表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/26

第15話 ~ほの暗い洞窟(やみ)のなかで~


 




 魔王の寝室で、わたしは目を覚ました。


――夢じゃない。


 わかってる。

 だから、わたしは静かに床に降り立つ。


 前回はただの本能ゆえだった。

 けれど今、その理屈が、理ことわりが、はっきりとわかる。



 超過交響曲〈オーバーシンフォニー〉。

 わたしに唯一使える、最高の盾にして最強の矛。


 この力で攻撃するなら、相手の力を反射するほかない。

 だけど、攻撃でも、反撃でないなら……?


 ――わたしは、力の波を展開する。



「 “オーバーシンフォニック” 」


 それは、太古より貫かれた、祈りの祝詞のりと。

 世界を織おりし、遥かなる規律〈ルール〉へと贈る、起動の合図(ファンファ――レ)。



( 薄く――遠く――。……どこまでも、伸びやかに )


 いつものバレエを踊るように、足を組む。

 くるり、と回転し、ゆっくりと舞う。


――これは、もう姫ひめ巫女みこの舞だ。

 そう、わたしは規定きていする。



(( ――カチッ。 ))



 その音が聞こえた。半径57キロ13メートルと12センチ。

 そこに、それはある。


 わたしは翔かける。走る必要はない。

 ただ、時空を飛び越えればいいだけだ。



「――“ショートカット”」


 膝に力をこめ、大きく跳躍ちょうやくする。

 広げた手は120度をキープ。足は白鳥のようになめらかに滑らせる。



 目を開ければ、そこはもうさびれた洞窟だった。

 霜しもがはりつき、やせ細ったつららが垂れ下がっている。


……ほの暗い闇。

 その奥に、ぼんやりと光るおおきなものがひとつ、小さくちらつく光が五つ。




「――月花!!」


「……エト」


 彼は、うずくまっていた。


 身体が傷だらけだ。青い血液が流れだし、血の池をつくっていた。

 五匹の蝶が、気遣きづかわしげに周囲をふらふらしていた。


「――なんで……」


 怪我けががぜんぜん癒えていない。

 それどころかひどくなっていた。


 青色月光蝶は戦闘能力にとぼしく弱いが、微弱な治癒能力があるため、逃げおおせることさえできたならそうそう死なないのだという、魔王の言葉は嘘じゃないはず……。


――魔王の瞳は、月花を護まもらなかった……?



「……きみこそ、なんで?」


 伺うかがうように、月花は言う。


 眉は寄っていて、苦痛にたえるような表情は、きっと、痛みのせいだけじゃない。

 そっと近寄ると、びくりと月花の肩がゆれる。


「……今さら、ぼくを探しにきたんだ……。……でも……もう遅いよ」



 月花はゆっくりと腕をあげる。


 ペンダント。

 なかにひかっている赤紫のそれは……魔王の瞳だ。


 そして、それを掴つかむ月花の腕は、腐っていた。


「……なんで……」


「青色あおいろ月光げっこう蝶ちょうはもう世界にぼく一匹。売れば高くつくし……持てば自慢になる。……体内から発光する身体も……無駄に整った外っ面も……、鑑賞用にはもってこいだ」


「――そうじゃなくて……っ」


「――魔王は……きっと魔力のかたまりの、この瞳さえあれば……。どんな敵も撃退できるとふんだんだろうけど……、ツメがあまいよ。……これは、ぼくにはあまりに、強すぎる力だ……」



「凄まじい魔力を解放するごとに、ぼくの身体には、毒のような……力の反動が返ってきた。……もちろん、返ってくる力はほんの一部で……。発揮された猛威もういに比べれば……、ずいぶんとまあ、ましなものだけど……」


 息もたえだえに、月花は言った。

 苦しそうにしながらも、一生懸命説明しようとしてくれている。


 でも、そのことが、胸を打つほどに不安にさせる。

 月花は、死のうとしている……?


――だとしたら、それはわたしのせいだ。

 わたしが、魔王を選んだから、月花は……。



「――そんな……っ」


(――そんな現実、あんまりだ……っっ!! )


 叫びたい気持ちをこらえる。


 これが、わたしの選んだ、フィナーレ?

 こんな……こんなことが、わたしの望んだことだったの……っ?


「……そんなもこんなもないよ。これが現実だ」


「な……治せば……っ。――わたし、なんとかする!」


「……きみに、何ができるの……。……もう、ほっておいてよ……。これ以上きみといると……ずたずたに、傷つけて……しまいたくなる……」


「…………っ。魔王の瞳が原因なら、これ以上月花が持っていたらだめ。治せなくても、食い止めることはできる!」



「――やだよ」


 月花は、ペンダントを握りしめ、はっきりと呟いた。

 ぐずぐずになった手が、ぼろりと肉片をこぼした。


「……これは、ぼくのものだ」


 その言葉には、言葉以上の意味があるように聞こえた。


「……もう、手遅れなの……っ?」


「……きみと魔王が仲良くしてる場に……帰れって……?……もう……これ以上……こんなみじめな思いは、ごめんだ……」


「――魔王は……っ!」


 いいかけて、口をつぐんだ。

 魔王がどんなに月花を大切に思っていたか。


――そんなのは、なんの救いにもならない。

 だって、魔王は月花からわたしを奪ったけど、わたしだって、月花から魔王を奪ったんだ。


「お母さんは……マルガリータさんは……」

「マルガリータ……?」


 月花は、ほんの少し目を見開いた。



「わたしはマルガリータさんから、月花のお母さんから、伝言を預かってきた……!」


「……うそ……」


「――うそじゃない。 ……お母さんは、月花に黙っていたことがあった」


(落ち着け……!)


 焦る気持ちを押さえて、テキパキと口早に言う。


「……黙っていたこと……?」

「――うん。それを今からみせる、だから」



(――だから、死なないで……!)


 そう言いかけて、ぐっと、こらえる。

 そんな身勝手なことを、言うべきじゃない。



――今、わたしのするべきことは……!

 わたしは、手鏡を上へ投げた。




“真実をうつす鏡よ。 過去をまじなえ――”



 きらりと輝いたそれは、まっさらな光の奔流ほんりゅうと共に、わたしと月花を包んだ――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ