16『納品書と鉄鉱石』
「これは何だ?」
ミハイルが、薬の入った木箱を前にして、渡された紙を目にしていた。
「うんうん、それはね、今回持ってきた薬の種類、数、値段、合計金額が書いてあるの。
確かめて間違いがなかったら、こっちにサインをもらえる?」
そう言って、新たに差し出されたのは薄い本のようなものだ。
そちらにも同じ事が書かれている。
「あと、こっちは昨日取り引きした回復薬の分。
こちらもお願いします」
すべてが初めての事で、ミハイルは面食らっていたが、すぐにコツを掴んだのか、時々筆算などをしながら最後にサインをしてくれた。
「なあ、これは一体何なんだ?」
「え? こうしておいたら後々便利でしょ?あなたは在庫がすぐにわかるし、私はいつ、どこで、何を売ったかすぐにわかる。
今度来るときに準備する事も出来るでしょ?」
商品管理など見た事も考えた事もなかったのだろう。
ミハイルは目をパチクリしている。
それでもすぐに気を取り直し、金貨16枚と銀貨4枚を並べてみせた。
「確かに頂きました。
……それとねぇ、使用後に引き取った瓶とかないかしら。
もしあれば引き取りたいのだけれど?」
「瓶? 瓶ねえ……
薬瓶ならいくつかあるが、買い取ってくれるのか?」
「うん、大した金額は出せないけど、あ、洗浄はこっちでやるからそのままでいいよ」
この後話は、明日までにまとめておく事になり、アンナリーナは彼が薬を収めた木箱をしまうのを見計らって、アイテムバッグから茶器を取り出した。
「昨夜はあれから、またずいぶん飲んでたんでしょう?
このお茶、多少は飲み過ぎに効くから、どうぞ」
小ぶりの湯呑みに薄い緑の液体が注がれる。
アンナリーナ特製の【エスギナ茶】だ。
「これ、うまいな。
飲んだ事ない味だが……飲みやすい」
「それは良かったです。
お酒の飲み過ぎは身体に良くありませんからね」
にこにことしていたアンナリーナが「それから」と真顔になる。
「こちらでは、衣料品は取り扱ってますか?」
「衣料品? 服とかか?
この村では布を買って自分で作るなあ」
やはりこのへんの事情は、アンナリーナの生まれ育った村と変わりないようだ。
幸い、老薬師は裁縫がとても上手で、その技術をアンナリーナも受け継いでいる。
幸い、老薬師がたくさんの布を遺してくれたのでアンナリーナが困ったことはない。
「じゃあ、そろそろ嬢ちゃん、ハンスのところに行こうか」
アイテムバッグに茶器をしまい、アンナリーナは立ち上がった。
「結構歩くんだね」
ミハイルの雑貨屋を出て、家並みが途切れて久しい。
「ああ、仕事柄煙や臭いが酷いからな。どうしても鍛冶場は集落から離れたところになるな……
ほら、見えてきた」
指差された方向には、思ったよりも大きな建物が建っている。
「おーい、ハンス!
嬢ちゃんを連れてきたぞ!」
どうやら歓迎されているようだ。
まずは店内に案内されたアンナリーナは思わず “ パラダイス ”と呟いた。
様々な大きさの片手鍋、特大の寸胴鍋や浅目だが直径の大きな鍋……これは鍋ごとオーブンに入れる料理にぴったりだ。
半寸胴ももちろん欲しい。
だがキャセロールのような使い方の出来る手頃な鍋はいくつあっても良い。
「どうしてここには、こんなにたくさんの鍋が?」
興奮を抑えて聞いてみると、思わぬ答えが返って来た。
「嬢ちゃん、こいつも例の行商がやって来ない弊害だよ。
俺たちは外からの品が買えないが、ハンスはあいつらに売ることが出来なくなったんだ」
“ これ、全部買う ”!と叫びたいのを我慢して、周りを見回す。
アンナリーナが探しているものはまだ、見つからない。
「あの、お肉を焼いたり、炒めたりするフライパン?はないのですか?」
宿屋では専用の竃で火を熾し、上に鉄板を置いて、そこで肉類を焼いている。
「嬢ちゃんの言ってるものに近いのはある。これだ」
ハンスが目玉焼きが2つ焼ける程度の大きさのフライパンを出してきた。
「もっと大きなものはないのですか?」
「ここではこのくらいの大きさしか需要がないんだ。
他は作るしかないんだが……」
ハンスが言葉を濁す。
「行商が来ないから、鉄鉱石が底をついてしまったんだ。
だから新規では……作れない。
すまない、嬢ちゃん」
そう言えばここは鍛冶屋なのに、独特の熱や臭いが感じられない。
火を落してあることに初めて気づいたアンナリーナは、今の話に愕然とした。
「そんな……せっかく私の思い通りのフライパンに巡り逢えたのに。
鉄鉱石がないって……ん?鉄鉱石?」
記憶の片隅に何やらモヤモヤするものがチラつく。
そして。
「あ! そうか!」
商談用のテーブルの上にアイテムバッグを置いたアンナリーナが中に手を突っ込んだ。
「鉄鉱石って、これ?」
両手に握られた、無骨な石の塊。
ハンスはその石に飛びつき、叫ぶように言った。
「これをどこで!?」
「ん〜 森とか道端? 歩いてたら落ちてた」
嘘は言っていない。
貧乏性なアンナリーナが【探索】をかけて採取している時に、ピックアップしたものをすべて拾ってきた結果だ。
「でも、あまり質が良くないよ?」
鑑定したところ【普】や【劣】ばかりだ。
鉄鉱石の場合品質のランクは【秀】【高】【普】【劣】の4種類がある。
鍋釜や農機具を作るのには、【劣】で充分な事をアンナリーナは知らない。
「それにインゴットにもしてないし」
それも心配ない。
モロッタイヤ村は辺境なので、ハンスは製鉄の技術も持っているのだ。
「嬢ちゃん、言い値で買わせてもらう!だからどうか譲ってくれ!」