11『雑貨屋強襲!』
その旅人が店に入ってきた時、店主のミハイルは目を見張った。
栗色の髪に所々混じる金の筋。
こげ茶の瞳。
なんの変哲もない、どちらかと言えば地味な少女はそれでも、何か惹かれる容貌の持ち主だった。
「いらっしゃい。好きに見て回ってくれ。
何か入り用なものはあるのかい?」
「鍋! 鍋が欲しいんです。
どこにありますか」
開口一番、鍋。
ミハイルは呆気にとられたが、気を取り直して雑貨の置いてある場所に案内した。
すると、鍋を前にしたアンナリーナの顔つきが変わる。
「おじさん、鍋はここにあるだけ?
もっと大きいのはないの?」
目を輝かせ、大きさで選別しているのか次々と選び出していく。
その目つきが、ちょっと怖いと思ったのは内緒だ。
「ああ、うちにあるのはそれだけだ。
鍛冶屋のハンスの所に行ったらもう少し大きいのもあるかもな」
「鍛冶屋!」
ものすごい勢いで食いついてくる少女に、ミハイルは完全に引いた。
その引きつった顔を見たアンナリーナは我に返ったようだ。
「コホン……失礼しました。
お店でお買い物をするのがはじめてだったので、つい興奮してしまいました。ゆっくり見せて頂きますね。
あ、その鍋は買います」
雑多な品物に囲まれた細い通路を、アンナリーナは物珍しそうに見回しながら見て回っている。
ハンスも暇なのでそれについて回った。
「こちらは食品も売っているのですね」
目の荒い布袋に入った麦や雑穀、豆を見つけて言った。
「ああ、乾物はこっちでも扱ってる。
野菜なんかはあっちで買ってくれ」
アンナリーナはいくつかの袋から中身を手に取っている。
「これって、どのくらい売っていただけます?」
彼女の関心を引いたのは豆のようだ。
「そんなもの、好きなだけ持っていけばいいさ。どうせ誰も買わないだろうから」
「じゃあ、これとこれ。これも袋ごといただけますか?」
アンナリーナが指し示したのはひよこ豆とうずら豆、そして白花豆だ。
「全部って、あんた。一体どうやって……」
そこでアンナリーナは、ローブの合わせを少し開いて中のバッグを見せた。
「アイテムバッグ!
嬢ちゃん、薬師なのか!?」
黄色いバッグは薬師の証、アイテムバッグだ。
ハンスはそれで腑に落ちた。
「通りで、豪快に鍋買ってくはずだよ……。
で、嬢ちゃん、いや薬師殿。
ぜひ、薬を卸して欲しいのだが」
「いいけど、何が入り用ですか?
持ち合わせがなかったら調薬しなきゃいけないし……」
話し続けるアンナリーナを前に、ミハイルの目が見る見る輝いてくる。
「ありがたい。こっちで座って話をしよう」
「いえ、先にこっちの精算を済ませて欲しい」
アンナリーナはブレない。
彼女に取っては薬よりも鍋や豆の方が優先度は上なのだ。
「わかったよ。
鍋が5個……このうち3個はずいぶん在庫で長かったから銀貨3枚。
後の2個は悪いが銀貨4枚で、合計銀貨17枚。
豆が3袋……これは大雑把だが3袋合わせて銀貨10枚。これでどうだろうか?」
アンナリーナはこっそり鑑定をかけてみたが問題ない。
むしろ安すぎるくらいだ。
「それと、ちょっと相談があるんだが……実はまだ前の年に取れた豆の在庫があるんだが、勉強するんで買い取ってもらえないだろうか」
「状態にもよるけど」
「アイテムボックスに入れてあるので劣化はないと。ただ古いだけだ」
アンナリーナは考える。
今しがた買った豆の質はとてもよかった。
特に白花豆は白餡作りに使えそうだ。
「見せてもらえないと何とも言えないけど」
「こっちに来てくれ」
ミハイルに案内されて入った部屋は倉庫兼休憩所になっているようだ。
そこの片隅に1m×1m×1mの立方体が据えてある。
「本当にシンプルなアイテムボックス……」
「大した量が収納出来る訳じゃない。
だから在庫を減らしたいんだ」
次々と袋を出しながらミハイルはそう言う。
「ずいぶんとたくさんあるんですね」
「ああ、一昨年は特に豊作だったからな。ここらは畑を痩せさせないように毎年順繰りに植えるものを変えるんだ。こいつらは雑穀の次に植えるんだがよく実るんだよ」
『輪作の考え方と一緒ね。
偶然なのか必然か、この村は実りが豊かなんだ』
開けられた袋から手に取ったうずら豆は、先ほどのものよりもむしろ品質が良いくらいだった。
これなら少し長く水に漬ければ問題ない。
「うん、大丈夫ね」
ミハイルはホッとしたように俯いた。
「ここにあるのはさっきのひよこ豆、うずら豆、白花豆の他にレンズ豆だ。
これを8袋、銀貨3枚でお願いしたい」
厳つい面構えのミハイルに頭を下げられて、アンナリーナはあわてて了承する。
「そんな、安すぎるじゃないですか?
大丈夫なんですか?」
「ああ、引き取ってもらえるならありがたい。よろしく頼む」
こうして、先ずは金貨3枚を支払って、すべてをアイテムバッグに収めた。
次は薬の商談だ。
「多少は在庫もあるんですが、回復薬が入り用な訳じゃないですよね?」
アンナリーナはメモ帳とペンを取り出した。
「はじめに言わせてもらえば、ふた月に一度やってくるはずの行商がもう5カ月来ていない。
この村は食料は自給自足出来るんだが、いかんせん薬だけは行商頼りでな。
もう色々、尽きていたんだ」
そうしてリストが作成され、数量が足りているものがその場で渡されていく。
「体力回復薬 15本……これは一本銅貨9枚でいかがですか?」
アンナリーナは鑑定で調べた適正価格より少し安い目で設定してみた。
「嬢ちゃんそれじゃ安すぎるんじゃ?
うわ!何だよこの回復値は」
魔法で大量生産した、回復値100の回復薬である。
何を驚くことがあるのかわからない。




