2.鼬柳神社(2)
「補習の日時は追って連絡するから、ちゃんと勉強しておけよ。」
そう締めくくった先生は自分の机へ戻っていった。
「いやー長かった!」
と、開放感を露わにしている近山を横目に見ながら、俺はさっきの神社のことを考えていた。 曰くつきの神社なぞありふれた話ではあるが、いざ自分が行ってみると気になってしまうのは仕方が無いだろう。
「能力を伝授…か」
「お、やっぱり気になっちゃう?」
「どうだかな 電撃使いとか錬金術師とかになれるってなら憧れはするけどな」
いかにも漫画やアニメに毒された感想を述べると、近山は苦笑していた。
「そういう派手なのじゃなくても、睡眠時間が短くても済むとか筋肉が付きやすくなるとかの能力でいいから欲しいもんだよ」
「地味すぎるだろ…」
努力してもどうにもできないからこその能力ではないのだろうか。
そんな他愛のない話をしながら荷物を取りに教室へ戻ると、近山が
「おい、何してるんだあんた」
そう荒々しい口調で言った。
何かと教室を見渡すと後ろ側の一角、先ほど俺たちが座っていた場所に一人の男子生徒がいた。
いや、それは問題ではない。 重大なのはそいつが鞄を探ったのだろう、俺たちの財布を手にしていたことだ。 顔に見覚えが無い、見たところ上級生だろう。 だがだから言ってこのまま放置、というわけにもいくまい。
「ちっ 戻ってくんのが早えんだよこの馬鹿どもが!」
その言いぶりから察するにこいつは俺たちが呼び出されていたのを知っていたのだろうか。 近くに先生は居ないのか、廊下の方を確認したが生憎この時間では通っている気配が無い。
「おい、江原!」
警戒しながら教室の中央付近まで進んでいた近山の叫びを聞き、慌てて振り返るとそこには凄まじい形相の上級生が居る。 否、「居た」と表現すべきなのだろうか。そいつは俺の振り向きざまにすり抜けて出口から逃げて行った。
「待てっ!」
追いかけようと廊下の方を向いた瞬間に左わき腹に鈍痛が走る。 熱いような、ジンジンとするような痛みに耐えられず俺はその場に倒れこんだ。
「待…て……」
駄目だ あの財布は、盗られる訳にはいかない。金はこの際どうでもいい。 財布は取り返さねえと── 焦る気持ちとは裏腹にどんどんと意識がぼんやりとしてくるのが分かる。
「江原!おい しっかりしろ! おい!」
近山のそんな叫びを聞きながら俺は朦朧とした意識を立て直した
「腹をカッターで切られた… 後から行くからあいつを追ってくれ…」
「いやいや、流石に置いてけねえよ! お前今の状況分かってんのか!?」
心遣いはありがたいが、今は俺なんかに構わないで追ってほしい、なんとか説得しようと口を開いた時、
「ちょっと江原、どうしたの!?」
「江原君! 血、 血が!」
二つの声が聞こえた。 倒れた時に打ったらしく、微かに痛む頭を傾けて横を見ると女子生徒が二人立っていた。
「遠藤… 宮根…」
うちのクラスの女子生徒である。 確かこの二人は生徒会委員だった為、何らかの仕事で残っていたのだろう。全く女の子に心配されるとは刺されたかいがあるものだ。
「悪い! 今は細かい事を話してる時間がねえんだ、江原を保健室まで頼めるか?」
「う、うん それは構わないけど…」
「救急車とか呼ばなくて大丈夫なの?」
心配そうに二人が近山に尋ねている。 だが今の俺には保健室に行ってる余裕はない。 血が滴っているわき腹を抑えながら俺は立ち上がろうとしたが、全身に力が入らない。
「どこだ… あいつは今、どこにいる…」
「落ち着けって江原! お前が今その体で行っても追いつけるわけねえだろ」
確かにそうだ。 少し動いただけで激痛が走る状態で追いかけても何にもならない。
「クソっ!」
ドアに力任せに叩きつけた右拳の痛みを感じながら考える。 例え後から犯人を特定できても財布は金を抜き取られた後は証拠を残さないように処分されてしまうだろう。せめて場所さえ分かれば近山に追いかけてもらえるが、これだけ時間が経っていては居場所さえ特定出来ない。 俺があいつならどうする? 一体盗み刺した後の逃走の行方はどうするだろうか。 あいつの立場になって考えろ―――
ドクン と、一際大きく心臓が動いた気がした。 そしてまたドクンドクンと鼓動が早まっていく。 体が熱くなっていく。 一向に止まる様子の無い血を見ている視界が歪む。 歪む。 ぐにゃぐにゃと混ざっていくような景色を見ながら、俺はこの意識を手放した。