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第八話 神の祝福を/青薔薇





「あれ?」


 何やら普段は細々とした小道が賑わしい、と思って足を運んでみれば、例のケーキ屋がオープンしているではないか。こんな片田舎にも等しいような場所によくもまあこれだけ人がいたもんだ、と感心する程度には朝から客に溢れていた。少なくとも今日は、今日だけはもともと浮き足立ったような心持ちでいたせいもあって、思わずふらりと店内に入ってみる。もしかしたらスワロウの誰かが先に来てるんじゃないか、なんて考えてもみたが、あふれた女性客の中に黒い尻尾も小柄な茶色ボブの髪も見えなかった。まあいなかったとして彼女たちが何も用意していないっていうのもないだろうな、と自惚れでもなく自然と思えてしまうのは何とも言い難い幸福感があった。優越感ともいえるかもしれない。というかお客さん女の人ばっかだな。俺なんか浮いてないか、と気づくには遅すぎたか。

 人の波に流されるままショーケースの前まで来てしまうと、店員の女性に声をかけられた。


「お決まりでしょうか?」

「えっ、あー、まだです……すごい人ですね」

「はい、ではお決まりになりましたらお声をかけてくださいね。すごくお客さん多くて嬉しいんですけど、もうみんなてんてこ舞いで。頑張らなくちゃいけませんね」


 買うつもりもあまりなかったがために、やや居心地が悪くなって慌てて返した言葉に、女性は丁寧に笑ってくれた。ちょっと困ったような顔だったけど、嬉しくないわけではなさそうだった。そうだよな、お客さん来て嬉しくないわけない。お客さんが非常に少ない我が結婚式場のことを思って内心でたはは、と軽く肩を揺らした。あそこのオーナーは頑固なのだ、結婚式場なんか作っておいて宣伝はしたがらないし必要以上に人を雇いたがらないし、実際今まで何人もの職員希望を断ってるみたいだし。よくわかんないけども、結婚式場に足を運んだカップルたちには最善を尽くす人だっていうのは知ってる。尽くしてるのは俺たちだけど。

 さてそんなことよりも声をかけられておいて何も買わず出て行くってのもなんかなぁ、と俺は立ち止まってしまった。真面目にショーケースを睨み出すと、さっきの店員さんがまた気にかけてくれた。やっぱこの客の中ででっかい男は目立つだろうか。可愛い顔もしてねえしなあ、俺。変に思われちゃいないだろうか。


「どなたかに買っていかれるんですか?」


 どうにもあまりにも熱心に見ていたせいで勘違いをされたらしい。あー、まあなんというか、俺は嘘をつく方に頭が回らない。荒木さんの嘘のつけなさとは比べ物にならないが、あらかじめ台本が用意された嘘以外はあんまり自信がなかった。誰かのために買っていくつもりがあったわけではないし、何よりケーキ屋に足を運んでしまった何となくの理由と言ったら、げんきんな話だけども、やっぱこれ以外ないわけで。

 かといっていったところで何があると思ったわけでもなかったけど、俺は素直に口を開いてしまった。


「あー、今日自分誕生日なんですよね」






「何でケーキがこんなに並ぶわけ?」


 結局今日もスワロウに来るであろう――まあ来ないとして長谷寺くんとオーナーか。と思って、俺の分も含めて小さなケーキを六つ、そう今年は六つだ、随分増えたものだ――人数分のケーキを買ってきたわけであるが、結論からすると机に並んだケーキの数はその倍になった。


「え、いや、てっきり料理が並ぶと思って……て、いいじゃないですか。俺甘いもん好きですし山ほど食いますし、そうじゃなくても夜食いましょう。ケーキ屋のは冷蔵庫いれときましょ、それで後で食います。だからいいでしょう、ね、先輩」

「まあ別に全部皆守にあげるからゆっくり食べればいいとは思うんだけど……」

「自分の誕生日に自分でケーキを買うやつがあるか!」

「えっ、あ、何かすいません……」


 中でもご立腹といった様であったのはスワロウの年長者、荒木先輩と蔦木さんだった(この二人は同い年らしいし、そういえば苗字もどっちも木が入ってる。いい二人だよなぁ、友達でだけど)。対してケーキを作ってくれた本人であるニコルさんと大和くん、それから初めて俺の誕生日を祝ってくれる馬場ちゃんは甘いものがいっぱいの状況にニコニコと嬉しそうに笑っていた。可愛らしい。ニコルさんはでっかい男の人だけどもなんか可愛らしいのだ。いやそういう変な意味じゃなくて!


「いいじゃないっスか、いっぱいケーキ食べられる誕生日っスよ!」

「皆守さんは甘いものも好きなんですね、私嬉しいです!あっいえ断じて私もケーキが食べられるからとかそんな」

「ふふ、たくさん食べましょう。その方が皆守さんも喜ばれます」


 本当にこの三人はほっこりすんなあ。素直なカバーに、ちくりちくりとしていたなだらかな罪悪感はなりを潜めていく。眉を吊り上げていた木コンビはというと、まだ不服は残っているように眉を寄せていたが、やがて先にそれを崩したのは蔦木さんだった。そっくりな顔をする二人だとは思ったけど、やっぱり蔦木さんはそこが一歩荒木先輩とは違うんだなって、なんかふっと、理解するように染み込んできた。


「……まあせっかく作ってくれたのだ、味が落ちる前にいただこう」


 そう言って蔦木さんは人数分のフォークを配り始めた。柔らかい手つきで配られていくそれは、一番に俺のところにまわってきた。


「あ、ありがとうございます」

「君が今日の主役だからな」


 次に、次にとフォークが手渡されていくが、馬場ちゃんと荒木さんに対してはにこっと微笑むあたりも蔦木さんらしい。ははあ、これがこの人というものか。まだ出会って日は浅い人物だが、丁重な優しさには感嘆がもれてくるほど。なんか同僚の男の人に祝われるってくすぐったいな。いややっぱり変な意味じゃないんだけど、ないんだけども、同じ職場の男の人ってーとニコルさんくらいしかいなくて、長谷寺くんは冷たいし。あんまり慣れてなくて。

 少しくすぐったくなって受け取ったフォークを指先で擦っていると、荒木先輩がひょいと体を蔦木さんの影から覗かせてきた。


「ほら皆守、あんたが食べないとみんな食べれないのよ」

「えっ、あ、はい!いただきます」

「荒木さん急かすの大人げないっス……」

「私が言わないとあんたたちじゃ言えないだろうと思ったのよ」

「またまたー……あ!あ、食べた!皆守さん食べた!お味はどうっスか?!」

「んぐ」


 わずかにピンク色をしたクリームからスポンジまでフォークを降ろすと、柔らかいながらもわずかな反発を見せてケーキが切れた。反発の原因は間に挟まれた薄いチョコレートのようだった。一口大のそれを持ち上げ、頰張った。程よい舌触りのスポンジとなめらかなクリームの相性がいい、何より鼻まで通る好みのベリーの味が、


「うんまい」

「「やったーーー!!」」


 大げさなくらいに飛んで喜んだのは大和くんと馬場ちゃんだった。あんまりに揃った仕草が姉弟みたいに思える、そっくりだ。


「うまいっすよ、これ。ちゃんと甘いけどちょっと酸っぱいのがいいっすよね、好きだなぁ」

「去年はシンプルなチョコレートケーキでしたから、今年はもっと工夫しようと」

「さすがっすニコルさん、めちゃくちゃうまい。去年のも好きだったんですけど、嬉しいです」

「んー!本当です、本当です!す、すっごく美味しいです!」


 俺がモグモグ食べ進めるおかげで他のメンバーも食べ始めた。馬場ちゃんなんか髪がふわふわ浮くくらいその感動をあらわにしていた。よかったよかった、今年から入ったメンバーだけど誰よりいいリアクションをしてくれる。華だなあ。次々にメンバーの目が輝いていく。

 荒木先輩も小さな口でパクパクと食べ進むその速さを見るに、お気に召したようだ。隣の蔦木さんを見ればこれはまた綺麗な所作と顔でケーキを食べるものだから、見惚れるというかなんというか、もはや芸術品を見てる気分だ。俺美術には詳しくないけど。

 この場にいる全員が嬉しそうだった。この部屋に入って一番におめでとうと飛んできた声が、去年より賑やかだった時からずっと俺も嬉しいけど、そういうみんなの顔を見て俺はもっと嬉しくなれる。


「……そんなにこのケーキ好き?」

「へ?」

「めっちゃ顔ゆるんでる」

「……え、あ、変な顔してました?」

「子供みたいな顔してた」


 蔦木さんの影に隠れてしまうくらい細身の荒木先輩がいきなりひょいと声をかけてくるものだから、俺は少し驚いてしまう。さらに自分で気づいていなかった部分を指摘されてやや恥ずかしささえ覚えた。


「……その、まあ嬉しかったらそりゃ、子供みたいな顔にはなりますよ」

「皆守さん、まだまだ嬉しいことはあるんですよ!」

「へ、なに馬場ちゃん、どうしたの」


 顔に出てただろうか、と思わず言葉を詰まらせた俺に構わずなのかそんな俺を見てなのか、今度は反対側の隣に座る馬場ちゃんがもぞもぞと机の下に潜り込んだ。みんなのカバンは置いてあるけど。というか馬場ちゃんもうケーキ食べ終わってるし。相当好きなのかな。かわいいな。

 そんな後輩がこれまた満面の笑みで鞄からジャーン、という(馬場ちゃんの声製の)効果音とともに取り出したのは、彼女の顔くらいの大きさの箱だった。


「改めまして、お誕生日おめでとうございます、先輩!いつも優しく指導してくださり、仲良くしてくださり、本当に嬉しいです。これからもどうかよろしくお願いしますね!」


 あんまりにまっすぐな声と笑顔に、俺は一瞬ぽかんと固まってしまった。

 その間に、馬場ちゃんに感化されたのか次々にメンバーが机の下を漁りだす。


「はい、はい!俺もっす、俺もちょっとだけど、小さいけど、ありますっス、プレゼント!」

「えっ、や、大和くんケーキもくれたのに?!」

「これはどーーしても皆守さんに見せたかったんス!」

「それにケーキは別腹、です。はい」

「ニコルさんまであるんすか?!もー、いつもなんかすみません……飯もうまいのに……」

「私もあるけど」

「……ああ先輩はいつものですね」

「嬉しかろう」

「これを素直嬉しいというのは大変心苦しいんですが嬉しいです」


 一番大きな馬場ちゃんの箱の上に、大和くんの、本を包んだと見える包みと、ニコルさんの小さな箱と、荒木先輩の片手サイズの包みが乗る。この重みも、去年から増えたものだ。馬場ちゃんのは一切想像できないけど割と重いのがスッゲー気になる。これも本か?

 それをひとえに抱えて、感動して、心の底からありがとうございます、を吐き出したけど。

 ふと右隣でフォークを置く音がして、思わず見上げる。

 ちらりと長く切れた目と視線が合うのに少し驚いて肩を揺らしてしまう。

 蔦木さんは自分のカバンをあさることもなく、なぜか小さくため息をついてそれと同じくらいの声量でつぶやいた。


「……すまんが後で提案がある、時間を寄越せ」


 相変わらず傲慢な人だなぁと思ったのに、それで勘弁してくれ、というような弱気な声が聞こえた気がする。蔦木さんのつぶやきが聞こえたのは俺くらいだと思ったんだけど、奥の荒木先輩はなんかめっちゃ蔦木さんを見てるし。でも他のメンバーは残りのケーキにかぶりついてるんだよなぁ、聞こえてないんだよなあ。絵っていうか二個目も食うんだ。ケーキはあっさりとその場から消えていってしまう。

 

「いいっすよ」


 なんとなく俺も小声で返すと、蔦木さんは眉を下げて笑うのだった。あんまり女性には向けない顔だなぁ、と付き合いはすごく短いんだけど、俺はぼんやり感じた。

 結局メンバー全員が二つのケーキをその場でぺろりと平らげて解散。スワロウはその日の仕事をスタートさせた。

 みんなが持ち場に散り散りになっていく中、ロッカーにプレゼントを突っ込んだ俺は、まず蔦木さんに呼び出されたわけなのだけど。





「なんで何も予定がないんだ、誕生日の夜だろう?あいつらのことだから飲み会でもするんじゃないのか?」


 現状を説明すると蔦木さんが大変お怒りである、さっきの比じゃなくて。あれ、なんでこうなった?


「いや、それが馬場ちゃんが今夜にもともと予定が入ってて、なんか大学の時の友人に誘われてるそうで」

「はあ」

「馬場ちゃんいないならつまらないねってなって、飲み会は別の日にしようってなって、まだ決まってないんですよ」

「じゃあ今日は本当に何もないのか」

「ないっす」

「なんか、悲しいな」

「言わないでください……」


 まず俺を呼び出した蔦木さんは、俺の今晩の予定を聞いてきた。曰く、「結局お前が喜びそうなものがわからなかった。ものとしてくれてやることはできないが、代わりに飯でも連れて行かせてもらおうと思った」とのことだ。えっまじか、蔦木さんの飯か、きっとすごいとこなんだろうなと思っていつでもいいですお願いします!と反応してしまったのがいけなかったらしい。今夜でもいいのか、と目を丸くした彼に俺が頷いたら、この様だ。

 蔦木さんは腕を組んで歯嚙みするような顔でそっぽを向いてしまった。


「はは、でも寂しいんで、良ければ蔦木さんにお相手してもらおうかなって……」


 なんて。とちらりと見上げた――見上げるのか、そうか俺より少し大きいのか。俺も小さい方ではないはずなんだけど、結局スワロウの男の中では一番小さいままになってしまうのか――先の蔦木さんと目があった。

 その目が、なぜかめちゃくちゃ丸い。

 あれ、って俺が声を上げる前に彼が咳払いをした。


「まあ、そうだな。お前と二人で会話したこともほとんどないし、いい機会だろう」


 その目元が心なしか赤い。なんだ?

 疑問はあれど、俺は久々に同性の同僚と飯が食える!という喜びに思わず笑顔になっていた。や、もちろん荒木先輩とかと飲んだり食ったりも嬉しい。嬉しいけどやっぱ、ハルさんらとか同性との会話には違う価値がある。再三いうが変な意味ではない。断じて。

 …多分そうだったはずなのだ、俺は。


 約束も決まったその場はあっさり解散したのだが、問題が発生したのは、めでたく24歳になったその日の、夜のことである。





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