けてる方はガラが悪い奴らが出入りしていて、それに酒が入るから煩いんだ。
もう一軒は年寄り夫婦が経営していてちょっと寂れてはいるが、俺はこっちの方がいいと思う」
アンナリーナも煩いのはごめんだ。
「では、そちらの宿を紹介してもらえますか?
あ……私、ちょっと採取に出たいのだけど、先に宿屋に行った方がいいかしら」
グレイストは目を剥いた。
目の前にいる、この小さな少女が1人で森に入って採取など……正気の沙汰ではない。
「採取って、誰か護衛を雇った方がいいんじゃないか?
明日なら俺が時間を作ってもいいし」
グレイストが真剣に心配して言ってくれているのはわかってるいるが、護衛などと言うものたち……一番信用出来ないのがこの連中だ。
前世で読んだ物語の数々、この手の奴らが雇い主を裏切り、最悪殺害して高価な素材を持ってドロン……なんて話は山ほどあった。
「ありがとう。
でも、私これでも結構強いんだよ?」
翻した指の先で、立てかけてあった槍の柄がスッパリ真っ二つ。
その切れ味が人体に向けられた場合、どうなるかは容易に想像出来る。
「槍を壊してしまってごめんなさい。
いかほどお支払いしたらいいですか?」
唖然としていたグレイストだったが、彼は槍よりも貴重なものを望んだ。
「いや、あの……槍は消耗品だからいいんだ……良くはないがいい。
それよりも、嬢ちゃんがさっきから出してくれてる菓子……クッキーが欲しい」
「へぇっ?」
アンナリーナの久しぶりの間抜け面を拝んだ面々。
これはとっても貴重な出来事だ。
「いや、これほど甘い菓子は初めて食べた……砂糖は貴重だってわかってる。でも、どうしても食べたい」
見た目はゴツいが中身は少年のようだ。
クッキーなどいくらでも作れるアンナリーナは半分恐縮しながらも、快く承知する。
「そんなものが槍の代わりになるとは思えないけど……クッキーは色々あるんだよ?
グレイストさんはアイテムボックス持ってる?」
かぶりを振るグレイストを前に、アンナリーナはバッグに手を突っ込んだ。
「これも、亡くなった薬師様のお国の遺産なのですが、差し上げます。
これに入れておけば少し長持ちしますので」
何の事のない。ただの菓子缶である。
「甘〜いのがいいの?
あ、こんなのもあるんだよ。
ソフトクッキーにブラウンケーキとパウンドケーキ……」
これからはチョコチップを取り寄せて、チョコチップクッキーを作る事が出来る。
同じく、絞り口も取り寄せて、かわいい絞り出しクッキーも作れる。
「ラングドシャもいいなぁ」
「嬢ちゃん!」
大きく逞しい、剣ダコのできた手のひらが、がっしりとアンナリーナの手を掴んだ。
「結婚してくれ!!」