episode3
(旦那様、ちょー好みだったわ。)
リノンが結婚相手との初対面を終えた感想はそれだった。
ジュリウス・ヴァン・アスガルドは長身に逞しい体躯、黒髪に黒曜石の瞳を持っていた。
肌も健康的な色で、白磁の肌を持つリノンと比べると色黒に見える。容姿は美しいと言えるが、一番目につくのはその鋭い視線だろうか。まるで親の仇でも睨みつけているかのような視線にリノンはときめいた。
だが、それだけである。
数言会話をして婚姻届にサインをした。
これが教会へ送られ、婚姻式にて誓いの言葉と口づけを交わせばはれて夫婦として認められる。
婚姻式は2週間後らしく、これから急ピッチで婚姻式の準備が進められるらしい。
(産まれてくる子供は可愛いだろうし。ま、いーかな)
夫の容姿は生まれてくる子供に大いに影響する。どうせなら可愛い子供が欲しい。兄は実にリノンの好みを分かっていた。
実家の自室よりも何倍もある部屋のソファにもたれ掛かり、リノンは天井を見上げる。脱力感が身体中を襲うが、いつ使用人が入ってくるかわからない部屋ではなかなか気が抜けない。はぁ、と深くため息をついた。
婚姻式のドレスのデザインや布、装飾品を選ぶのはメイド長であるイライザに全て任せた。意見は聞かれたものの、リノンは服装に拘りはない。でなければ義姉や義姉の愛人たちの着せ替え人形になどされていない。腰骨と肋骨を壊しにかかってくるコルセットだろうが、フリフリピラピラのドレスだろうが、何処ぞの民族衣装で動きづらい上に重量20kgもある正装だろうが何だって着こなしてやる自信がある。
(その重装備で戦える自信もあるけどね!)
兄の恋人たちに鍛えられた体力に護身術。それだけではない。義姉が輿入れしてからはドレスという重装備でのダンスに裁縫やらお茶会。令嬢としての振る舞い。毎日のように“訓練”させられたのだ。流石侯爵令嬢といったところだろう。義姉の流れるような動きは美しく洗練されており、一石二鳥で習得できるものではなかった。が、リノンは根性でやりきってやった。根性と精神力にだって自信がある。
不安があるとすれば・・・。
(夜の営みの事は完全に男目線の男の行為の知識しか知らないんだよな・・・)
兄と兄の愛人達の影響を受けた弊害であった。