17『フライパンと【分離】』
ガバリと覆いかぶさる勢いで迫って来られて、アンナリーナはたじたじとする。
「え……っと、じゃあフライパン作ってくれる?」
「もちろん! 俺に出来る事なら何でもやらせてもらう!」
ハンスは必死だ。
『そりゃあ、そうよね。
材料を運んでくる行商の一団がいつ来るかわからないなんて』
アンナリーナは【インデックス】で数を確認する。
「じゃあ、いつも鉄鉱石を置いている倉庫に案内して下さい」
言われるままにアンナリーナを案内するハンス。そして当然のように付いてくるミハイル。
彼女はその危険性に、まったく気づいていない。
店舗のある母屋から一度外に出て、建物の裏側にある中庭から、裏口のようなドアをくぐる。
物言いたげなアンナリーナに、質問される事がわかりきっていたかのように話しはじめた。
「田舎だからそんなに人は来ない。
みんな顔見知りだから、店が閉まっていたらこっちに来るさ。
さあ、嬢ちゃん。ここだ」
今は火の入っていない炉の隣、石炭が大量に積まれている場所の片隅だ。
「【ライト】そして【鑑定】」
アンナリーナはどんどん石を取り出していく。
同時に【鑑定】して品質を分ける事も忘れない。
彼らの前には瞬く間に鉄鉱石(劣)の山が出来上がっていった。
「あ、これは【普】だね。こっちに置いとく」
極たまに混ざる鉄鉱石【普】をハンスに渡して、アンナリーナは選別を続ける。
彼女は意識していないが、魔獣の森で採れた鉄鉱石である。
普通の【劣】とは物が違う。
そして【普】は、普通の鉄鉱石からでも上質な剣を作る事が可能なのだから推して知るべし。
途中でアイテムバッグをインベントリに繋いだ彼女は、ひたすら鉄鉱石を吐き出していった。
「嬢ちゃん……」
もうすでに小山になりつつある、鉄鉱石【劣】を見てハンスが顔色を変える。
片やアンナリーナと言えば、不用品の整理が出来て非常に機嫌が良い。
『結構、溜まってたんだなぁ……
こんなの場所取るだけだし、って言うか忘れてたし?
でも必要にする人もいるんだから、これからも採取した方がいいよね』
鉄鉱石がうず高く積まれた山となり、ようやくアンナリーナの手が止まったとき、2人の男は言葉もなかった。
「いくら何でも、これだけの量は……」
「【劣】の方は差し上げます。
私が持ってても仕方のないものだから……で、フライパンはいつ頃出来る?」
アンナリーナの目が座っている。
「いくつか型があるので製鉄したらすぐにかかれるが……これから火を入れても鉄を取り出すには2〜3日は」
「そう、じゃあこうしたら?」
アンナリーナが両手のひらに一個づつ石をのせる。
そして唱えた。
「【分離】」
途端にその形を崩した石は、指の間から砂が零れ落ち、手のひらの上には砂鉄が残った。
「どのくらいあったら足りる?」
ハンスは慌てて炉に近づいた。
石炭を放り込み、火芯に火打ち石で火を着けようとしている。
「そこに火を熾せばいいの?
【ファイア】」
目的の為なら一切自重しないアンナリーナが、またやらかしている事に気づいていない。
ハンスの返事を待たず、ひたすら【分離】を繰り返すそんな彼女を、言いたい事はたくさんあるだろうミハイルが黙って見ていた。
「やっぱり【劣】だから含有量が低いよね」
いやいや、そんな事はない。
前世でも今世でも、この手の知識を一切持たないアンナリーナは知らないが、この鉄鉱石【劣】からはかなりの量の砂鉄が取れている。
それも純度100%の砂鉄だ。
やはり彼女の周辺は色々常識からかけ離れていた。
「うんうん、このくらいあれば足りるでしょ」
満足そうに砂鉄にまみれた手を叩いて払い、振り返った。
「ハンスさん、作って欲しいのはこれなの」
アイテムバッグから取り出した設計図にはいくつかのタイプのフライパンが書かれていて、その中には中華鍋も含まれている。
「絶対にお願いしたいのは、持ち手の方も一体化して作って欲しい事。
このままオーブンに入れたりするからね。柄に木は使わないで」
「この、チューカナベ?
底がボウルのように丸いのか?」
「うん、ちょっとこれは苦労してもらうかも。
で、いつ頃出来る?」
ハンスは腕を組んで考え込んだ。
「このチューカナベが読めない。
明日、また来てくれるか?」
「りょーかい!
ミハイルさん、帰ろうか」
浮かれるアンナリーナはミハイルの強張った顔に気づかなかった。
外はもう夕暮れ……このまま宿屋に帰ってセトに食事を与えないといけない。
ハンスの鍛冶屋から十分離れ、あたりに人影のないことを確かめてから、ハンスは小声で話しかけてきた。
「嬢ちゃん、あんた……【錬金薬師】だろ?」
「げ……」
アンナリーナは絶句した。