白いせかい、君の色は――ポップガールとパンク少年
君は知らないんだろう。君がオレのステージを見に来るように、オレが君のフリー個展にやって来ているなんて。
個展といっても料金を取る訳でもなく、会場を借りる訳でもなく、廃墟になった工場の壁にペンキで描かれる彼女の芸術を、オレはこっそりと鑑賞しに行っている。彼女に言ったことはない。だって、ロックなオレが絵に感銘を受けるなんて、ちょっと恥ずかしいじゃん。
幸いなことに彼女はオレに、何処で絵を描いたとメールで、電話で、直接、楽しそうに報告してくれる。だからオレはこっそりと見に行けるんだ。彼女が笑うとタンポポ色のボブヘアーも明るさをプラスする。そんな風に笑う彼女が描く絵を、報告を聞く度に見てみたいと思うんだ。そんなこと、彼女には言えない。ロックなオレが好きなんだろうから。
本当に何もなかったのだろう廃墟に、明るい色彩で世界が広がる。彼女のセンスに溢れている廃墟を見るのは何となく楽しいとさえ思った。其処に、彼女がいるような気がしたからかもしれない。
「あ。これ」
オレの色だと彼女がよく言う色だ。オレンジに赤のメッシュを入れたオレの髪を見て、彼女はよく芸術心をくすぐる色だと舌をペロッと突き出して言う。オレンジと赤の色使いがされている廃墟の壁は他の明るさとはまた違った明るさで、荒々しさや熱情たぎる様が伝わってきた。それはもしかしたら、彼女がオレのことをイメージして、オレをイメージしながら描いてくれたものなのだろうか。
そう考えると照れくさいやら嬉しいやらで、ステージでベースを掻き鳴らすオレの印象とは程遠いものになってしまう。こんなとこ誰にも見られたくない。
しばらく其処に立ち止まったまま、オレは絵を鑑賞する。写真に残したりだとかはしない。彼女も残さない。残すんだったら最初からこんな場所には描かないでキャンバスに描くだろう。だから刹那に存在するこのアートを、オレはオレの中に残す。オレの紡ぐ音と一緒だ。
それは其処にいる者にしか届かない。形としては保管されず、決して残らない。その時その場でだからこそ感じるものを、感じてほしい。オレ達は表現の仕方も活動場所も違うけど、根っこにあるものは同じなんだ。だから、惹かれた。
携帯電話が震えた。確認してみれば彼女からで、新しい絵の報告だろう。オレは電話を受けながら見当をつけた。
「あ、もしもし。今ね、新しい絵を描き終わったとこだよ。キミのライブを見てすぐにイメージが浮かんだからライブ後に走って描いたんだ」
嬉しそうにそう言う君の色は、姿を見なくても想像できるよ。君の髪と同じ色、タンポポの明るい色。
君は君の世界にカラフルな色をつけていく。誰かにしてみれば目の痛くなる原色かもしれない。けどオレには、世界一のアートに映るから。
彼女が何処で絵を描いていたのかを訊きながら、それもまた見に行くんだろうなとオレは内心で感じていた。
読んで下さってありがとうございます。
データに配布のために書いたあとがきも残っていたので、掻い摘んで載せておきます。笑
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今回のお話、お題をお借りして別々のお話にしたので短編集みたいになってるんですが、所々で同じ世界の話なんだなってわかって頂けたかなと思います。出てくる子たちが微妙に繋がり持ってたりとか。
全体タイトルの「シュガー」は直訳すると皆さんおわかりの通り「お砂糖」なんですが、俗に「恋人」だとか「愛する人」なんて意味もあるようです。さらに、マザーグースで聞いたことがある方も多いと思いますが、「スパイス」も入れると女の子の「素」になります。
全体的にひとつひとつのお話は、甘ったるい感じを意識してます。ちょっといきすぎて砂を吐きそうなくらい甘ったるいものも入れてみました。どの子とは言わないけど、いわゆるヤンデレちゃんもいます。小悪魔もいます。純粋培養もいます。
此処に描いた子達はある意味、みんな幸せです。「わたし」と「あなた」しかいなくて、それしか見なくて良いわけですから。一緒にいたくて、それが叶えられている部分を見れば、こんなに幸せなことはないでしょう。
どんなに傷つけても、どんなに傷つけられても、どんなに好きすぎても、どんなに手を伸ばしてはいけない存在でも、基本的には相手を思いやっていますから、幸せなはずです。他人がどう思おうと、本人達が幸せならそれで良いのかもしれません。




