21『鍛冶屋のハンス』
ツリーハウスの中の、アンナリーナのキッチン。
今、そこでは彼女とセトの昼食の真っ最中だ。
「このローストビーフ、おいしいね」
そこに置かれた小さなテーブルと椅子。
これはアンナリーナが、何度も老薬師と囲んだダイニングテーブルだ。
現在そこには椅子は1つ、そしてテーブルの上には皿にのったサンドイッチと、スプラウトとトマトのサラダ、他に小さな皿にはサンドイッチの具であるローストビーフが外されて、のっていた。
「これ、すっごくおいしい。
これも出て行く前に作ってもらえないかな。
セトも気に入った?」
「ピュ」
「ふんふん……」
アンナリーナは今【探索】であたりを探っていた。
食事のあと彼女は、ツリーハウスを収納して、大急ぎで村から山2つ越えた奥地に飛んできていた。
「小さい石をちまちましてるから、あんなちょびっとしか採れないのよ。
もっと、大ーっきい岩をやっちゃったらいいのよね。
私、賢い!」
手近な岩場で自分の背丈よりも大きな石を見上げる。
「ふんふん、とりあえずこのあたりから始めちゃうよ。
【分離】【抽出】!」
その途端、手のひらに収まりきらない岩塩の結晶が指の間から滾れ落ちた。
森の小石で試した時とは、量も質も違う。
「おお……っと、思ったよりもたくさん採れたよ。
えっと【鑑定】」
【岩塩(生食可)】
このあとアンナリーナは、拾い集めるのが面倒なので一旦すべてインベントリに収納しながら、どんどん【分離】【抽出】【鑑定】を繰り返していった。
実はこの場所、大昔は川だった所で、鉄砲水にも何度も襲われており、上流からかなりの量の岩石が流れ出て来ている。
今回、アンナリーナが分離した岩石も、ここより奥地の未発見の岩塩鉱床から流れてきたものだと思われる。
……ちなみに他の物もちゃっかり採取していた。
「ここっていいね。
早速、地図に【記入】
これで迷子にならずにここに来れるよ」
「ピュウ」
調子に乗って採取を重ねていたら、ふと気付くともう陽が傾き始めている。
「いけない!」
全速力で飛んで、モロッタイヤ村まで真っしぐら。
門も通らず直接ハンスの鍛冶屋までやって来て、そっと店の中に入っていった。
「遅かったな、お嬢ちゃん。
まあ、俺の方もさっき、一息ついたところだ。ちょうど良かったよ」
疲れた笑いを浮かべたハンスは、キセルで煙草を吸っていた。
「フライパン?は出来上がっている。
出来るだけ希望に沿ったつもりだ。
こっちだ、見てくれ」
完成品は3個。
白銀色のフライパンは直径30㎝、26㎝、そして深めの23㎝で、すべて持ち手が一体化している。
「わあ!ありがとうございます。
いかほどお支払いしたら良いですか?」
「まだだ、まだ【チューカナベ】が残っている。
今、いくつか打ち出しているんだが……はっきり言って模索中だ」
渋い顔をしたハンスが、鍛冶場にアンナリーナを誘った。
この世界にはフライパンに近いものはあっても、中華鍋はない。
ハンスは試行錯誤を繰り返しながら、いくつかサンプルを作り出していた。
それは雪平鍋のように細かく打ち出して丸みをもたせた作りの、手の掛かった鍋だ。
「うんうん、イメージ通りだね!
これで出来上がり?
一度、お試しで料理してみたいのだけど」
キッチンに通されたアンナリーナは、アイテムバッグから高価な食用の植物油、玉ねぎと人参、そしてまな板と包丁を出して千切りをする。
ハンスから受け取った中華鍋に【洗浄】をかけ、油を入れて充分に熱した。
野菜を入れ、さっと炒めていく。
火が通った野菜を取り出し、湯を入れてささらでさっと洗って乾かす。
そのあと入念に油を塗り込んだ。
「とても良いお品です。
こちらを頂きたいです。もし良ければそちらも」
アンナリーナはニコニコしている。
ハンスもホッとしたようで、椅子に腰を下ろしたあとは動けなくなってしまった。
「お幾らですか?金貨1枚?2枚?
もっとですか?」
相変わらず金銭感覚のズレたアンナリーナを、呆れたように見たハンスが言う。
「今回は俺も勉強させてもらった。
材料も持ち込みだし、今回は工賃は要らない。
その代わり、これからこれを作って売ってもいいか?」
「いいけど……そんなのでいいの?
なんか凄く悪いのだけど。
じゃあ、代わりに受け取ってくれる?」
インベントリから、先ほど塩と同じ場所で抽出した砂鉄を取り出す。
「インゴットにしたら大した数じゃないだろうけど品質は【良】だよ。
それと、確か……薬師様のバッグの方に……あった、あった。
これ、キセル用の煙草だよね」
目の前の少女のバッグから、高価な品物がポンポン飛び出してくる。
中でも、ハンスの目を釘付けにしたのは、商売道具の砂鉄ではなく、嗜好品の煙草の方だった。
「煙草っ……
行商の奴らが来ないから、もう残り少ないんだ。頼む!いくらでも払うから煙草を売ってくれ!」
ここにも行商が来ないことによる弊害が……。
ある意味、嗜好品だけに癖が悪い。
「お代なんて頂きません。
こちらこそ、本当にタダでいいの?」
そんな押し問答をしている中、アンナリーナが遅いのを心配したミハイルが様子を見にやって来て、ようやくこの場は収まった。