3.SWAP MIND
3.SWAP MIND
息切れがする。 全力で走っていたのだろうか、足に限界を感じその場に崩れ落ちる。ここはさっきまで倒れこんでいた教室の入り口では無い。 そして先ほどまで俺を苦しめていた腹の痛みが無く、代わりに返り血がついている手で俺の財布を握っている。
「おいおい、どういうことだよこりゃ…」
気を失って夢でも見ているのだろうか。 辺りを確認しようと立ち上がるが、いつもとの目線の違いに軽く違和感を覚える。 どうやらここは学校の昇降口のようだ。 その時、学校中に轟くような、女の叫び声が聞こえた。 泣いているのだろうか。 何を言ってるのかは聞き取れないが必死に誰かの名を叫んでいる。 一体何が起こっているのだろうか。 状況を確かめるために声がした方向へ向かう。 走りながらこの状況について頭を巡らせていた。 これが夢でないとすると、俺がこの体になっている理由は─────
「おい、 テメエ」
会談を登り切り、先ほどの声のした場所を探していると後ろからいきなり呼び止められた。
「あ? 誰だ? 悪いが今は─────」
視界がぼやける。 じんじんと頬が痛む。 殴られた と理解するまでの間にまた顔面を殴られる。 反攻しようとする間もなくまた殴られる。 誰だ 俺はいきなり殴られるほど悪いことをした覚えはないぞ。
そんなことをぼんやり考えながら微かに残った視界で見えたのは───
「……ちか…やま?」
驚いた親友の顔を見ながら、俺は本日二度目の気絶を体験した。
目が、覚める。 どうやらベッドの上に寝っ転がっているようだ。 起き上がろうとするが、腹に痛みを感じ諦める。
「おっ、起きた?」
と、声をした方に顔を傾けるとそこには遠藤の顔があった。
「…ここは?」
「病院。 近山はなんか先生に事情説明とかで学校残ってて、花代はさっきまで居たんだけど流石に遅いしもう帰っちゃった。」
花代というのは確か宮根の名前だ。 そう言われて時計を見ると、時刻は8時を指していた。
「俺は、やっぱり刺されたのか?」
「内臓とかに損傷は無かったみたい。 暫く入院らしいけど、不幸中の幸いってやつかな。」
遠藤はそう笑いながら話すと、事の顛末を教えてくれた。 俺が気を失った後、上級生(石田というらしい)が何故か俺が倒れていた階までやってきて先生を呼びに行った近山と鉢合わせ。 フルボッコにされて気を失ったらしく、そのまま先生に引き渡され処分は会議で決めるらしい。財布は後日帰ってくるそうだ。
「……そうか」
犯人が捕まり、財布が戻ってくるなら俺は重傷ではないらしいし特にそれ以上は望まない。 だが、今の俺にはもっと気になっている事がある。
「なあ遠藤、お前俺が刺されたの3時半くらいだろ? 4時間くらいずっと居てくれていたのか?」
「まあ、これ以上目を覚まさなかったら流石に帰んないとだったけどね。 私一人暮らしだから特に心配とかも無いし。」
遠藤が一人暮らしというのはクラスでは割と知られていることなので驚きはしなかったが、それでもやはり心配だ。 帰りを送っていきたいところだがこの状態じゃあ無理だろう。
だが、何時間もの間特別親しいわけでも無いクラスメイトの為に待っていてくれたのだろうか。 普通なら宮根と一緒に帰りそうなものだが…。 というようなことを考えながら、俺はずっとさっきの事を疑問に感じていた。 石田といったか、そいつのとった行動が俺のさっきの夢と全く同じだったのである。まさか、本当に俺とあいつが入れ替わっていたのだろうか? 馬鹿なことだとは思うが、そう考えざるを得ない。
「へぇ~、 さっすが。 もう答えに行き着くんだ。 やっぱり漫画とか映画とかでよくある設定だもんね。 入れ替わり♪」
「……は?」
いきなり遠藤の雰囲気が変わったような気がした。いきなり脈絡のない話だ。 何を俺の心を見透かしたような事を。
「ような、じゃなくて見透かしてるんだよ 江原君」
にやにやとした表情でそう言ってくる遠藤を見ながら俺は完全に混乱していた。
「そうだね、いきなり言ってもとても信じられないと思うけどまあしょうがない。 君は契約をしちゃった、って事なんだから」
「何を…言ってるんだお前は。 入れ替わり? 契約? 遠藤が厨二病だったとは知らなかったな」
俺は平静を保とうと半笑いしながらなんとか言葉を返した。 声がかすれているのが自分でも分かる。
「えー 折角教えてあげたのに中二病呼ばわり? そーだなー。 じゃあ試しにさ、とりあえず私のことを考えててね。」
布団の中に入れていた手に温かい感触が伝わる。 遠藤が俺の手を握ったらしい。 女の子に手を触られるなんて小学校のフォークダンス以来だ。心地よい感覚を堪能していると、突如手のひらに思いっきり引っかかれたような痛みを感じた。
「痛え!! 何すんだテメエ!」
慌てて手を放すと、遠藤がきょとんとした顔をしている。
「あれ、怪我する事じゃないのかー うーん、江原さ、気絶する前なんかしなかった?」
全く反省の色が見えないご様子で遠藤が尋ねてくる。 そんなこと聞かれても俺あんとき必死だったから覚えてねえんですけど。 行動らしい行動といえば…
バアン! と、俺は右手を思い切りベッドの足のところにぶつけた。
「えっ何してんの? もしかして江原ってMの方?」
「違えよ! 何自分でやらしたくせにドン引きしてんだよ!」
と、反論した瞬間、 激しい目まいを感じた。 視界が歪んでいく。 ああ、またこの感覚だ。 俺はどんどん高まっていく鼓動を感じながら、目を閉じた。
「うえ… だからなんなんだよこの気持ち悪い感覚…」
え?
「あ、あれ? どうなってんだこれ?」
なんだか声が違う。 俺はもっと低い声のはず、なんてことを考えながら目を開ける。
「…俺?」
そう、目の前でベッドに寝転んでいる男はどっからどう見てもまぎれもないこの江原怜斗であった。
「とすると……」
視線を下にやると、我が校の女性用の制服が見える。赤いリボンに黒いセーラー、男には無いはずの双丘、完全に女子の体であった。 恐る恐るその双丘に手を伸ばすと───
「はいカットーー」
止められた。
「遠藤……なのか?」
「そ、動くとお腹結構痛むねー」
そう手を色々物珍しそうに動かしてる俺の姿を見ていると、遠藤のさっきの発言を信じるを得ない。
「俺、本当に入れ替わりの能力を手に入れたのか?」
「そういうことだよ。 契約した人で限られた人がなるみたい。 にしてもまさかトリガーが自傷行為だとはね。」
契約とは何のことなのか聞こうとした瞬間に、突如襲うように目まいが起こった。
「またこの感覚か… 」
と、頭を押さえながら頭を傾ける。
「よっ お疲れー」
そこまで気持ち悪くなさそうな様子で元の体に戻ったらしい遠藤が挨拶してくる。
「これ、 制限時間とかあるのか?」
「その力に対する制限、まあ時間とかね。それは、トリガーの大きさに比例するよ。江原だったらビルから飛び降りたりしたら数日くらい入れ替わってられるかもね。」
「死ぬだろ…」
「でさ、私の能力は何だと思う?」
クイズを出すように楽し気に尋ねてくる。 まあ、恐らく…
「テレパシー、だよな?」
「正解。 あ、ちなみにもう制限来ちゃったから今は発動してないよー」
そいつはありがたい。 それにしてもテレパシーとは、また随分と漫画チックな能力だ。 というかどうせなら俺も透視とかの能力を身につけたかった。
「で、さっき言ってた契約? って何のことだ?」
その契約によって俺はこんな能力を身に着けたということか。
「予想はついてるんじゃないの?」
「あの神社…か?」
というか、それ以外に俺はこんな展開に入るきっかけの出来事を体験していない。 契約というよりただのお祈りみたいな感じだったが。
「そ。何かお願い事したのかもしれないけど、別にそれは叶うって確証は無いよ。 あくまでその神社に認められたってことが大事みたいだね。」
おいおい。 まさかこんな事に巻き込んでおいて見返りなしか、いい加減にしてくれよ神様。 俺の進級はどうしてくれるんだ。
というか本当に俺があの時入れ替わっていたとしたら不明瞭な点がある。
「俺が意識を失ってる間、石なんとか先輩は俺の体に居たんだろ? 大丈夫なのかそれ」
「それがさー 凄かったんだよあの時の江原の体! いきなり止まってさ。 目も開けないから死んじゃったんだと思って花代とか凄い泣き叫んでたしね。」
それが恐らく俺が聞いた悲鳴だろう。 確かにいきなりそんなに豹変したら確かに入れ替わりを疑われても仕方がない。
「いやいや、でもその石田って奴が警察とかに言ったらどうなるんだ?」
「まあ間違いなく信じないと思うけど、その心配は無いよ。 能力は能力者以外に使うとその力が薄れるからね。」
どういう意味だ? 力が薄れる。 死んだように止まった。 とすると──
「あんとき石田の意識は俺の中に無かった、って事か?」
「大正解。 いやー察しがよくて助かるよ。 石田先輩にとっては気づいたら近山に殴り倒されてたってことだからちょっと気の毒だね」
あんな奴を気遣うつもりは無いが、確かにそれなら俺が能力者だとかいう噂が広まることはなさそうだ。
「でさ、江原。 ここからが本題なんだけどさ、うちの部活に入らない?」
「…は?」
いきなり話が飛びすぎだが、何かしら能力の件と関係があるのだろう。確か遠藤は…何部だったか。 遠智高校は部員3人と顧問さえ集まれば、予算は全然下りないにしても部活は作れてしまうのでよくわからない部活が腐るほど作られている。 ちなみに俺はいつか入ろうと思いながらもだらだら先延ばしにしてはいるタイミングを伸ばしてしまった。
「うちの部活、学校の能力者全員を集めた部活なんだけどね、高2の先輩が二人。」
まさか我が校にそんなに、と思ったが学校の近くの神社なのだから居てもおかしくは無いのだろう。まあ今更驚くまい。
「で、何をしてる部活なんだ? 今俺帰宅部だから暇だし入ってもいいけど」
「んー。 普段はだらだらとトランプとかしたりして過ごしてるんだけど、たまに能力を身に着けた学生で、悪さしちゃう奴いるんだよ。 そういう人たちに契約を絶たせるのがが主な活動かな。他校も多いからちょっと大変だけどね」
「契約を絶たせる…?そんなことが出来るのか」
「部長が例の神社の神主の息子でね。 そのために私たちを集めて戦力を増やしてるって感じかな。」
成る程。自分の家が撒いた種は自分で回収する、という訳か。 その考えは素晴らしいと思うし、俺に出来ることなら協力したいとは思う。 それに正直俺一人にはこの力は手持ちぶさただ。下手なことに使って遠藤に粛清されるのは勘弁だしな。
「良いぜ。 暇つぶしにはちょうど良い、入部してやるよ。」
俺は痛む体を起こしながら、そう言い放った。
ウィーン、という自動改札ドアの音を聞きながら、遠藤は夏の夜特有の妙な湿気を感じながら病院を出た。
「よう梨花。あいつ、入るって?」
そう遠藤に声を掛けてきたのは先の事件の犯人、石田と呼ばれていた男であった。 この夏に似合わない黒いコートを羽織りながら、顔をしかめて頬をさすっている。
「入ってくれるみたいだよ。 これも蘭兄が能力を突き止めてくれたおかげ!さっすが蘭兄、汚れ役をやらしたら世界一!」
「お前なあ… 意識が無いフリは大変だったし元の体に戻ったら知らねえ奴にボコられてたんだぜ。 先生から逃げんのは大丈夫だったけどよ。」
蘭はコートのポケットからジャーキーカルパスを取り出しながら小声で囁くように尋ねた。
「で、あいつは大丈夫か?粛清対象になんねえよな?」
「大丈夫だと思うよ。普段の生活とか見てても結構正義感強いしね。 信頼できる。」
遠藤は今まで見てきた江原の行動を思い出しながら答えた。 蘭はそれを聞くと満足げに頷き、ジャーキーカルパスを口に放り込んだ。
「そっか。 まあお前がそこまで言うなら心配ねえ。 部活、頑張れよ。」
「はいはい、ってか蘭兄それいつも食べすぎ! 体に悪いよ。」
「ははは、大丈夫大丈夫。」
少し怒ったような妹を笑って受け流す蘭はふと気づいたように腕時計に目をやった。
「っと、スマン梨花。悪いが俺そろそろ親父んとこに戻らねえと。」
「そっか、 じゃあまた今度ね。 頑張って。」
「おう、また様子見に来るよ。」
じゃあな、と言って蘭は鞄もろとも霧のように、その場から一瞬で搔き消えた。
「じゃ、もう遅いし夕飯買って帰ろっと。」
と小さく独り言を零しながら帰路についた遠藤の顔はうら寂し気さを含みながらもうっすらと笑みを浮かべていた。
3話まで見てくださり、本当にありがとうございます!
拙い文章でお見苦しいところが多々あると思われますが、これからも頑張っていくので引き続き読んでいただけたら幸いですm(__)m 宜しければ感想や注意点などを書いていただけると嬉しいです!