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空が堕ちる。――ミス・セクシーと黒王子


 なに、見てるの?


 私の膝に頭を乗せた彼を見つめて尋ねてみれば、彼はサラサラとした細い黒髪の間からこちらを見返してまたすぐ元の場所へ戻した。


「空」


 簡潔に返されたそれに合わせて、私も彼が見ているものを見る。夜風が気持ち良いベランダに置いてあるベンチに腰かけている私たちを星空と白い半月が見下ろしていた。


 日に焼けることを気にして昼間は使われないこのベンチも、夜なら話は別。ベンチに横になって私の膝に頭を乗せる彼は、夜に溶けてしまいそう。それが怖くて私は彼の前髪を撫でる。


「貴女の膝は気持ち良い」


 気持ち良いのは膝だけじゃないのよ。そう含み笑って言えば、彼は照れるでもなく冷静に、そうだね、と返してきた。ぼうや、お姉さんが照れるじゃないの。


「……なに、どうしたの」


 照れ隠しに彼の喉をくすぐった私を、切れ長の瞳が見上げてくる。そのまま身を屈めてついばむように彼の唇に触れると、そっと柔らかい舌に舐められた。


 まったく、そういうの何処で覚えてくるのかしら。


「貴女が全部、教えてくれたことだよ」


 彼はお腹の上に置いていたハットを持って起き上がると、やや強引に私の肩を押して体勢を崩し、ベンチに横にした。時々起こる彼のこういった行動に、私は慣れなくて瞠目するの。


 薄い唇に浮かべられた彼の微笑が目に入る。何かを企んでいる時に彼はこういう笑い方をするのだと最近知った。ウェーブがかかった私の長い髪を片手で横にのけた彼の涼しげな目が見下ろしてきて、今度は私の唇がついばまれる。


「ほら、見て。綺麗な星空……降ってきそうだ」


 彼しか見えていなかった私は、その背後に広がる夜空に視線を移して感嘆の声をもらした。高層ビルに匹敵するほどの高さを誇る此処は都会の光も届かない。二人だけの秘密の住み処。だからこんなにも、星が綺麗に見えるのかもしれないわね。


 空に押し潰されそうになりながら、深く深くキスをして。私たちはお互いの愛を確かめる。瞬く星に祝福されているのか非難されているのかなんて、今はどうでも良いわ。彼が私に触れる。私が彼に触れる。それだけで、充分よ。


 空が彼を押して、それがこんな風に密着する結果を出すならこのまま押し潰されて息が出来なくなっても構わないわ。彼と触れたままなんて、贅沢。


 世界が空に押し潰されても、私たちはずっとこのままよ。

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