最期の抱擁――ロリ子とチビ王子
あぁ、またあたし、貴方を傷つけてる。こんなこと、したくないのに。だけどどうして。貴方は笑って受け止めてくれるのね。
「君が泣く原因が僕なら、それを全部受け止めるべきだろう?」
あたしが振るうハサミを、貴方は素手で受ける。その手を伸ばしてあたしを抱き締めようとしているけど、あたしまだ、この衝動を抑えられないの。だから貴方を傷つけてしまう。
貴方の柔らかくて茶色いふわふわの髪が、あたしのハサミで無残に散っていく。貴方、いつか禿げるんだって気にしてたわね。でも貴方の髪がなくなったって、あたしの愛情は何にも変わらないわ。貴方の外見を好きになったわけじゃないもの。貴方の全てを、ひっくるめて全部を、好きになったのよ。
また赤が、飛ぶ。貴方の命が流れていく。だけど口元の笑みは相変わらずで。
やめてちょうだい、やめてちょうだい。あたしの腕でしょ、言うこと聞いてよ。彼を、傷つけたくないの。あぁ、痛がってるわ。当然よ、今のは腕を抉ってしまった。
「不安になることないよ、僕は君を愛している」
彼の優しい声も、あたしの腕を止められない。あたしの目からは大粒の涙が溢れて。彼の指はこの涙すら拭えない。それを阻んでいるのが、あたしだなんて。
矛盾しているわ。貴方に抱き締めてほしいのに、あたしが遠ざけているなんて。あたしがこのハサミさえ捨てられれば、彼の腕に飛び込んでいけるのに。
「君が、好きだよ。早くこの腕に抱き締めたいよ」
あたしだって、貴方の腕に抱き締めてほしいわ。この腕が言うことを聞いてくれないの。もぎ取って、甘い砂糖菓子になってしまえば良いのに。砂糖菓子になれるなら、こんな腕の一本や二本、惜しくなんてない。
貴方を、傷つけるくらいなら。
「……! やめるんだ!」
ああ、最初からこうすれば良かったのね。貴方を傷つけたくないのに、貴方を傷つけるのがあたしなら、あたしがいなくなれば良かったのよ。貴方の赤に、あたしの赤が混ざって、綺麗。
「だめだ、いかないでくれ。僕を残して、いなくならないでくれ」
あたしを愛してくれてるんでしょう? 大丈夫、貴方はあたしが望むことをしてくれるわ。あたしを追って。貴方もあたしも、自分の手で命の糸を切るの。ハサミは此処にあるんだから、できるでしょう?
あたしを、独りにしないでちょうだい。
さぁ、あたしを抱き締めて。これが最期よ。貴方を、愛してる。誰にも、渡さないわ。