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episode2



そんなことがあり少女の兄が結婚したのは1年前だった。



その後、少女の婚約者が決まり婚約したのが半年前。


籍を入れたのは昨日。



そして本日。



旦那様と初対面。←いまここ。



花の蕾が芽吹く前の、開きかけの危うさ。


そんな儚げで華奢な雰囲気を持った深窓の令嬢はゆったりと椅子に腰掛け、窓の外を眺めていた。

窓からの光に照らされた白銀の髪は天上の絹のように滑らかで、白磁の肌は太陽に負けぬぐらいに美しく輝いている。

長い睫毛に縁取られた瞳はこの世で最美な青とされる海水晶を溶かしたと言われる程。

見たもの全てが絶賛する美しさを兼ね備えた少女の内心は荒れていた。


そんな少女の名はリノン・セイヤード。


セイヤード伯爵家の一人娘である。

彼女は憤りを感じながら馬車に揺られていた。


(結婚するまで旦那の顔知らねえとかマジないですけどぉー!!)


至極当然の考えであった。


リノンは何も知らなかった。

つい先ほどまで。

婚約していた事も籍を入れる事も、知ったのは馬車に乗り入れられる直前だった。

リノンの兄達があえて秘密にしていたのかと言えばそうではない。二人とも愛人とよろしくイチャコラしていた故に妹の婚約も結婚の日取りも失念していたのだ。


(ざけんな。)


兄と義姉に拳と蹴りを繰り出したのはリノンの記憶に新しい。

つい先程の出来事なのだからしっかりと感覚が残っている。兄の恋人(騎士団員)に教わった護身術が初めて役に立った。

勿論見える所などヤッていない。兄の男性として大事な所に蹴りを入れボディーブローを食らわし、義姉の腹部の急所にもピンポイントで拳をねじ込んだ。

女だからとか侯爵令嬢だからとかそういう遠慮は既にない。


朝目覚めたら、婚約者の遣いだと名乗る人たちからお迎えが来て、ようやく妹の結婚を思い出した兄と義姉。いつもの倍以上の速度で着飾られ、その間、優秀な使用人達が輿入れの準備を済ませ嫁入り道具一式と共に送り出されて・・・今に至る。


(くっ・・・使用人のみんなマジでごめんなさい。相当疲れた顔してたけど大丈夫かな。・・・あんな兄と義姉ですまん!)


兄と義姉を思い出しただけで腸が煮え繰り帰りそうになる。

これから見も知らぬ旦那様と子作りして、子供を産み、兄夫婦に差し出さなきゃいけないのだ。それを旦那様が許してくれるかはわからない。が、女であるリノンがセイヤード伯爵家の為に出来るのは・・・家の繁栄の為に他家との繋がりを作ること、後継の子を産むこと・・・それしかない。


リノンは多少・・・否、かなり自分勝手な家族達であろうと、家族を愛している。家族のためならば政略結婚しても構わないと思っていた。


ーーリノン、俺のおひめさま。


兄が微笑んで、抱きしめてくれる。


ーーリノン、どうしたの?

ーーリノン、おいで。


風邪をひいた時。寂しかった時。辛かった時。

リノンを支えてくれたのは家族だ。


ーーリノン、てめぇは元気だなぁ!

ーーリノン、おい、護身術教えてやるから来いよ!


兄の愛人達が何でも教えてくれた。


ーーリノンちゃん、本当・・・かわいい。たべちゃいたいぐらい。


一年前から家族になった義姉も、義姉の愛人たちも、たくさんの物を与えてくれた。

・・・気持ち悪いぐらいに。

断じて、狙われてなんか、、、ない!


リノンはそんな大切な人達に何も返せない。

リノンが出来るのは伯爵家の為に政略結婚すること。


幼い頃からリノンはそう思い込んでいた。

それしかなかった。

だからずっと覚悟していたのだ。


けれど・・・覚悟はしていても、まさかこんなに唐突だとは思わない。

社交界デビューまでは自由に出来るだろうとタカをくくっていた。


結婚するというだけでも色んなものがゴリゴリと削られるのに、嫁ぎ先はなんと公爵家だという。しかも正妻。何処をどうしたらそんなお家に嫁ぐ事になるんだ、とリノンはため息をつく。

リノンは世間一般的に社交界デビューもしていないお子ちゃまだ。と言っても既に15歳となっているので今年から社交界に繰り出す予定であったのだが、その前に結婚する事になるとは夢にも思わなかった。


公爵家とは王位に次ぐ貴族爵位の最上。

リノンの結婚相手は公爵家長男、次期公爵であるジュリウス・ヴァン・アスガルド。年齢は23歳。アスガルド公爵家は王家に連なる家系で現王の甥である。王位継承権だってある由緒ある高貴な方だ。


リノンは結婚相手の事を殆ど知らない。


23歳と言えば男性の結婚適齢期も真っ最中。というかその年で、しかも公爵家長男なのに婚約者いないの?と疑問にも思ってしまう。将来の約束された優良物件なのに、と。


そんな人物に何故リノンが嫁ぐ事になるのか分からなかった。


よもや兄や義姉のように何か問題があるのでは・・・?

と疑っても仕方がない


(て、会ってもいないのにそんな事思っちゃういけないよな)


小さく息をついて一旦思考を止める。

ここまで来てしまったからには腹をくくるしかない。


リノンはようやく窓の外へと意識を向けた。

ユラユラと馬車に揺られ見えてきた景色に、目を見開く。


視界に映ったのは真っ白なお屋敷。

リノンの暮らしていた伯爵邸とは比べものにならない程の立派な建造物が視界に映る。

遠目から見てるだけでも目を奪われる程美しい。

蔦の絡まる外壁はよく手入れされているのか、花嫁のドレスのように白く輝き、蔦が色とりどりの花を咲かせる様はまるで夢物語のよう。

大きな鉄製の門が開かれ馬車が中へと進むと、そこに映ったものにリノンは見惚れた。


青々とした芝に、絶妙に配置された赤い薔薇。

その香りにクラクラしそうになりながら、リノンはウットリと笑みを浮かべる。


その時、丁度馬車が停止し馬車の扉が開いた。


扉から入る太陽の光がリノンの白磁の肌を照らす。

紅をひかずとも艶やかな唇が微笑みを描いたまま、リノンは首を傾げた。腰まで伸ばされた白銀の髪がサラリと肩を滑り落ち太陽の光を反射させる。


その姿をみたアスガルド家の従僕は・・・呆然と見惚れた。


「・・・妖精・・・」


「・・・?」


首を傾げたまま、リノンは従僕を見つめる。

口を開く事はしない。リノンは自分の言葉遣いが伯爵家の人間として・・・否、貴族の令嬢としてありえない事を自覚している。義姉による“訓練”はしていたので難なく伯爵家令嬢として振る舞う事は出来るが、ボロを出さないに越したことはない。


「ようこそ奥様」


微動だにしない従僕を押しのけてリノンに向き合ったのは綺麗な女性だった。

藍色の髪は三つ編みに編まれ、切れ長の瞳が優し気にリノンを見つめた。


「わたくしはアスガルド家のメイド長で、このたび奥様付きを命じられましたイライザと申します」


(ああ、すっごくきれいなひと)


その風貌も、肢体も、リノンにとって羨ましいものであったが、何よりも・・・藍色の髪に見惚れた。

全身の色素が薄く、儚い印象しか与えられないリノンは、強い色彩の“モノ”が好きだ。

それは兄も義姉も同様で、唯一好みが一緒なところだろう。


「ええ、よろしくイライザ」


イライザに見惚れながら柔らかく微笑んだ。甘く匂い立つような可憐な微笑みに、メイド長もまた思考を停止させた。


いよいよ、旦那様との面会である。


緊張しているのを誤魔化すために、リノンは花のように笑った。


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