~エピローグ~~P.S.交響曲〈シンフォニー〉は眠らない~
魔王が、わたしの頭を撫でる。
「お前は普通になったな」
ソファーにねそべりながら、思う。 魔王のひざまくらは気持ちいい。
かたくて、ひんやりとしていて、でもどこか柔らかくて、あたたかい。
「うん」
「よくしゃべるようになったし、笑うようになった」
「……うん」
「泣き虫にもなったな。あの時の泣きっぷりは、肝が冷えた」
「魔王のせいだよ」
「……そうだな、私のせいだ」
「……そうだよ」
わたしはくすくすと笑う。
「あの時は、悪かった」
「今更だし」
けらけら笑って、ふと、ひざまくらのまま、魔王をみあげる。
「……だけど、魔王のおかげだよ」
「……そうか」
魔王は嬉しそうに、それだけ言った。
最近みつけた魔王の癖。
嬉しいと、口数が少なくなる。
わたしも嬉しくて、また目を閉じる。
魔王のおかげだ。
わたしがしゃべれるようになったのは、夏芽お姉ちゃんのおかげ。
お兄ちゃんとのぎくしゃくが治ったのは、エマお姉ちゃんのおかげ。
それでも、わたしが普通の女の子になれたのは――……魔王のおかげ。
――魔王にしか、できなかったこと。
まどろみながら、あの少年を思い出す。
瑠璃色の髪。
お月様みたいな銀色の瞳。
――月花。
わたしと魔王を引き合わせてくれたひと。
きっと月花がいなかったら、魔王に出会ってすらいなかった。
そして、うぬぼれかもしれないけれど……。
わたしと月花が出会ったことが、さいごのさいごで、月花と魔王を、ほんとうの家族にしたのかもしれない。
そう思うと、この胸は、ほんのりとあったかくなる。
――月花。あなたは今、どこにいますか?
……わたしは、ここにいるよ。
魔王のそばに、いるよ。
だから、いつか、帰ってきてね。
そしたら、わたしはきっと、おかえり、って言えると思う。
月花の家族に、なれると思う。
――今なら、月花が、わたしをすきになってくれた理由がわかる。
月花とわたしは、まるで鏡のこちらとあちらだった。
どこもかしこも、似ていた。
――まるでふたごのきょうだいみたいに。
……そう。
月花が、ほんとうにすきになりたかったものは……。
魔王で、世界のすべてで……。
そしてなにより、自分自身だったんだんだから。
月花が魔王に、素直になれなかった理由。
それは、自分のせいでお母さんが死んでしまったこと。
救えなかったこと。
なのに、自分だけ助かったことなんじゃないかって、思う。
そんな月花を魔王は許して、包み込もうとした。
でも、月花は、きっと自分自身を許せなかったんだ。
そして魔王も、お母さんとお父さんをなくして、月花のことも、うまく向き合ってあげられなかった。
……きっと、魔王だって怖かったんだ。
月花が家族になって……そのあとは?
きっと、不死の魔王はいつかひとりになる。
ほんとうは愛されたいし、愛したいのに、もどかしいぐらい、ふたりは怖くてたまらなかった。
だから、あと一歩を踏み出せなかった。
でも、とわたしは思う。
そんなじたばたも、きっとなにひとつ無駄なんかじゃない。
かなしいかたちで家族を失ったふたりだからこそ、誰よりも太く、深い絆で結ばれた、ほんものの家族になれたんだって。
ふたりはこれから、違う道を歩くかもしれない。
でも、どんなに離れたって、心は繋がってる。
またケンカするかもしれない。
怒ったり、裏切られたみたいな気持ちで、悲しくなったりするかも。
でも、きっとそんなことじゃ、もうふたりは、離れたりしない。
月花のなかで生きる魔王の心臓は、月花をもうひとりぼっちにはしない。
血も、命も分け合ったふたりだからこそ、この世でいちばんの、〈最強の家族〉なんだ。
わたしと月花の話にもどる。
わたしにとって、月花は、王子様で、ヒーローだった。
これが恋だって信じて疑わなかった。
今なら、違うってわかるけど。
抱きしめてほしい、と抱きしめたいの違いを、憧れと、愛しいの違いを知った今なら、それは違うよって、きちんとわかる。
――でも。
恋にしてはあまりにきれいすぎて、
おとぎばなしのなかの物語みたいな、おままごとみたいな、おさなくて未熟な、半熟卵みたいな恋だったかもしれない。
ほんものの恋には遠かったかもしれない。
でも、それでも、いつか。
わたしが魔王に恋したように、月花も、きっとみつける。
じぶんの、〈百%の特別〉を。
さいごに。
どんな悲しみも、ハッピーエンドを飾る修飾曲〈アラベスク〉にすぎないって、あえて、言ってやりたいと思う。
神様に呪われた人生とか、運命に裏切られた人生なんて、わたしはぜったいにみとめない。
――だって、わたし達はあきらめないから。
たとえどんなことがあっても、どん欲に、ぜんぶがほしいってあがく。
傲慢とか勝手とか、子どもっぽいなんて、知らない。
もしどうしても、これだけは選ばなきゃって時が来たって、大切なひとつのために、もうひとつの宝物を捨てたりなんかしない。
だって、そんなことに、意味はないから。
魔王が最後にそうしたように、わたしだって、両方がほしいって言う。
そのために、もしできることがあるなら、なんだってする。
だって、ほんとうに大切なものは、たとえどんなことがあっても、ぜったいに捨てたりできないんだから――。
……長々と書いちゃったかな。
この物語はここで終わるけれど、わたし達の人生は、続いてゆく。
――フィナーレには、早すぎる。
愛したくて、愛されたくて、もがいて、叫んで、戦って。
――これが、わたし達の歩く道。
どんな喪失〈エレジー〉が襲ってきたって、かまわない。
今は苦しくたって、そんなのただの夢〈トロイメライ〉だって、いつかは覚めてゆくものだって、何度だって言う。
もう、悲劇〈トラゲーディエ〉なんて、言わせない。
ちいさな恋の歌〈セレナーデ〉を、優しい子守唄〈ヴィーゲンリート〉を、わたし達は永遠に紡ぎ続ける。
そっと微笑みながら、ペンを滑らせた。
だってこれが、この道こそが……。
――〝わたし達が、力を合わせて、乗り越えてゆく人生〟〈オーバーシンフォニー〉なんだから――。
――ねえ。月花。わたしはいま、しあわせだよ。
だから、月花にも、たくさんいいことがありますように。
心から、そう思います。
今度、月花にも手紙を書くね。
あなたの家族――エヴェリーナより、愛をこめて。
……なんて、まだ照れくさいけど!
~fin~




