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第七話 集う喜び/マトリカリア





「荒木、少し付き合ってはくれないかい」


 今日も今日とてお客さんナシ。まあこんな隅っこの結婚式場とかあんま見ませんよね、そうですよね。そんないつもと同じような定時がやってきた頃、私に歩み寄ってくる人影があった。その妙にスラっとした体躯が横目に入っただけで誰だかわかるのが非常に憎い。


「……もう帰ってご飯にしたいんですけど」

「わかった、いい店に連れて行ってやる。それにまだそんな口をきくのか、もっと自然になれ」

「自然にこれなんです、ていうか勘弁してください、いいです、帰ります」


 蔦木は清掃の際のラフな服装から、きっちりとしたいかにもイケメンが着そうな私服にもう着替えていて、とっとと帰ればいいものをなんでまだスーツ姿の私のところに絡んでくるのか。ため息を吐いて早いこと着替えて帰ろう、と思って顔を背けたところで蔦木がずるいことを言った。


「皆守の誕生日プレゼントを買いたいんだが」

「……」

「結局いくら詮索しようにもあいつの趣味が一切わからん。ファッションに興味があるようでもないが、洒落たアクセサリは身につけているしでなおさら謎だ」

「……」

「もう明後日だしな。それに、お前が一番あいつと親しいんだろう」


 そう言って蔦木は私を見下ろしてくる。強気な顔にはなんとも言われぬ哀愁というか、なんなんだろう、なんか妙な優しさがあった。そこでふっと気づいたけど、こいつ同僚の誕生日祝うんだな、しかも男のなのに、と思った。こういう輩は女性ばっかに気をつかうなんていう偏見があったけども、ほんの俄かに株が上がる。んでもってよく皆守のことを見ているじゃないか。

 しかし皆守の趣味か、と思うと私は思わず口を紡いだ。あいつの本性というか、本心はそうそうさらけ出せるもんじゃない。以前のイベントから帰ってきてつけてるアクセサリは、聞いてみれば樹からの誕生日プレゼントで、そのなんとかっていうキャラクターモチーフのものらしいじゃないか。そりゃ皆守も喜んで身につけるだろうが、周りの人からしてみれば不思議なもんだろう。またなんとも説明しがたい。私が難しい顔をしていると、蔦木はやはり意外にも傲慢な態度をとることなく私をじっとおとなしく見ているだけだった。

 なんだ、その顔。もっとあんたが私の嫌なこと満載してくれれば、私はもっとはっきりあんたを嫌いになれるのに。これじゃ私が悪者みたいじゃないか。


「……ご飯食べるなら割り勘ですからね」

「はあ、君はそう言う女性か。俺が奢ると強制はしないが、店は俺が案内するからな」

「どこ行く予定なんです」

「駅前なら飯屋も店も多いだろう。まずは飯屋だ、そこで皆守のことを教えてもらう」


 今回は皆守のため。皆守のためだから。そう思って今回は蔦木の相談を甘んじて受け入れることにした。

 着替えてこい、と言ってくれた蔦木がまた気に入らないが、かといって人間を待たせることも得意でないと、私は急ぎ足で更衣室に向かった。





 さてここで私の計画の説明をしよう。着替えている間、店に向かうまでの歩いている間に必死で練った作戦だ。まずいくら嘘のつけない私といえど、皆守のプライバシーを損害するような、それもかなりセンシティブな内容をまだ出会って間もない人間にさらっと伝えてしまえるかといえばそうではない。かといって、嘘を言うのは私には自信がない。し、嘘を言って皆守が喜んでくれるとも思えなかった。お分りいただけただろうか、精巧かつ困難なミッションであることを。しかし、しかし私は完遂させてみせようとも。これはすべて皆守のためである。


 蔦木に案内されたのは、ファミレス以上高級料理店以下、といった感想を持つ程度の洋食屋だった。ははあ、いかにも女性を連れてきたら喜びそうだなっていう感じの落ち着いた雰囲気が汲み取れた。嫌いじゃないけど、嫌いじゃないけど、そういうとこに蔦木っていう男が仮にも女を連れてくるっていう図を考えるとどうしてもむずむずした。

 空いていた真ん中くらいの中途半端な席に着いたなり、蔦木が「予約でもしておくべきだったかな」と不満そうな声を上げる。


「別にいいよ、そんなドラマで見るフレンチレストランじゃあるまいし」

「俺がよくないんだ」

「はあ」

「……まあ、君がそういうの気にする女性じゃないっていうのは理解している」


 蔦木の脳内が透けて見えるわけじゃないけど、多分今私と比較されているのは彼が今までに相手してきた女性だろう。羨ましい奴め、くっそ。

 実際に言葉にして聞いてなんかやらないけど、こいつは絶対ホストだとかで女性の相手を多くしてきたような人間だろう。そうでもなしにこの至る所で出てくる女性への丁寧な所作が生まれたっていうなら、それはむしろ蔦木を尊敬する。してやろう。だが彼は前職のことを『接客業みたいなものだった』とか言っていたし、多分、この想像は間違ってない。

 だけどそのぽっかり空いた溝を埋めてまで彼と親しくなろうとかは思わない、だから早く私から話の主題をそらしてしまおう。


「うん、だから気にしない。それより皆守の――」

「まずは飯だ。荒木の趣味も知らんからな、好きなものを選べ」

「……割り勘ですよね?」

「でいいから好きなのを選べ、遠慮せず。お前の好みが知りたい」


 メニューを渡されてしまって喋る話題が変わってしまった。なんと作戦はなかなか進まない、どうした、どうしよう。A型っていうのはだな、準備したことを崩されるとどうしようもできなくなんだぞぉ。しかしメニューを受け取ってできることは注文する料理を選ぶことだけだ。ハンバーグにパスタ、グラタンとカレーらの綺麗な写真が並び、仕事終わりの空腹が疼く。私の好物なあ、好きなのは肉類だけど、まあ残念ながら男の前だからって遠慮するような精神も持ち合わせていない。むしろ引くなら引いてくれ。


「デミグラスの……うん、よし」

「もう決まったのか」

「大抵同じの頼むから」

「どれだ」

「デミグラスの、煮込みハンバーグ」

「ふうん。いいじゃないか、俺もステーキにする」

「……てっきり仮にも女がこういうの頼むって驚かれると思ったんだけど」

「たいがいの女性はまずこういう場で肉物は頼まん。荒木がその『たいがい』に入らないっていうのはなんとなくわかってきた。それに、食う女性は嫌いじゃない、むしろ健康的で素晴らしいじゃないか」


 さらりとそう言ってのける蔦木に、私は間抜けにも固まった。こいつ、なんでよくも知らない人間をさらっと変人扱いしやがって。でもって、なんでわかったような口きいて。なんで特段引きもせず嫌いもしていないようにメニューを片していくんだ。何事もなかったように店員を呼ぶんだ。もっと女らしくしろとか怒りもせず、そんなさらっと。

 まだ出会って数週間もたっていない人間にこんなこと、言われたことなくて。

 蔦木は手早くウエイターを呼びつけると、それぞれの注文を伝え、さっさとこちらに顔を向けてきた。慣れたような仕草が憎い、にくいともさ。


「……変人みたいに言われるとは心外な」

「そう思っていそうな顔ではないが?」

「うるさいなぁ」


 何も知らないくせに、とは言えなかった。言いたくなかった。女が好きだっていう普通じゃない本心を知られるのは確実に嫌であったからだ。なのにこの男は、ああ気に入らない。そんなもしかしたら皆守みたいに打ち明けられるかもってどこかで思ってしまうのだ。そりゃ自然体でいたいもの、私だって人間だもの。そういう風にさらけ出せる仲間がより多く欲しいと思うっての。

 だんだんイライラが募ってきて顔がきっと嫌な表情をしていることだろう。蔦木は何も悪くない、悪くないのに。

 ふむ、と黙った蔦木をいいことに、私は何とか苛立ちを飲み込んであくまでも新しい雰囲気で話題を切り出した。


「それで、皆守の趣味嗜好についてですがね」

「はいはい」


 ああもうまた慣れたようにされるのにむかつく。私が何も悪くないように扱われる。悪い、悪いのに。普通じゃない私なんて、世間一般様から見りゃ悪いやつだろうに。

 内心で首をブンブンとふって、私は話し出した。


「……食べ物は、丼とかがっつりしたものが好き。あと海老が一番好きって言ってた」

「海鮮が好きなのか?」

「ううん、海老。エビチリでもエビフライでも、海老使ってるのあったら真っ先に選んでる」

「はあ、好きなんだな。なるほど、食品以外は」

「モノはゲームが好きって感じかな。だから、私はいろんなとこで使える商品券みたいなのあげたりしてた」

「ふむ、なるほど。では今年もか?」

「今年もですね」


 可愛げのない選択だなとか、きっとこの男は言わないんだろうな。安心感とも違う感覚に勝手にため息をついていると、案の定の返答。


「それで実際皆守は喜ぶんだろう、参ったな。それ以外となると……」


 この男、本気で皆守を喜ばせようとしている。遅ればせながらに心の底から理解した私の心持ちがやや揺れ動いた。

 こいつ、いいやつなのでは?――いや、そんなこと考えたくないっちゃないんだけど、だっていいやつじゃないか。ナンパめいて私に絡んできたし、態度はでかいし強引なところもあるが、その根底には優しさがある。

 いいやつじゃん。

 そう気づいたのが遅いか早いか、私は体の力が抜けるのを感じた。


「甘いものも好きだよ、あいつ」

「甘いもの」

「うん、ただしケーキはうちの料理人たちが作ってるから、それ以外がいいんじゃないかな。ベリー系が好きだったと思うけど、チョコとかさ」

「……」


 そこで蔦木の顔が間抜けに、ぽかん、という表現が似合いそうなものになっているのに気づく。


「……なんすか」

「いや、一気に人当たりが良くなったと思ってな」

「……そりゃ、私だって人のために動く人間は嫌いじゃないですよ」

「はあ」


 やっぱわかるんだな、と思うとなんとなくむず痒くて、私は出されたままのメニューをちょっとつまんで頼みもしないデザートの面を眺めたりした。


「私だって普通の人間ですよ」


 そう、思わずぼそっとつぶやいてしまったけれど、変な意味はない。それに蔦木がどう思おうと私とは関係ない。ないはずなのだけれど。


「……そうか。俺も普通の人間だ、同じ職場の人間を祝いたいと思う程度のな」


 何気ないはずの返答にふっと引っかかるものを感じたのは、私だったからだろうか。私じゃなければ、それともスワロウっていう場所に集まる仲間でなければこれに違和感を覚えることもなかっただろうか。

 その答えよりも先に、早くも料理が運ばれてきた。よくもまあ腑に落ちてない時にハンバーグ頼んだな私。すごいな。でも、空いてきたお腹には何よりのご馳走だ。さあいただこうじゃないか、同じ職場の仲間と。その程度は心を許してもいいかなって思うくらいの仲間と。







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