第8話 ~ノクターンにキスを~
たどり着いたそこは、魔王の寝室だった。
すう、すう、と規則正しい音が聞こえる。
長い睫毛は伏せられていて、そのまなじりには涙の痕があった。
苦しげに、眉がひそめられていた。
(魔王、泣いちゃったんだ……)
あれだけむかついていたのに、なんだか怒る気をなくして、
その頬をなぜた。
(……大人なのに、へんなの)
きっと魔王のことだ、ひとりで泣いたんだろう。
鏡森の主は、冷血にして冷然。
――そうでなければ、魔物共になめられてしまう。
スノゥは言っていた。
魔王はたった200才……容姿にして15才で跡をついだ。
父は高齢で、母は魔王を産んですぐ死んだ。
魔王のような強い魔力を持った子を産めば、
母親のエナジーは子にそそがれ、
あっという間に生命を脅かすほどに枯れてしまうと言う。
だから魔王は、ずっと花嫁を探したがらなかった。
――恋や愛を、意図的に避けていた。
そんな魔王は、ある日、一匹の、……あるいはひとりの――月光蝶に出会う。
死にかけていたその生き物には、両親はなく、
育ての親はすでに殺されてしまっていた。
この世に、たったひとりぼっちだった。
その時、魔王がどう思ったかは、魔王にしかわからない。
でも、魔王はその少年――月花を、いつも傍らに置いたという。
月花も、口ではつっけんどんにしながらも、いつも魔王のそばにいた。
それは、魔王がひとりぼっちではなくなった瞬間だった。
魔王は、生意気で口の悪い、月花を愛した。
兄のように、父のように、慈しんだ。
だから、月花がわたしに恋をして、
魔王のもとには帰らないと言ったとき、
魔王は、少なくないショックを受けただろう。
〝もうどこへなりとも行ってしまえ、おまえなぞこの私には必要ない!!〟
そんな、感情に走った大人げない言葉を発するほどに。
わたしは、魔王の頬に、そっとキスをした。
……そうだよね。 悪いのは、わたしだ。
魔王と月花を引き裂いたのはわたし。
なら、わたしのすべきことは……。
わたしは、ひそやかにまじなう。
「 〝ショートカット〟 」
――わたしは月花に、会いに行く。




