オレはここにいるよ!(だから早く!早く!) ――ロリ子とチビ王子
「ねぇねぇ、あのさ」
「ん」
僕の呼びかけに、君は素っ気なく一言だけ返す。君の横には下着姿のドールがいて、君の手を深い緑色したベルベットが滑らかに占領している。そのドールのドレスになる予定の生地だ。そして君は僕よりそのドールに夢中なんだね。
「どんなドレスを作るの?」
「こんなの」
僕に説明する時間さえ惜しいと言うのか、君は雑誌を僕に押しやった。開かれたページに載っていたのは、四段フリルのコルセットワンピースタイプのスカートだ。胸元で白いリボンが編みあげられており、段の先にあしらわれた白いレースとアクセントになっていて、男の目から見ても可愛い。
「赤い色のも良かったんじゃない?」
「あ、それも良いかも」
僕の意見を肯定しながらも彼女の視線は手先と雑誌しか向かない。ねぇ、僕、此処にいる意味あるのかな?
彼女が三十分前に淹れてくれたオレンジジュースももうコップに申し訳程度にしか残っていない。これを、まだこれだけ残っていると見るのも限界の量だ。
「んーと」
やっと違う所を見たと思ったらマチ針を探していただけのようで、またすぐにドレスへ戻る。僕、寂しくなってきちゃったよ。
ねぇ、気づいて気づいて。そういう目で彼女を見るけど彼女は全然気づいてくれない。後ろから抱きついたら手元が狂って危ないからって怒られるんだろうな。そういうのが想像できちゃうから何もできない。
君の黒い髪の毛も、ドールに負けないくらい綺麗で、君のお気に入りの洋服も、君のセンスで選ばれたから可愛い。君の方が、そんなドールより興味をそそる。
そう思っても君には伝わらないのかな。それだと、君もドールみたいじゃないか。一方的に可愛がられて、同じものは返ってこない。そんなの、嫌だよ。
「……」
そっと、手を伸ばして。僕は君を背からぎゅっと抱きしめた。小さく悲鳴をあげた君の耳元で小さく笑う。そう、ドールはそんな反応したりしない。それで良いよ、君はドールのような僕の可愛い恋人。
「何するの」
「ごめんね」
我慢できなくて。
そう言うと彼女は、もう、と言ってでも僕を叱ったりはしなかった。僕は彼女をぬいぐるみのように抱き締めながらふっと目を閉じた。お互いの体温を伝え合って、気持ちを伝え合って、そうして二人で笑う。ドールはひとつの表情しかしないけど、僕らは違う。
ねぇ、僕の体温があるから、もう僕を忘れたりしないでしょう? だから針と生地を置いて、僕を抱き締め返して。
ゆっくりなんて嫌だ。今すぐに。僕を抱き締めて。