10『薬師ってすごい!』
水晶を見つめていたジャージィは我が目を疑った。
目の前の少女は名をリーナと言い、年は14才。犯罪歴もない。
それよりも何よりも、職業が薬師だという事に感動さえ覚えた。
記録によると、ここモロッタイヤ村には過去数十年、薬師が立ち寄った痕跡はない。
ジャージィの生まれ故郷である辺境伯の領都アゲンダイムでも薬師は1人しかいないのだ。
彼は眼前で、出された茶を行儀よく飲んでいる少女に畏怖さえ覚えた。
アンナリーナは自覚していないがこの世界、薬師は貴重だ。
彼女の前世での生活の場だった日本と比べると、あまりにも命の軽いこの世界。
なまじ、魔法がある為に医療技術が進まず、治癒魔法自体も貴重な為、庶民は治療を受けられずにいる。
識字率の低さにも現れている通り、薬師の修行を受けられる者も限られていて、それはどんどん先細っていく。
技能の高い治療師、薬師は貴族が囲い込んでいくことが多く、それを嫌った、心ある賢者と呼ばれる者たちは進んで隠遁し、ごくたまにアンナリーナのような人物が世に現れるのだ。
だからこの大陸では特に、薬師に対し尊敬を持って対応される。
別に法で決まっているわけでもないのだが、彼彼女らが悪意や危険に巻き込まれないよう特別扱いされることが多い。
「薬師殿、この村には宿屋が一軒しかないんだ。あまり上等なところではないんだが……」
「そんなの気にしません。
ベッドで眠れるだけありがたいです」
“ いい子だな〜 ”
ジャージィは涙が溢れそうになった。
「えーっと、それでですね。
この荷物、確認するんですよね?」
ジャージィは首を振る。
「いや、それはもう結構だ。
少し変わった形状だったから興味があったんだが……薬の類が入っているんだろう?」
アンナリーナの背負い袋は底に薬箪笥が付いている。
もちろん、アイテムバッグがあるので偽装なのだが目敏い者もいる。
「はい、これはこうして……」
老薬師から譲られた、薬箪笥付き背負い袋は外から開けられるように、上蓋をしっかりくくりつけられるベルトがついている。
手早くそれを外したアンナリーナは引き出しを開け、その中から二枚貝を紙で貼り付けたものを取り出した。
「お近づきの印に差し上げます。
簡単な傷薬ですからお気遣いなく」
唖然とするジャージィに傷薬を押し付けてさっさと片付けたアンナリーナは立ち上がる。
「この村にはギルドはないのですか?
私、登録したいのですが」
ハッと我に返ったジャージィがすまなそうに言う。
「ここは辺境すぎてギルドはないんだ。
もし、何か売ってくれるのなら、いや是非卸して欲しいのだが、雑貨屋に案内させてもらうが」
「本当!? ありがとう」
はじめて見せた、年相応の笑顔にジャージィの心が温かくなる。
連れ立って部屋を出て行った2人を見送り、茶を出した若い兵士が戻って来て見たのは、机の上に置かれた5個の傷薬だった。
ジャージィが連れて来た少女の、あまりの幼い見かけに絶句していた女将だったが、急かされて仕方なく手続きする。
「一泊、夕食と、朝食付きで銀貨3枚だけど……大丈夫かい?」
アンナリーナが見かけが子供なので心配そうだ。
「はい、一泊お願いします」
ローブの内側を探り、巾着式の財布を取り出した。
実はこの巾着もアイテムボックスになっており、欲しい金額を思い浮かべると手許に現れる仕組みになっている。
もちろん、使用者限定の魔法がかかっている。
そんな中からアンナリーナは銀貨3枚を取り出した。
「あの、この後雑貨屋さんに行くので部屋は帰ってから案内していただけますか?」
久しぶりの泊まり客にホクホクの女将の前、宿を出て来たアンナリーナはジャージィの案内で雑貨屋に向かいながらあたりの様子を伺っていた。
『田舎の村って、どこもあんまり変わらないわね。
いや、ここはさらに鄙びているかな』
ギルドもない。
教会も今のところ見当たらない。
面積の割に人の数が少ないのか、この村には店が二軒。先程から話題に上っている雑貨屋と食料品店、あとは鍛冶屋があるという。
まだ見ぬ店舗に、アンナリーナは胸はワクワク、足取りも軽やかに向かうのだ。