ゆるやかに、狂ってゆく。――ロリ子とチビ王子
いつから、と考えることはやめた。それもいつからだったか、考えることをやめたから正確な日付やなんかは覚えていない。
だけど良いんだ。僕たちはこのままで良い。二人で一緒にいて、飽きるまでお互いを抱き締め合って、昼夜関係なく見つめ合う。時折、触れるようなキスをして、まるで小鳥の親愛のよう。
彼女が寂しがるから、僕は此処にいるよ。君が綺麗に広げたお気に入りのスカートにしわがついても気にしないくらい取り乱すなら、僕は何処にも行かない。
君の白い頬に手を添えて、長いまつげの奥にある大きな瞳を覗き込んで僕は微笑む。頬の横で一部切り揃えられた黒髪が僕の添えた手にかかる。それさえ、愛おしくて。
君が僕の柔らかい茶色の髪をくしゃくしゃになるほど撫でて、それが気持よくて笑えば、君も笑って。その笑顔のためなら何でも出来るような気になるんだ。
「いやよ、いやよ、あたしの傍から離れないで」
彼女が伸ばす手が僕の首を捉えて、彼女が僕に密着して、赤いその唇が僕の首元で囁く。何処にも行かないよ。そう言えば、彼女はちょっと距離を取って笑うんだ。
「ほんとうね、ほんとうに行かないのね。ずっと此処にいてくれるのね」
何度も繰り返されたそれに、僕は頷く。行かないよ、何処にも行かないよ。君が望むなら、何処にだって行くし、何処へだって行かない。君が抱き締めてと言うなら、この腕がもげても僕は君を抱き締め続けるよ。
優しく触れるキスをして、僕は君を強く抱き締める。ふと見えた僕の手には沢山の切り傷。全て、愛しい彼女につけられたもの。ハサミで、カッターで、時にはナイフさえ持ち出して、君は僕にいてほしがったから。それも全部、愛の証なんだよね。
「貴方を殺してあたしも死ぬわ」
もう彼女にあんな言葉を言わせないために、僕は彼女の傍にいよう。このまま何も食べずに彼女の唇だけを時折舐めて、僕らが一緒に息を引き取るまで。
いつから、と考えることはやめた。いつから僕らが道を踏み外していたのかなんて、誰にも判らないから。
このままゆるやかに、ゆるやかに、僕らはお互いの視界にお互いの姿だけ映して、君のいる甘いこの世が君がいないことで苦くなるまで、狂い続けよう。
君がもう、誰かを傷つけることのないように。